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第十六章 王国の地下

 魔王が勇者を待つ間、勇者の国では着々と計画が進められていた。


 その計画とは、王国地下に研究施設を作り上げることだった。


 建設場所に関しては、辺境の奥地など魔力だまりがあり、さらに人のあまり近付かない場所が望ましいとして、あらゆる検討がなされたが、天界への道をこじ開けたことで、多くの魔力が天界から流入し、世界でも随一の魔力だまりが生まれた城の地下を深く掘り下げることにした。


 勇者は研究施設の設立にあたって、国民に対して勧告を出した。


「これより私は、これまでで最も危険な実験をおこなう。かつて私が天界への道を開いたとき以上の危険、場合によっては王国自体が消滅するような事態も想定される。もちろん、私は最善を尽くし、皆の生活に被害が及ばぬよう尽力するつもりだが、命の保証はできない。国の外に避難を申し出る者には、現在と同等の生活ができるよう手配し、国庫から資産を提供する。なお、国に残る者に対しても、一定の金額を支給することを約束する」


 なぜ、勇者が国民を危機にさらしてまでしてわざわざ城の地下で研究を行わなければならなかったのかと言えば、常に一定の高濃度の魔力だまりがある場所は、城の地下を置いてほかになかったこともあるが、単純に人材の不足が挙げられる。


 魔力だまりのある場所が、森の奥深くであったり、山奥の洞窟の中であったり、ダンジョンの最深部であったりしたため、そこまで資材をいちいち運搬していては時間と手間がかかりすぎるのだ。


 もちろん、物質転送魔法を使う方法も検討されたが、転送先の座標の特定、習熟の困難さなどの理由で却下されることとなった。今回の実験の柱を担う魔術師たちの力を運搬などの仕事に割くわけにはいかなかったのだ。


 勇者の国は世界で最も優秀な人材が集まっている。しかし、それら優秀な魔術師たちや、天界の技術者たちは全て研究施設での実験に回され、その他の人材は研究所のための資材の調達や、建設に取り組む人材の確保で精一杯で、資材運搬のための人手は残されていなかった。


 勇者が多くの魔術師と技術者、力を持った兵士たちを開放してしまったことで、大規模工事を行えるだけの人材が圧倒的に足りなかったのだ。


 国王として実質の権力を握っている勇者であれば、国民を動員することも可能だったのだろうが、そんなことができるほど、彼は思いあがってはいなかったし、罪のない民を奴隷のように働かせるわけにはいかなかった。


 勇者は城の地下の武器庫や宝物庫から荷物を運び出し、壁を取り払って一つの大広間をを作り上げた。そして魔術師を集め地面の掘削を始めた。城の外では王国に残った民衆たちの不安の声でざわめきが耐えなかったが、そこはどこまでも静かで、時折、魔術師たちの身につける布がこすれる音が聞こえるのみだった。


 勇者を中心に、円を描くように一定間隔で5人の魔術師が並ぶ、そこにいるのは、まさに世界で五指入る大魔術師たちだ。


 円の半径はだいたい大人の歩幅で25歩分。一定間隔に円の上に配置された五人の魔術師を直線でつなぎ五芒星の魔法陣を描く。魔法陣もまた、研究によって練り上げられ、より簡素に、より効率的に魔術を発動するようにできている。天界への道をこじ開けた際の成果の一つだ。


 魔法陣に埋め込まれた術式は、勇者の奥底に眠る強大な魔力の引き出すこと、引き出された魔力の放出量を調節し五人の魔術師に均等に分割すること、魔力源の勇者と魔術師たちを接続し自由に魔力を引き出せるようにすること、そして、勇者の発動する魔法を魔術師五人の分担作業により使用可能にすることだ。


 地下の掘削は、風の属性魔法による岩を切り刻む方法、火の属性魔法と組み合わせ、爆破によって掘り進む法など、さまざまな方法が検討されたが、どれもこれも削った土砂をどこに捨てるかという問題が立ちふさがった。


 転送魔法連続使用による方法も考えられたが、先の理由によって、そこに人材と魔力を割くわけにはいかなかったし、なにより、深い地下の奥底での作業を延々と続けるとなれば、いかに精神力が強靭な魔術師であろうと、体力面を考えれば、すぐに限界を迎えてしまうことは明らかだった。


 魔術師たちの身体能力レベルを訓練によって向上させる案も持ち上がったが、養成に時間がかかるということでこれも却下された。


 さて、それらの検討がなされた上で出された結論は、勇者のみが習得を許される究極魔法を使用することだった。


 辺境の地での数回の発動実験の結果、究極魔法は、対象を消滅させる効果があることが判明した。この実験により底に灯りの届かぬほど深く掘り下げられた大穴が幾つも生まれている。他の魔法が火や風など自然現象を操るのに対し、この魔法は、「無」という存在の概念そのものを操る魔法だといえた。


 強大すぎる究極魔法は、習得した本人ですら制御不能であった。そこでたどり着いた答えが、魔術師数人がかりによる作業分担だった。勇者は魔法陣の中心で、精神を集中させ魔力を高めることと、究極魔法の発動のタイミングに集中すれば良い。


 後は一度発動された魔法を五人がかりで制御し、地下をゆっくりと掘り下げてゆく。この方法は他の魔法で何度も実験を繰り返し、辺境の地で一度だけ実践での訓練を行っている、一度しか実験を行わなかった理由は、予想以上に魔術師たちへの負担が大きかったからだ。


 使用直後に五人全員が意識を失い、数日間目を覚まさず、覚醒の後も暫くは放心状態であったため、実験は一度、後は本番で目的の距離まで掘り進んでゆくことが決まっていた。


 掘削は、早朝、太陽の登る前から行われた。地下の灯りは装着者の頭上に浮遊するように作られた魔道具のぼんやりとした光のみだった。勇者から魔力の放出が開始され、それを合図に魔術師たちが精神を集中させる。床に書かれた魔法陣の線が発光を始め、術式が発動する。


 心穏やかに瞑想を続ける勇者とは対照的に、魔術師たちの緊迫した険しい表情には汗がにじむ。魔力が五人それぞれに流れ込み、勇者の魔力と魔術師たちの魔力が接続されてゆく。勇者は静かに呪文を唱え始める。


 掘削作業は、日が沈むまで行われた。わずかでも魔法の暴走や、勇者の魔力の漏出が発生していれば、王国は消滅の道に突き進んでいたことだろう。魔術師の中には、魔法の発動中に鼻や目から血を流すものも現れたが、目的の距離までの掘削は完了した。


 完了の合図が勇者の口から発せられた時、魔術師たちは一斉にその場に倒れこんだ。一人の魔術師が命を落とし、その他の魔術師も記憶の欠落や、体の一部が麻痺するなど、なんらかの後遺症を残すこととなった。


 ともあれ、計画の第一段階は、ひとまず完了したのだ。

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