第十四章 古龍との旅
することがなくなった勇者は、暇に飽かせ何日も世界を歩き回った。疲労を感じれば、その場で寝る。もとより盗まれるものなどない。ぼろ布をまとい、たどり着いた街のすみで平然と眠ることもあった。
各国の街の人々はもう驚かなくなっていた。1度ならばまだしも、2度、3度となれば、人は慣れ目を向けることもなくなる。勇者は世界のだれよりも自由で、そして孤独だった。
しかし、そんなことを続けていてもやがて飽きは来る。すでに勇者はレベル99、レベルも上げ用がなくなってしまった彼は、とにかく暇だった。
そんな彼が見つけた娯楽は、龍の背中に乗って世界を回ることだった。
神への道を求め、世界を旅している際に出会った、世界でたった一匹の古龍。その龍によれば、昔はたくさんの仲間がいて、群れになって空を飛び回ったこともあったというが、今はその面影もなく、古龍は山奥の洞窟でひっそりと暮らしていた。
勇者が初めて古龍に出会った時、彼は失意のどん底にあった。神へたどり着く道を探して、各地をひらすら転々とし、城という城の地下、洞窟の奥底、魔王の手下が統治していた古城などを調べ続け、それでも何の成果も見つからず、疲れ果てていた頃のことだった。
神を探し続ける勇者を古龍はやさしく諭した。もうそんなことはやめたほうがいい。神を探しだしたところで、なんの意味もない。むなしくなるだけだ。魔王を倒して平和にして、それでなにもかも終わりでいいではないか。古龍は長い年月をかけ、相手の心に直接語りかける業を身につけていた。
しかし勇者はその忠告も聞かず、神への道を探し続けた。彼がすべての魔力を封じ込めてしまってようやく古龍のもとへ向かったのは、どこか引け目のようなものがあったのかもしれない。もちろん、これまでやってきたことを後悔はしてはいない。しかし、それでも古龍に対し胸を張って自分のやってきたことが正しいと言い切れる自信は、勇者にはなかった。
久々に古龍の前に立った時、古龍は穏やかな表情で出迎えてくれた。黙ったままの勇者をうながし、自分の背中に乗せ、古龍は空に飛びたった。言葉はいらなかった。古龍の優しさが、勇者の心にしみた。
それからというもの、勇者は古龍の元に通うようになった。龍の背中に乗ることは、もはやなにもすることがなくなった彼の、唯一のたのしみとも言えた。
齢数千年を超す古龍は、世界の全てを知っていると言っても過言ではなかった。そこには書物から得た知識などではなく、何千年もの歳月で練り上げられた深遠なる哲学があるのみだった。古龍が天界のことを知っていたのかは、勇者にはわからない。いや、わからなくてもいいと彼は思った。
仮に古龍が天界がどのような場所か知っていたとして、それを自分に教えたとしても、同じように天界を目指しただろう。あの頃の自分は、それほどに魔王を、神を、世界を憎んでいた。勇者はそう考える。
勇者は古龍に対し、どこか心の奥底で深いつながりのようなものを感じていた。それは古龍も同じだった。大陸のはるか上空を飛び、時には雲の上まで上昇し、世界を何週もしながらも、そこにはやはり言葉はなかった。
ただ、世界を巡り、気になった場所に降り立ち、やがてどちらかが合図することもなく別れる。種族は違えど、根底にある孤独が一人と一匹を結び付けていたのかもしれない。
古龍が空から大地に降り立ち、再び勇者と別れようとしたとき、珍しく勇者が古龍を引きとめた。
「ねえ、僕はこれからどうすればいいんだろう」
しかし古龍は黙ったままだ。心に何も言葉は伝わってこない。
勇者は続ける。
「僕はね、時々不安になるんだ。今まではちゃんとやることがあって、それを目標にがんばってきた。だけどもう、やることなんてないんだよね。でも、そんな人生なんてつまらないじゃないか。君は、何千年も生きているから、もしかしたら有意義に一生を楽しむ方法を知ってるんじゃないかな?」
すると古龍は、止めてほしいのか、と聞いた。
勇者は驚いた顔をして、そしてすぐに困惑した表情を浮かべ、照れるように頭をかいた。
「まいったな。なんでもお見通しか。うん、そうなんだ。ほんとはね。次にやること、ぼくの中で決まってしまっているんだ。だからやることがないなんて嘘だ。こうやって君の背中に乗って旅をしてるのは、心のどこかに迷いがあって、引き伸ばしにしてるだけなんだ」
古龍は何かを伝えようと、口を開きかけた。その表情はどこか悲しげで、勇者を憐れんでいるようだった。
「いや、やっぱりこたえなくてもいいよ。僕は自分のやりたいことをやる。それでここまでやってきたんだ。それで何か問題があったとしても、僕は知ったこっちゃない。後になって問題になるのならその時に考えればいいんだ」
勇者はゆっくりとした足取りで、森の奥へと消えていった。古龍はしばらく勇者を見送っていたが、やがて空へと舞い上がり、どこかへ飛んで行ってしまった。
それから勇者は二度と、古龍に会うことはなかった。




