第十二章 魔王の封殺
勇者は現世に帰ってきた。空間のひずみを監視していた研究者たちは驚いた。まさか、勇者がこんなに早く、しかも何事もなかったように戻ってくるとは思わなかったのだ。
しかしその安堵もつかの間、勇者の後ろに続いた大勢の羽の生えた人間を見た時、研究者たちの表情が固まった。
「これから、彼らに研究チームに加わってもらう。天使という立場ではあるが、気の良い人たちだ、協力して、研究開発に勤めてもらいたい」
勇者の言葉にまともに反応できるものはいなかった。
天使たちの作り上げた魔導具とは、いたって単純なものだった。それは、魔力そのものを、一定の範囲内、なかったことにする機能を備えたものだった。
魔力をジャミングし、打ち消すというレベルのものではなく、空間に漂う魔力という存在そのものをなかったものにする、強力な代物だった。
天使たちは、自分の存在さえも否定するようなその機械を、長年かけて作り上げたのだ。
何故彼らはそんなものを作り上げたのか。
天使たちは天界という魔力に埋めつくされた空間に倦んでいた。自分という個がなかったものとされ、自分たちが存在していようがいまいが、それ自身がシステムとして成り立っている世界に耐えられなくなっていた。
天使と研究者たちに後を任せ、勇者は再び旅に出た。
魔導具は、地上の技術力と合わせて、さらなる出力向上が実現するだろう。それまでに、勇者にはやることがあった、なにかと言えばもちろんそれは、レベル上げだ。勇者は誰よりも、強くならなければならなかった。そのくらいしか、することがもう、残っていなかった。
勇者レベル99。レベルの上限を迎え、彼はついに完成した。
レベルが上がる感覚に包まれたと同時に、上限に達したのだという確信が彼の頭に鳴り響いた。それは勇者に一抹の寂しさを与えた。
完成した勇者は、城へと戻った。そこには、天界でものとは全く違った魔導具となっていた。数十倍の出力、そして両手で抱えることのできる程の小型化。
勇者は研究者たちの功績をたたえ、富を与えた。また、それまで、城に住み込みで働いていた技術者、兵士たちにも、富をばらまいた。そしてどうしても勇者のもとに残りたいと申し出る者以外は、国を出ることを許した。
はじめは、そんなことが許されるのかと戸惑っていた者たちも、やがて、少しずつ、城を去って行くようになった。勇者のもとで、能力や、力を手に入れた彼らは、別の場所で自分の力を試してみたいと考えたのだ。もちろんそれは表向きの理由だ。彼らの奥底には、勇者への恐怖が根付いていた。
実際に、装置を作るため探索へ出た兵士の幾人かは帰らぬ人となり、装置実験中に死者が出ることも少なくなかった。勇者の元にいては、命がいくつあっても足りない。そう思われても仕方がなかった。
残った人間にとって、城は広すぎるように思えた。不思議なことに、研究や、装置開発に携わった者たちの中でも、特に有能で、プロジェクトの中核をなした者たちばかりが残った。兵士にしてもそれは同様で、レベルにして70を超す猛者のみが城には残った。資材調達後も、各々で厳しい鍛錬を積んだ者たちだった。
そして勇者はついに、魔王城周辺に立ち入った。
やることは決まっていた。目的を成し遂げるための準備、掃除だ。多くの兵士と魔導師たちを連れ、魔王城周辺の魔物一掃を計画した。魔物を見つけては殺し、見つけては殺した。その殺戮風景は凄惨を極めた。魔王城周辺は、魔物が多かった。魔導師の広域魔法によって、森の木々とともに、多くの魔物たちは一瞬で消し飛んだ。鍛え上げられた兵士たちの剣の一振りで、大気が揺れ、真空はのように魔物たち襲いかかった。バラバラになった魔物は、魔導師により丁寧に焼却された。
勇者はもう、手を動かす必要も、呪文を唱える必要もなかった。ただ軽く、魔力の力場を体の周りにめぐらせていれば、それだけで魔物が死んだ。
しらみつぶしに倒していきながら、勇者たちはあの装置を、一定間隔で地面に刺していった。
勇者のやろうとしていることは、魔王城から、魔力の存在そのものを消すことだった。魔王城を取り囲むように装置を置き、さながら結界のように魔力の空白空間を張りめぐらせた。
「これでようやく、平和が訪れる」
勇者は自分が歪んでいることが分かっていた。なぜ、魔王を倒さずに、こんな面倒なことをしているのか。それはきっと歪んでしまったからだ。あの天使と同じように、自分のあり方に疑問を持ってしまったからだ。
勇者はため息をついた。深い、深いため息だった。
それが安堵のため息だったのか、自分の境遇をはかなんだためなのか、それは誰にも、勇者自身にも分らなかった。




