【prologue】お店員様は神様です?
【prologue】お店員様は神様です?
ぼくは伊藤佑樹。
23歳。
野球の『佑ちゃん』と同じ年。
名前も似ているし、誕生日が同じならネタになるけど、そうウマくいかない。
浪人も留年もせず大学を無事卒業。
就職に失敗。
たぶん、初めての挫折。
たぶん、致命的な挫折。
とりあえず、実家の近くのネカフェでバイトしてる。
時給900円。
『佑ちゃん』とはえらい違いだな……。
ネカフェにはいろんな客がいる。
ぼくがこのバイトを始める前に持っていたイメージは『ネカフェ難民』だ。
4年前の2007年頃だったか、TVで放送されてから有名になった言葉。
まさかいないだろうと思って入社したら、フツーにいた。
何人も、何十人も。
年齢層は幅広くて、上は白髪のじーさんから、下は18-19歳のヤツまで難民してた。
マジでひいた。
ネカフェ難民の中には変わった客も多い。
特にいじりやすそうなキャラの客がいると、同僚の大学生バイトなんかはこう言い始める。
「この難民系、ちょーウケるし! ね、伊藤さん! こいつ、ウケません?」
なにがそんなにウケんのかよくわかんないし。
てか、難民『系』ってなに? 『系』って。
勝手に『系』とかつけんなよ、と。
また、違うネカフェ難民の客で、スタッフへの態度が大きい客などへの陰口がすごい。
「終わってる人間」
そんな些細な事で人格や人生を判定されたくないだろうな。
しかも、全店舗共有の顧客データにまでそんな書き込みがされてることもあった。
さすがにマズいだろと思った。
大学生はなんでこんなに上から目線なんだろ?
上からっていうか、むしろ『神』目線?
『お客様は神様です』って昔の演歌歌手が歌ってた。
大学の講義や一般教養でカスタマーサービスについて軽く勉強する。
昔の演歌はともかく、後者は大学生なら知ってるはずだけど、自分がバイトとはいえ接客業をしているって自覚がないんだろう。
というぼくだって、去年までは似たようなもんだった。
就職に失敗するまでは。
就職も決まらないまま大学からポンと社会に押し出されて、「はい、今日からキミはフリーターね」と烙印を押された。
バイトしてなければフリーターでもない、ただの無職。
親がまだ働いているから実家に寄生できる。
それがなければ、ぼくだって卒業と同時にネカフェ難民だったかもしれない。
いや、貯金も仕事もなかったから、ネカフェ代が支払えずにネカフェ難民にさえなれなかっただろう。
ネカフェでバイトするようになって、それを痛感した。
同僚の大学生バイトは、そーゆーのがまだわかんないんだろうな。
『神』目線のおまえと、おまえがいじって嘲笑っているネカフェ難民とは、『神』じゃなく『紙』一重 だということを。
……うん、うまいこと言おうとするとやっぱダメだ。
こーゆーのがウマくできれば、就職も失敗しなかったかも知れないな~。
でも、悪いことばかりじゃない。
お陰で、ネカフェ難民を見下さず、偏見を持たず、逆に親近感を持てるようになった。
そして、興味を持つようになった。
興味の対象は、ネカフェ難民だけではなく、他の風変わりな客にまで及んだ。
奇人で変人で奇天烈な、愛すべきネカフェの懲りない面々。