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第十一章 一筋の光明

「よお、どうだった」


 勇者が神殿から出てくると、先ほど道案内をした天使が出迎えた。


「……」


 勇者は何も答えなかった。答えられる力も残っていなかったが、そもそも、天使と話す気はなかった。


「現実ってなあ、かなしいもんだなあ。いや俺もさ、最初この世界の仕組みってのがわかった時はびっくりしたよ。神様が神様じゃないってね。ちなみに、天使もここじゃ大したことはしていない。運よく天使になれたって奴が、日々、惰眠をむさぼってる下らん場所さ」


 両手を大仰に振り回しながら天使が言う。勇者の横に並んで歩きだす。


「なぜ……」


「ん?」


「なぜ僕に付きまとうんだ?」


「ははっ」


 天使は笑った。その瞬間、勇者の体は動いた。刹那の速さで腰の剣を抜き、切先を天使の首に突き付ける。


「僕の周りをうろつくんじゃない」


「おうおう、おっかねえなあ」


「黙れ!」


「まあ聞けよ。今お前の考えることってのは、これからどうすればいいのかって奴だろ。やることがなければ、生きてる意味なんてねえからなあ」


「……」


 勇者は、しばらく天使の目を見据え、ゆっくりと剣を鞘に戻した。


「ここでふざけてると、次はほんとに切られそうだな」


 天使はそれまでとは全く違った真面目な表情で言った。


「まずは自己紹介をしておこう。といっても名前はない。天使は名前を剥奪されてしまうんだ。俺にも昔は名前があったはずなんだがな。人間だったんだ。その証拠はないが、わかるんだ。普通はそんなことないらしいんだが、俺だけは特別でね。それで、俺は天界からずれてしまった。天使でありながら、天使でなくなってしまったんだ。……ここまでは大丈夫か?」


 勇者は答えなかった。茫然とした表情で、遠くを眺めているだけだった。


「続けるぞ。俺は天界の隅々までを歩き回った。ずれてしまった自分の居場所ってのを探してたんだな。結果的には居場所なんかなかった。そういうのはある場所を探すんじゃなくて、自分で何とかするもんだ。なんて、かっこいいことを言ってみるが、結局は、長い間、天界を歩き回っただけだ。だが、収穫もあった。天界には、俺と同じように、普通とは違った考えを持った奴が何人か居た。俺は、そいつらを集めて、なにかでかいことをしようと企んだ。計画は順調に進み、あと一歩のところまで来た。あと、何かきっかけがあれば、実行に移せる。お前はそのきっかけなんだと、俺は思っている。俺はこの世界を、もっと面白くしたいんだ」


 天使は喋り終えると、大きく深呼吸をした。自分のすべてを吐き出したような達成感が、そこにはあった。


 勇者は黙っていたが、心の奥底で、なにかが動き出そうとしているのを感じた。


「面白い、か……今まで世界をそんな風に考えたこともなかった」


「ああ、そうだろう。面白くなければ、生きている価値なんてない」


「……かもしれないな」


「じゃあ、これからのことは、一つ俺に任せてくれるか?」


「頼むよ。僕も、面白いものが見てみたい」


「当然だ」


 そして、天使と勇者は歩きだした。


 勇者はすでに、天使への苛立ちを忘れていた。勇者にとって、この先どうするかがすべてだった。仲間の死という過去に追いかけまわされ、どうすれば、それを弔うことになるのか。いや、そこにはもう、死者の思いなどは顧みられていないのかもしれない。勇者はなにより、自分の納得のため、ただそれだけのために行動していたに違いないのだ。


 天使が案内したのは、天界の地下工房だった。勇者にとって、天界に地下があるという事実に驚いたが、さらに驚いたの彼らの身なりだった。


 羽も服もボロボロで、顔や肌は埃などで薄汚れていた。


「垢ってのは出ねえんだよなあ。だからそんなに汚くないんだぜ。ありゃほとんどが地下の埃だよ。服着替えなくても気持ち悪くならないってのは天使の利点だよな。」


 天使は取り繕うように言った。工房の中で彼は有名らしく、他の天使が通り過ぎるたびに声を掛けられていた。


 地下工房は、天界にある、云わば趣味の楽園だった。天界に住む天使は、基本的になにをしても許される自由を得ているが、なにかを作ることは、原則的に認められていない。認められていないが、罰則はない。普通の天使は、暗黙の規則の中、緩やかな時間をすごすが、なかには、それに反抗する者もいる。地下工房とは、普通の天使の常識からはみ出したものが集う、掃き溜めのような場所だった。


「掃き溜めっつっても、そこそこきれいなんだけどな。とにかく、ここのやつらは、天界に飽き飽きしてるやつばかりだ。独自の玩具や、ゲームを自作したりってのが基本にあるが、実はひそかに、魔導具の研究ってのもやってたりしてるんだ。ここに魔力で満ちている上に、資源も、望めば手に入れることができる。研究には最適な場所だ」


 地下工房を中を、天使の説明を聞きながら、勇者は歩いた。 天使はどうやら、この、魔導具というものを勇者に見せたいらしい。


「これだよ」


 天使が立ち止まって言った。目の前には、大きな布のかかった巨大なものがそびえたっていた。


「見たら驚くぜえ」


 天使の指示により、布がはぎとられる。


 勇者は立ちすくんで声も出なかった。魔法の研究に関しては、自分はほとんどかかわっていなかったにもかかわらず、勇者の体は震えた。

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