1. 夏とセミ
ふかやくんへ。
ふかやくん、わたしはやっぱりしんでしまいました。
ふかやくんがひっしに助けてくれようとしてくれたのに、ごめんなさい。
しんでかなしいのは、ふかやくんがかなしんでしまうことです。
だけど、大丈夫です。お父さんはお母さんがしんだ時には二どと会えないんだよって言ってたけど、そんなことないみたいです。
わたしのうんが良かったのかな。これもふかやくんのおかげなのかな。
神さまが3つだけおねがいを叶えてくれるそうです。
だからさいしょのひとつ目のおねがいは、ふかやくんに会えるために使います。
でも会えるかはふかやくんしだいだから、いつになるかはわからないけれど。
でも、きっと会えることをしんじてます。また会う日までさよならです。
*
今年も憎憎しい夏が来た。僕の大嫌いな季節、夏だ。
蒸した空気も、強い日差しの照り返す太陽ももちろん嫌いだが、セミの声を聴けばセミをひっぺがえしたくもなるし、向日葵を見れば引っこ抜きたくなる。
こんなに夏が嫌いと日々アピールしている僕も、子供の頃は夏が嫌いではなかった。
ただ、夏に思い出したくもない、嫌な思い出があるだけだ。
ナーバスになりかけながら、俺は夏休み中の学校へと足を運ぶ。やるせない。
「おいおいおい高瀬くんじゃないですか!」 後ろから、多分テンションの差がまぎゃくであろうバカ明るい声が聞こえてきた。
「深見…うるさい」能天気な笑顔を浮かべるクラスメイトがへらへらとこちらにやってきた。
「どしたの!学校なの!?俺も俺も!」
「えっ!本当に!?それはびっくりだ!って制服きてるから一目瞭然だよー!」
ぼすっ。ボディーブローが気持ちよく決まった。おかげで夏の憂鬱感が少し減った気がする。
「おぇええええ!痛い!吐く!さっき食べたチョコレートパフェを!」
「大の男がそんなもん食ってるんじゃねぇ。引くわ」 冷め切った目で見下ろしてあげた。
「うぇぇ…。今日はどうなされたんですか…俺と同じ教師からの呼び出しですか…」
「お前と違うんだよバカ。図書委員で夏休み出勤だ、お前とは違うんだ」
「2回言う必要ないじゃない…勤勉ですねいつも。ご苦労さまです」若干目に涙が滲む姿を見て、慈愛の感情が心に染み渡る気がした。多分意味も、状況化も違うと思うが。
「ありがとう。勤勉少年頑張るから、問題児少年深海くんはさっさと職員室に向かいなさい」
「了解です!向かいます先輩!深海くん行ってまいります!あでゅー!」
爽やかな笑顔と共に、深見は学校へと消えていった。あの元気さは正直見習いたいと一瞬だけ思った…。
気付けば学校についてしまっていた。セミの声がうるさすぎるので、さっさと校内に足を運んだ。
*
学校の良いところを一つだけあげるなら、涼しい冷房が効いていることだ。
「お前はいつも根暗な本を読んでいる。本は人を表すって知ってたか?」
白髪と眼鏡の渋いおっさんが、またこの図書室で小説、嫌味談義が始めそうだったので、とりあえず手をひらひらと振ってみた。というかあしらってみた。
「夢野久作だろ、それ。発狂小説ドグラマグラの著者の」
「…。立川センセは分かってないなぁ。ドグラマグラは言ってみたら独自思想を交えた特殊小説ですよ。あれをみんな持ち上げすぎる。夢野の持ち味は気味の悪い短編小説にあるでしょう」
図書担任の立川先生はやれやれ、という表情を浮かべ言葉を続ける。
「問題はその暗い怪奇小説を好むお前の趣向だ。お前、夏目漱石のこころとか好きだろ」
「普通です。あと人間失格も先に言いますけど、そんなにスキじゃないですよ」
とりあえず、談義に入りかけたのを察知して、一旦本を置く。
二人だけの図書室ではこうやってたまに、本についての談義が始まることがある。立川先生の読書量、俺の小説好きの天秤がうまく釣りあってるから始まる談義かもしれない。
「大切なのはまとまりと、集約感です。わかりますか、僕は海外本をまず読まない。その理由としてとりとめのない描写を読むのが嫌いなわけです、すべての海外本がとは言いませんが」
「つまりは凝縮されたものを読みたいと」先生は首をかしげる。
「近いですね、本は1冊を読み終わって、最初のページから頭の中で思い出し感傷に浸りたいわけです。僕の場合は」
「夢野久作でもか?」
「ちゃんと青春ものも読みますよ。僕を何だと思ってるんですか」先生はニヤニヤ笑ってる。嫌だなぁ。
「そこに意味のない描写があれば、一気に感情輸入も出来ず、物語もすっ、とはいって来ない。最悪、読了さえ出来ないわけですよ」
「そりゃ、読んでないと同義だ」
「同感です」
「夢野の短編には無駄がない。芥川の短編にも同じことが言えますけどね」そう言いながら俺は置いた小説に栞を挟む。
「ふん、まだまだ読む量が足りない、理解力が乏しいと言ってるようなものだぞ」
「情報整理が苦手なだけです。それだけなんです」
「言い方変えて、認めてみるなそこは」鋭く突っ込まれてしまった。そういうところは抜かりない。
「さ、もう時間ですよ。俺の仕事は終わり。先生も楽しい職員室でのお仕事に戻らないとほらほら」
「仕事してないのはお互い様だな、教師と生徒という立場は責任と絶対的保護という言葉で表せるきがしないか」
「給与が発生するから責任を負うんですよ。だから職員室で業務をこなして下さい」
バッグを手に取り、図書室を出る準備をする。
「絶対的保護は樹海ですよ先生」
「その心は?」
「本人はいつでも抜け出せる気でいても、抜け出せない」
先生はふふん、と笑って教室の鍵を俺に向かって放り投げた。