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第十三章 世界の平和

 世界に真の平和が訪れた。


 勇者が魔王城以外の全ての拠点を破壊していた時点で、平和は達成されていたも同然であったが、ついに魔王の存在そのものまでもが、世界にとってどうでも良くなってしまった。


 結界を張られたことによって、魔王の強大な魔力(城から放出される魔力は勇者に及ぶべくもないが)は、城の外にわずかばかりも漏れることはなくなってしまった。


 結果、魔物は魔物ではなくなり、汚染された沼からは毒が消え、地下深くまで続くダンジョンの奥底までも、単なる野生動物と虫のすみかに戻ってしまった。


 魔王城がありながら、しかし機能はしない。魔王城とは世界に魔王の持つ邪悪な力を放出する拠点であった。その拠点が結界によって封印されたのでは、魔物は存在できなくなってしまう。


 勇者としての目的は、ひとまず達成されたのだ。


 世界は平和になった。しかしそれは本当に平和なのだろうか。次第に、各国の王たちは、勇者の行動に疑問を感じ始めていた。以前一人の王の反乱をにべもなく制圧され、沈黙を守っていた王たちは、それでも、秘密裏に連絡を取り合うことを忘れてはいなかった。


 彼らの意見は一致していた。あの勇者は狂っている。


 もちろん、こんなことを表立って言えるわけもない。しかし、そうだとしか思えない。あれ程の力が持ちながら、なぜ、魔王を直接倒そうとしないのか。勇者の国の戦力であれば、わざわざ勇者が出ずとも、兵士と魔術師数人で簡単に魔王城を制圧できるはずではないか。


 しかしそれを、勇者に問えるものは居なかった。彼の力はあまりにも強大になりすぎていたのだ。彼だけが身につけることを許される、究極魔法の脅威。さらに、世界屈指の魔導師たち、そして彼等が作り上げた魔導兵器の全てをを手中に収めていた勇者に、誰も逆らうことは出来なかった。


 なぜ、勇者は魔王城だけを残すようなことをしたのだろうか。


 その恐れ多い質問をしたのは、勇者の生まれ育った国の王子だった。お飾りの王権しかもたない彼がしかし、人間では唯一勇者と対等に語り合うことが出来た。


 その疑問が王子の口から出たのは、勇者の産まれた家でのことだった。他に並ぶ者のいない存在となった今でも、勇者は寝泊まりをいつもそこでしていた。することもなくふらりと旅に出る彼がその家に帰って来た時には、何人もの兵士を引き連れ、王子が遊びに来るのだった。


 王子はその狭い部屋でいつも、勇者から旅の土産話や、昔旅をしたときに起こった出来事の話などを聞いていた。王子は従者に持ってこさせていた豪奢な椅子に座り、向かいで自分のベッドに座っている勇者の話を、目をキラキラさせて聞くのが常だった。


 王子が無邪気な表情でその質問を口にした時、従者の表情が凍りついた。彼も、王子の身の回りの世話をするばかりで世界の情勢に疎いとはいえ、その質問がこの世界のもっとも大きな矛盾を糾弾するものだと理解していた。


 勇者は長い沈黙の後、


「うん、それを話すとなると長くなるんだけどね。僕はさ、ずっと前から考えてたんだ。魔王ってなんなんだろうって。何だと思う?」


と、一言一言を噛みしめるように言った。


「わるいやつ!」


 王子は無邪気に答えた。


 勇者は笑って、そして、寂しげな表情を浮かべた。


「うん、そうなんだ。わるいやつだよ。だけどね、考えれば考えるほど、よくわからないんだ。魔王はいったい何がしたいんだろう。どこで生まれて、何のために人間界を支配しようとするのだろう。僕もね、最初は憎んでたんだ。だからあいつを徹底的に滅ぼしてやろうって、ずいぶんと無理をして頑張ったよ。あまりに魔王が許せなくて、なんであんな奴が存在するんだって、神様にまで会いにいったんだ。僕は魔王を倒すために生きてきた。だから、魔王を倒すことに理由がほしかったんだ。でも僕は今のところ、魔王を倒す意味とか、理由を見つけきれてはいない。平和にしちゃったからね。魔王は今、どんなことを考えているんだろう」


 王子には勇者の言っていることが理解できなかった。勇者が魔王の気持ちを? それはいったいどういうことなのだろうか。


「じゃあ、直接聞けばいいんじゃないの?」


 王子が言うと、勇者はうなずいて、そして照れるように笑った。


「だっていまさら、面と向かってそんな話できるわけないじゃないか。あったら、すぐに殺してしまうよ。僕はそれだけ強くなってしまったからね」

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