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第八章 実験の始まり

 魔術師たちが見守る中、装置の起動実験は始まった。


 ぼんやりとした松明の明かりの中で、勇者の身体に、魔力増幅装置から伸びた幾つものコードが繋がれていく。


 コードの素材として使われたのは、聖なる糸と呼ばれる、千年以上生きた龍の髭を編んだものだった。それは世界最高の魔力伝導率を誇り、山奥の聖域で、極わずかしか採取できない代物だった。


 この日のために、研究者、技術者たちの力はもちろんのこと、兵士たちの力も遺憾なく発揮されていた。装置を作るためには、世界各地から材料を収集しなくてはならなかった。


 地下深宮の奥深くでしか採掘出来ない天然の鉱石や、天を突くほどの高い山々の頂上でごくわずかにとれる苔。神話にも言い伝えられている凶悪な魔物の鱗や内蔵。


 過酷なレベル上げを生き残り、己の限界値まで能力を高められた兵士たちは、単身で獰猛な魔物に立ち向かい、洞窟の最深部まで潜り、高い山々に登り、魔力の渦巻く危険な奥地へと足を踏み入れた。


 もちろんそこでも、多くの命が失われた。崖から落ちた者、海に沈んだ者、マグマにその身を焼かれた者、魔物に内蔵を引き裂かれた者、魔力の渦に飲み込まれた者、その死因は多岐にわたった。


 しかし、彼らの死は惜しまれることはなかった。今や兵士の養成は完全にシステム化され、年相応の若者がいさえすれば、容易に熟練の兵士を生みだすことができた。


 勇者の力にひかれ、立身出世を夢見る多くの若者が兵士となり、そして死んでいった。


 彼ら兵士たちの活躍を知った諸国の王の中には、精神に異常をきたす者も現れた。もはや兵一人をとってしても、油断ならぬ力を持ち始めていた。ある試算によれば、アドラスの兵数人で一個師団に相当する力を有し、さらに兵士の中には魔法に習熟する者も現れたという。


 もしもこのまま兵の増強が進めば、アドラス以外の国のすべてが連合を組んだとしても、太刀打ちできない強国となってしまうに違いない。


 心を病んだ王は錯乱し、臣下や国民に対し理不尽な勅令を出し続けた。民衆の不満は内乱として爆発し、多くの犠牲者が生まれた。


 しかし、そのことによって国が滅んだり、革命が起きることはなかった。なぜなら勇者がいたからだ。彼は他国の内乱の報を聞くと、鍛え抜かれた兵士を数人と、魔術師を一人を引き連れ、現地へと赴いた。


 内乱は数日の内に平定された。兵士と魔術師で王国の戦力を無力化しているうちに、勇者が争いの種である王の首をはねた。


「最初からこうすればよかったんだ。何故みんなこんなことが分からないのだろうか」


 血の滴る王の首をつかんだまま勇者がつぶやいた。それは、自身の行動に対する皮肉であったかもしれない。だが、その言葉を聞いているものは誰もいなかった。


 勇者は空席となった玉座に新しい王を据えた。勇者に心酔し全てを投げだす覚悟を持つものが彼の周りには大勢いた。その中から国政に適する者を選び、配属した。


 世界は静かに、そして順調に、勇者に征服されていった。


 内乱を修めているうちに、準備は整った。


 そして今まさに、神への扉が開かれようとしていた。


 魔術師たちの合図の後、勇者の身体から、魔力の奔流が放出される。


 実験は、万全を期して行われた。進歩を遂げた魔力干渉で発生させた結界を勇者の周りに何十にも張り巡らせた。その場所に集まったのは、勇者と、精鋭の魔術師たち数人のみ。なぜなら、彼らのように魔力を操ることのできるものでなければ、勇者の強大な力を前にして、自我を保っていられないからだ。


 実際に数日前、瞑想により魔力を高めている勇者の部屋に近づいた侍女が、その強大な力に影響を受け、気を失い、一時昏睡状態となった。


 精神によって操られる魔力は、他の者の精神に影響を与えやすい。大事には至らなかったものの、危うく、勇者という存在がいるというただそれだけで、死者が出る事態となりかねなかった。


 また、結界を張り巡らせるのは、彼ら魔術師の身を守る他にも、別の理由があった。街を守るためである。コントロールしようとしている膨大な魔力は、周囲を巻き込み、街自体を破壊し尽くさないとも限らない。


 勇者の力はもはや、一個人で有することのできる魔力の限界をはるかに超えていた。


 実験の際、その力を前にして、魔術師たちは恐怖した。自分たちを何人集めれば、勇者の持つ魔力に到達できるのか。


「神の如き力だ……」


 一人の魔術師がそうこぼした。その言葉を聞いた勇者は、無表情に、そして独り言のように呟いた。


「ぼくに対して神という言葉を一切使うな。ぼくは、普通の人間だ。誰も救うことの出来なかった、哀れな人間なんだよ」


 増幅装置の稼働を確かめると、勇者は目を閉じた。そして己の内部へと、深く深く潜っていく。その先にあるのは隠世かくりよともいうべき、魔力の海だ。彼の魔力は、精神とともに身体を超えて、世界各地に偏在する魔力の源と接続する。それが、旅の中で出会った精霊たちに与えられた力であり、方法だった。


 魔術師たちの血管が裂け、頭から、鼻から血が流れ始める。膨大な魔力が、魔術師たちの結界のキャパシティを超えようとしていた。


 勇者の周囲の空間が歪み、増幅装置が大きな唸りを上げた。


しかし、亀裂は生まれない。


 勇者はさらに魔力の出力を高める。彼の身体が光り輝き、周囲の石壁が崩壊していく。


 城が、そして街が揺れた。


 一人の魔術師が倒れた。即死だった。結界がほころびを見せ、魔力の漏出が加速する。


 一瞬、揺れが収まり、勇者の身体の輝きも消えた。


 閃光が炸裂する。高まった魔力が臨界点を超え、爆発を起こす。周りにいたほぼすべての魔術師たちが弾き飛ばされ、命を失った。かろうじて生き残った者も、虫の息だった。


 光が収まると、勇者の目の前の空間が歪んでいた。周囲の魔力を吸い込むように螺旋を描いていたそれは、やがて収束し、一つの亀裂を形作る。


 勇者は表情を変えることもなく、その亀裂を見据えた。ゆっくりとした足取りで、次元の亀裂に踏み入れていく。


 光の先には、勇者が何よりも求めていた、天界があった。

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