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第十八章 アスラの誕生

 かつての錬金術の成果において、もっとも有名なものは「賢者の石」だろう。世界にもいくつか存在を確認されている数少ない功績の一つだ。


 錬金術の知識を高めた研究者たちは、いよいよ物質の創生のため動き出した。彼らが着手したのはその人工的に作られたとみらる物質がどのように作られたのかを探ることだった。


 しかし、今では「賢者の石」は希少な宝石以上の価値はほとんどないと言ってもよかった。生命の源とあだ名されるそれは、錬金術の技術が途絶えてしまった以上、自由に効果を引き出すことができなかったのだ。


 その昔とある資産家が、旅の途中に魔物に襲われた際、石の力によって死を免れたなどという噂や、かつての勇者が何度も命を救われたという伝説は残っていたものの、実際にその効力を詳細に記述している書物は存在しなかった。今は権力の象徴として、各国の王室や教会に飾られているのみだ。


 技術者たちは、王国の倉庫から、難なく石を手に入れた。文献など全く残されていない中で、技術者たちはその謎に満ちた物質を解明すべく研究を進めた。


 物質の研究方法は二通りある。物質を分解する。火や雷などの属性魔法をぶつけ変質させる。この二つだ。


 しかし、石はこの二通りの検証を全く受け付けなかった。


 まず、石は全く壊れない。分解されることがないのだ。破壊するためには内部のエネルギーを開放しなければならなかった。エネルギーを失った石は音もなく消滅した。


 そして、変化を与えること。こちらもまったく効果がなかった。炎をあてても焦げることはなく、衝撃を与えても弾き飛ばされるだけで、砕けるようなこともなかった。


 実験から分かったことは、「賢者の石」のなかには膨大なエネルギーが蓄えられているということだけだった。また、他物質のエネルギーにも干渉し、増幅させることから、生命を救った伝説も、おそらくこの付随効果によって発生したものだと推察された。


 とはいっても、そのエネルギーも所詮は城にいる魔術師たちの中級魔法で消費される魔力程度のものだ。記録によれば、当時のまだ発展途上中の魔術でも、使用者の扱える魔力量によっては、街一つを破壊しつくすことのできる威力を有していたのだから、錬金術がどの程度の技術だったかは推して知るべしというものだろう。


 これではすたれる理由もわかる、と技術者の一人がつぶやいたものだった。


 研究の結果、「賢者の石」は数多くの物質から取り出したのエネルギーをかけ合わせた結晶であることが判明した。錬金術の本質とは、取り出したエネルギーに手を加えることで強引に物質そのものを変質させることだった。


 石の組成解明によって、錬金術の研究は大きく進歩を遂げた。エネルギーを引き出すだけではなく、そこから取り出したエネルギーを掛け合わせ、新たな物質を作り上げる。新たな物質の創生の道筋が見えてきた。


 技術者たちはあらゆる物質のエネルギーの性質を調べ、相性のいい組み合わせを探すべく実験を繰り返した。組み合わせは物質の数だけ膨大な数が存在し、その順列、さらに3つ以上の組み合わせを考えると、技術者たちは途方に暮れた。


 それからはただ、実験にのみ時間を費やした。気の遠くなるような繰り返しの中で、ようやく新たな物質のもととなるエネルギーの組み合わせを見つけ出した。


 新しい物質は「アスラ」と名付けられた。結果的には、オリハルコンを超える物質とまではいかなかったが、安定した生産力と、衝撃や魔力に対する耐性を備えた夢の物質だった。


 技術者はようやく準備を終え、勇者の到着を待った。


 そして、地下の掘削が始まったのだ。


 研究施設の一画に「アスラ」により実験室が建造され、勇者の立ち会いのもと、実験は始まった。


 実験の目的は、「アスラ」に魔力を込めること。剣の形に成形したそれに、極限までの魔力を詰める。目的はただ一つ、魔力を爆発させるためだ。


 魔法の威力は術者の放出する魔力とは別に、補助的に魔力をぶつけることでより大きなエネルギーを生み出すことが、はるか昔から知られていた。勇者はそれをより強力な方法で実行しようというのだ。


 なぜ魔力を爆発させ威力を倍加させる必要があるのか。その理由は勇者しか知らない。世界でも類を見ない程の魔力を持ち、さらに自然界から無尽蔵に引き出すことのできる勇者が、そのような危険な方法を求める理由とは一体何なのだろうか。


 だがもう誰も、勇者に問うものはいなかった。


 技術者たちにとって、錬金術のような未知の技術や、これまでだれも試みたことのない武器を作っているという実感は、他の何物にも代えられない快感を生んでいた。彼らにとって、これらの研究は生きる意味そのものだった。天界で身体を得て初めて見つけた、存在意義と呼べるような“なにか”だった。


 理由や、完成した際に起こる事態などどうでもよかった。それは、王国に残った魔術師たちも、兵士たちも同じだ。勇者が何を目指しているのかわからないが、今自分たちは間違いなく世界の中心にいる。その感覚に支配され、もやは考える力も失っていた。勇者こそが、現在の彼らにとっての神だったのだ。


 王国の地下からは、連日、轟音と度重なる地震が発生した。オリハルコンに限りなく近く、恐るべき魔力体制を持った「アスラ」でさえ、勇者の求める性能を発揮するには至らなかった。魔力を充填する実験が何度も行われ、試行錯誤を繰り返し、その度に大地が大きく揺れた。


 自分たちの国にとどまった国民たちは、怯えながらも毎日を過ごした。その轟音は、昼の間(夜行わなかったのは、勇者の国民への配慮と技術者たちの休息のためだ)何度も発生し、実験室の完成から100日を過ぎたころようやく止まった。

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