第五章 経験値の発見
勇者は、自分の故郷、アドラスの町にヒラルドとともに到着すると、まず彼を研究者たちに合わせた、そして数日の打ち合わせの後、城の兵士たちすべてを引き連れ、新たに旅立った。
魔物を倒すことで上がるレベルにも、その法則が当てはまることを実証しなければならなかった。兵士の中には新兵も多くいた。新兵でも数で攻めればどうにかなる程度の魔物が出没する場所に野営を立て、そこで本格的な実験が始まった。
魔物を数値化できるとしたら、それは戦った数と、上がるレベルで判断できる。
しかし、考えなければならないことはたくさんある。
その法則に個人差は存在するのか、魔物それぞれの種族間、個体間に差は存在するのか。
ヒラルドの研究によれば、上がる能力に個人差は発生するが、レベルの上昇は、解かれる問題によって決まった回数の行為を繰り返すことで決まる。
同じ魔物を倒し続け、幾度もの試行を繰り返すことで、ヒラルドの理論を、そのまま流用できるという確信に至った。
そのために、多くの兵士たちが傷つき、中には命を落とすものも少なくはなかったが、勇者はその研究を止めることはなかった。もちろん、まわりの誰も、とめることができなかった。
勇者は魔物を倒して得られる1匹あたりの数値を“経験値”と名付けた。
実験は大きな成果を得た。世界を構成する要素がまた一つ明らかになり、レベルを上げるための何千、何万もの魔物との戦いが、屈強な兵士たちを作り上げた。手応えを確信した勇者は、生き残った兵士たちを、全世界に派遣した。
世界に生息する魔物をすべて調べあげるのだ。世界にはまだ、より効率的にレベルを向上させる魔物がいるかもしれない。
それには、勇者が各地を回って旅をし、魔物たちを倒し続けた時に記した手記が役に立った。彼は手記を元に、学者たちに図鑑を作らせた。行き詰まっていた学者たちは、喜んで、彼の新たの事業に協力した。
兵士たちには図鑑を埋める作業を任せ、勇者もまた旅立った。
彼が向かったのは魔王城の周辺。そこは、現状どの兵士でもたどり着けない恐るべき力を持った魔物がうごめく死の領域だった。
自分の手応えと実感を頼りに、勇者はたった一人でデータ収集を始めた。それは過酷な戦いであったが、彼は孤独を貫いた。治療魔法を持つ者さえ、連れて歩くことはなかった。
毎回ボロボロになりながら、遠距離移動魔法を使い、倒れるように自分の部屋にたどり着いた。そして次の日には、ある程度回復した魔力と、大量の回復薬によって無理矢理に身体を治し、また旅立っていった。
勇者は嬉しかった。またひとつ、やることが増えた。
「でも、これが終わったら、どうしよう?」
勇者は時おり、そんな独り言を言った。
答えるものが誰もいないのは好都合だった。勇者はその問いの答えを求めてはいなかった。今はただ、夢中になれるものがあるだけで満足だった。
魔王城周辺の魔物を相手にたった一人で激戦を繰り広げた勇者は、研究結果の報告を聞きに、久々に城に戻る頃には、すでにレベル90となっていた。
彼は新たに魔法を身につけていた。それは、伝説に記されていた、勇者でさえ習得可能であるか不明とされていた究極魔法だった。
古文書によれば、その魔法を使用されたのはただ一回。世界を想像したといわれる神と、その対となる大魔王との戦いで、神が最後の手段として唱えたといわれる究極の魔法だった。そのために一度世界は消滅したともいわれていた。
勇者はレベルが上がり、魔法の呪文が脳裏によぎった時、すべてを理解した。その魔法の力の大きさ、唱えてしまったら最後、自分はもとより、世界は無くなってしまうのかもしれない。
しかしそれでも、勇者は喜んでいた。これでまた目的に一歩近づいた。おそらくは力を求めるが故に手に入れることができた魔法に違いない。目的は、必ず達成され無くてはならない。
研究チームからの報告が上がった。
神の住む場所、天界についての研究結果が勇者のもとに届けられた。天界とはどうやら、我々の住む世界とは次元の違う場所にあるらしい。
世界で稀に観測される、光り輝く空間の亀裂。僅かな目撃情報、残された書物の記述から、それが天界に続く道なのではないかという推測が以前から学者のあいだでなされていた。
神という、勇者以外の人間には触れ得ぬ遥高みの存在を立証するのは、学者たちにとっては苦難の道程だった。何の手がかりも見つからず、途方に暮れていた時、とある書物が発見された。歴史上ただ一人神にあったことのあるといわれている勇者の手記が見つかったのだ。
それは、その勇者が生まれ育ったといわれる村の倉庫の地下に眠っていた。
破損のひどいその書物を、学者たちが長い時間をかけて解読していった結果、一つの道筋が示された。
その手記にはこう記されていた。
「それは、奇跡だった。魔力の淀む森の奥深く、そこでは精霊が実体を保ち、自由に行動ができるほどの濃密な“力”に満たされた場所で、私は空に輝く世界の亀裂を見た」
学者たちの推測はこうだった。大きな力が世界を歪め、天界に続く道を開くのではないか。
勇者は魔導師たちに、魔力増幅装置の作成を命じた。世界の魔法科学の権威を一カ所に集めることによって、技術は飛躍的に向上していた。
装置が完成するのにそれほど多くの時間はかからなかった。天界への道には、一体どれほどの力が必要なのか。次元を超えるには、今の自分では力不足なのではないか。そう考えた勇者は、再び旅立った。
彼は自らの力を、さらに高めなくてはならなかった。