抗う者Ⅰ
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ガチャン
ドアを開く音が聞こえる。
「よぉ、リウィアまたずいぶんと帰りが早いな。」
そこには見なれた顔があった。
「カンビア、あなたはいつも軽口ばかり叩いてないでへらへらもしてないで少しは貴族としての自覚を持ったらどうなの?」
「貴族としての自覚ねぇ?」
「後、私が帰ってくる前に先に家にいるのもやめて下さる?それも何度も何度も…女性の家に断りもなく出入りするなんて!」
「それも貴族としての自覚?」
「庶民だってわきまえてる一般的な常識です!いったい何度同じことを言わせれば気が済むの?」
「断りだったら君のお母様にちゃんと言ってあるし、それにいいだろ?貴族どうしで出来る幼馴染なんて珍しいんだしな…」
「そんなにふざけたことばかりやっていれば、プレヴィデンザの一族はあなたを捨てるわよ?プレヴィデンザは名門中の名門!歴代皇帝陛下達の中にもその血が流れている御方もいるのよ?それなのにあなたがそんな態度を続けていれば一族に相応しくないと言われてあなたは簡単に絶縁されるわよ!!分かっているの?大体あなたは…」
「はいはい、分かってる、分かってる。ご忠告どうも!まぁ、だけど安心してくれよ。どうせ、奴らは俺を捨てられないんだ。いつでも捨てられるんじゃない、捨てられないんだ。それにもし捨ててくれるんだったらどんなにうれしいか!」
ホントどんなにうれしいか…とカンビアは付け加えた。
ここはリウィアの屋敷の客間、床にはが豪華な絨毯がひかれており、家具はどれもこれもが高価だというのが一目見ただけでもわかる。カンビアがだらんと座っている肘掛け付きの長椅子も木枠に華やかな柄の革張りだった。テーブルにも高そうなクロスがかかっておりその上には彼が今まで飲んでいたのであろう水が入っているグラスがある。
「ハァ、何を言っているのかしらね。自ら貴族をやめたいなんて…理解に苦しむわ」
「ははははははっ!理解に苦しむか!今更だな。」
カンビアはテーブルの上に置いてあったグラスの中の水を一気に飲み干す。
リウィアはカンビアの向かいの長椅子に座った。
「葡萄酒でも用意させようか?」
「いや、いいよ。そこまでしてくれなくて、それよりも俺は今日の相手はどうだったかが知りたいな。」
「あら?なに気になるの?私がどんな男と付き合ったか?」
リウィアが急にニヤリと顔を歪ませ悪戯に笑う。
「うん?まぁな、どんな相手にお前が興味示すのかには興味がある。」
「そういえば、今日あなた闘技場に居たじゃない。なんで居たの?あなた闘技場は嫌いだって言ってなかったっけ?」
「あれはストリィアが闘技場に入って行くのを見かけたからさ。別にお前のことをつけていたとか、そんなんじゃねぇよ。」
リウィアの顔が見る見るうちにつまらなそうな顔になっていく。
「なんだ、つまらない!」
「気にかけて欲しかったのか?」
「はっ、冗談。」
吐き捨てるようにリウィアが言った。
「だろうな。」
「うん?いや、待って!!さっき何て言った?」
「あ…気にかけて欲しかったのか、か?」
「違う!その前!誰が闘技場に入って行くのを見たって?」
「ああ、ストリィアだよ。あの人が闘技場に入って行くのが見えたんだよ。」
「へぇ、あの老人も剣闘士に興味があったとはね…以外だわ。」
「いいや、ストリィアは俺と同じでただの殺し合いなんかには興味はないんだとさ。」
(ただの、殺し合いね…非難を含んだ言い方するわね。面白いのに…)
「あら?そう。じゃあなんで闘技場に?」
「今日、陛下が闘技場にご出場なさっただろ?あれを見に来たようだよ。」
リウィアは怪訝な顔をする。
「それはおかしな話ね。陛下がご出場なさることは私たち貴族でさえ知らなかったのよ?」
「だろうな。主催者のあの慌てっぷりを見たか?あれだけですぐに分かる!あれ陛下が急にお決めになったことだろ?それにしても流石は陛下!一太刀でお倒しになるとはね。」
「はぐらかさないで!私はなぜストリィアが陛下のご出場を知っていたのかを聞いているのよ?」
カンビアは溜息をひとつ吐きだし、頭を数度掻く。
「俺が知る訳ないだろ?そもそもあの老人には謎ってものが多すぎる!俺があの老人について知ってることなんて数えだしたらそれこそ片手で数えられる!いや、片手でだって指が余る!」
「それでもあの老人とは長い付き合いなんでしょ?だったら…」
「俺がストリィアについて知っていることと言えば名前と貴族ではないことと神出鬼没なことくらいだよ。それくらい…君も知っているようなことばかりだろ?」
「え?貴族じゃなかったのね…。」
「ああ、知らなかったのか?」
「ええ。私はてっきりプレヴィデンザの下に就いている貴族かと…。」
「まぁあの一族は結構な数の貴族を下に就いているからね。そもそもどのくらいの貴族が媚びへつらっているかなんて俺だって知らないよ。」
「いくら非難されているからって媚びへつらうなんて言い方止めなさい。それにあなたが知らないなんて言っても何も驚きはしないわ。」
「そりゃそうだ。話がずれたから元に戻すが…あの人がそんな子飼いの貴族に飼われている貴族に見えるか?」
この時代プレヴィデンザ一族のように大きく力の持った貴族に近づくため貴族が貴族の下につくという行為がなされることが一部の貴族の間でしばしばあった。それを多くの貴族は貴族が王以外の者の下に就くとは貴族としての誇りはないのかと非難し、侮蔑の意味を込めて子飼いの貴族と呼んでいた。その中でもプレヴィデンザ一族は皇帝陛下にも意見出来る程に強い力を持った一族であり、子飼いの貴族の中でも群を抜いて貴族を下に就けていた。
「確かにそうね。あの老人が人の下に就くとは思えない…ところでじゃあなんであなたはストリィアがプレヴィデンザの下に就いている貴族ではないと知ったの?」
「俺が子どもの頃聞いたことがあったんだよ。俺が物心ついた頃からあの人は居たし、その時に少し気になって聞いたんだよ。あなたは貴族ですか?って。」
「そしたら貴族ではないと答えたって訳ね。」
「まぁ、そんなところだ…あっそう言えば俺がストリィアについて知っていることもう一つあったよ。聞きたい?」
「何よ、勿体付けてないで言いなさいよ。」
「ああ、アイツな、年…取らないんだよ。」
その一言はあんまりにも簡単に言われた。
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今回は会話が多く情景描写が少ない…
少しばかりそう思いました。