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第二十四章 魔王との対峙

 そして、勇者は魔王の前にたどり着いた。


 苦労はしなかった。城内に無造作に転がっている魔物を模した石造の間をすり抜けて、何の障害もなく、歩いて玉座の前へと向かった。


 魔王は動かない。王の玉座に身を埋めたまま退屈そうに勇者を見つめるだけだった。


「なぜ、なにもしようとしなかった?」


 勇者が魔王に向かって問う。しかし、魔王はわざとらしく手で顎をさすって考えるような仕草をして、気だるげな表情を崩さなかった。


「あれでは不満だったかな? お前にとって最高の贈り物だったと思うが」


「ちがう! なぜ、ぼくを止める策を全く打とうとしなかったんだ!」


「そうは言うが、神から聞いているんだろう? お前がそこまで強くなってしまったら、私にできることなど何もないではないか」


 あまりの反応のなさに、勇者はあっけにとられ、しばらく茫然としていた。ニヤニヤと勇者を眺める魔王は、悠然として、どこか余裕さえ感じられた。


「……じゃあ、ぼくがなにをしようが構わないってことか」


「まあな、やるんだったらさっさとやってもらいたいところだ。私はお前に全面的に協力してやるぞ。ほら、ここまで来る道で転がっている石像を見ただろう? 皆私がお前のために邪魔者を排除してやったのだ。感謝してもらいたいものだな」


「……っ!!」


 勇者は余裕ぶった魔王の態度に、イラ立ちを隠せなかった。怒りに身を任せ、魔王飛びかかりそうになる自分を必死に抑え込んだ。


「ん? どうした?」


「……なにか、言い残すことはないか」


「この期に及んで残す言葉などあるものか。逆らう気など毛頭ないさ。ただ、お前の選んだ行く末を知りたいだけだ。しかし、そうだな。お前が納得しないというのなら。魔王の最期らしく、少し実のある話でもしてみるか」


「どうしてそこまで余裕で居られるんだ! 今からぼくに殺されるんだぞ!」


 勇者は魔王にくってかかる。すでに、勇者は腰の剣に手をかけ、構えを取ろうとしていた。


 魔王の背後から魔力の渦が立ち上る。魔王の周囲に闇が広がり、勇者を包み込んだ。不意を突かれた勇者はその場から動くことができず、闇にのまれた。


「くっ! どこだ……!」


 視界を奪われた勇者は、魔王を見失い、むやみに剣を振った。気付けば、足場が消え、勇者の体は宙に浮いていた。


 勇者はその闇から逃れるため、精神を集中し魔力を高めようとするが、それは当然中断される。


 勇者の頭の中に、映像が流れ込んでいく。


“面白いものを見せてやろう。世界の真実を最後に話すというのも、魔王らしいだろう?”


 魔王の声が、勇者の頭の中で響いていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 勇者の中に流れ込んできたイメージは、先代の勇者らしきオリハルコンの鎧で身を固めた男が、おそらく前時代の魔王に立ち向かっているものだった。


“そいつはお前の考えている通り、先代の勇者だ。名をアデル、そいつと戦っているのが、私の先代の魔王として世界の支配を企んだニグズスという”


 魔王の声が、頭の中で響いていた。勇者はどういうわけか抵抗する気にはなれなかった。その気になれば、幻影などかき消すことは容易いはずだったが、彼の心にあるなにかが引き止めた。


 魔王の城らしき場所で、アデルとニグズスの壮絶な戦いが繰り広げられていた。アデルの後方には魔法使いや戦士など、多くの仲間がいた。彼らは力を一つにし、魔王に立ち向かっていた。


 勇者はその情景を、どこか懐かしむように眺めた。道を間違えていなければ、彼もまた同じように、勇者として魔王と互角の戦いを繰り広げていたに違いない。かつてまだ、勇者としての命を受ける前、子どものころに夢見た、伝説に語られる勇者そのままの姿が、そこにはあった。


 アデルが切り込み、他の仲間が彼を支援する。ニグズスはアデルの剣檄と魔法に押され、苦痛の表情を浮かべていた。


“そろそろだな”


 魔王の声と同時に、ニグズスはアデルの剣によって貫かれた。


 体から闇を吹き出し、城全体を震わせるほどの叫びを上げながら、ニグズスは消滅していく。仲間たちとともに勝利の余韻を味わう勇者たちは、やがて移動魔法によって城を離れていった。


“ここからだ”


 魔力の抜け殻となりつつあるニグニスの体に、天から光が降り注いだ。光の中から現れたのは、翼を持った天使だった。


 柔らかな光に包まれながら、天使の手がニグズスに触れると、消えゆく体は次第に元通りになっていき、やがて息を吹き返した。天使はニグニスの手をとり、光のさす方へ、天へと昇っていく。


「これは……? 一体どういうことなんだ?」


 勇者が呟く。


“まあ見ていろ、今度は勇者のその後だ”


 映像は切り替わり、アデルが荒野をただ一人で歩いている姿が見えた。


 アデルは頬がこけ、魔王と戦っていた時とはまるで別人のように変わってしまっていた。


“見てみろ、あれが勇者の成れの果てだ。魔王を倒した後、用済みとなったアデルは、仲間とも引き裂かれ、孤独となった。人間たちが勇者の力を恐れてあらゆる策を巡らし、勇者の戦力を殺いだのだ。勇者は追い詰められ、逃げ続ける生活を送ることとなった”


 アデルの背後から矢が飛び、間一髪のところで避ける。岩陰に隠れていた何十人もの男たちが一斉に彼に向って襲いかかった。


 はじめは走りながら攻撃を避けていたアデルであったが、やがて走ることに疲れ、体力の限界を迎えたのか、立ち止まり、剣を抜く。呼吸も荒く、肩が上がっていた。


 その好機を逃す男たちではなかった。アデルに向かって次々と飛びかかっていく。しかし、さすがは魔王を倒した勇者。殺到する男たちを次々と切り伏せていく。襲いかかる男たちを一人切りつける度に、アデルの表情は苦痛で歪んでいった。


“今や勇者の敵は魔物ではない。同族の人間なのだ。心やさしい勇者は、人間を手にかける度に心が疲弊していった。何年もの逃亡生活の中で、勇者の精神はもはや崩壊しかけていた”


 追手を全て切り殺し、血だまりの中に立つアデルは茫然としたまま、その場所を動かなかった。照りつける太陽が、彼の体についた血を乾かしていった。


 そこに光が現れた。太陽とは別の優しい光。その光はアデルを包み込んだ。空から、天使が舞い降りる。


 天使はアデルに手を差し伸べた。アデルがその手をとることにためらいはなかった。苦悶は消え、穏やかな表情で天へと昇っていく。


“そうして、勇者の元にも天からの使いが現れる”

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