序章Ⅲ
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しばしの静寂そしてその後の大歓声、
「どうです?」
ストリィアは静かに聞く。
「まぁ確かに、節目って言えば節目だな。しっかし皇帝陛下自らが剣闘士として戦われるとはね…。」
この頃の剣闘士は市民、貴族、王族までもが熱狂するほどの娯楽であり、闘技場では観衆から喝采を浴びる対象ではあったがもともと剣闘士とは戦争で捕獲した捕虜や奴隷が主だったため賤業であった。故に身分の高いものは出場しないのが通例だった。
「剣闘士は賤業やもしれませぬが…その点については考えられているようですよ。」
「うん?」
闘技場の中央には甲冑を装備した陛下が我、新たなるロムルスなり!!と大声で自称している。
「なるほどね、初代ローマ皇帝を名乗って演武するってとこか…面目、体裁は一応守れているのかな?」
カンビアは横にいるストリィアに目をやる。彼はまじまじとコンモドゥス陛下を見ている。得体のしれないこの老人は一体何を思いこの節目を見ているのだろうか?そんなことを考えながら視線の先を闘技場の中央へと戻す。
ガコンッ
陛下が出てきた入り口とは反対の入り口の扉が開いた。
グルルルル!!
開いた扉からは体に奇怪な模様を描かれたヒョウが唸り声とともに闘技場へ入ってきた。なるほど、あのヒョウを悪魔として見立てて剣を振るうと、そういうことか。カンビアがそんなことを考えていた時ふと主催者が彼の視界の端に映った。青ざめている、主催者用の席のふちに手をやり身をかがめ、遠く離れているこちらまで震えてるのがわかるほどに震えている。
ガッウウウウウ!!!
ヒョウの咆哮、陛下は悠然と剣を構える。ヒョウは駆け出す。陛下に向かいその牙を肉に食い込ませんとして…
それからすぐに勝負は決した。ヒョウは正面から陛下に飛びつこうとしてきた。それを陛下はひょいとかわし、直後ヒョウの首を切り落とした。
わあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
本日最大の歓声、
「いやはや、流石ですな、いくら甲冑を身にまとっているとは言えヒョウを相手にあそこまで落ち着いていられるとは…剣術は素晴らしいモノだと聞き及んではいましたがこれほどまでとは、脱帽いたしました。」
「ストリィア、これは確かに節目だ。だけどなこんなもんじゃあ変わる価値観ってのもたかが知れている。俺が変えたいって思ってる価値観はこの程度じゃ揺るぎはしないんだ。」
陛下は切り落とした獣の首を一階席にいる貴族達に向かって笑いながら差し向けている。
「本当にそうですかな?」
「どういう意味だ?」
カンビアはストリィアを見ようとしたがすでにそこにはストリィアはいなかった。あたりを見渡す。しかし見つからない。つい先ほどまで隣にいた老人は煙のように消えていってしまった。そして最後に消えてしまったはずのストリィアの声が耳に届く。
「どんな価値観もたった一つの些細な出来事で変わったりするものですよ?」
その言葉は幻聴にしてはあまりにもリアルであまりにも彼が言いそうなことだった。
「あんたにとってのその些細な出来事は俺達、人間からしてみれば重大な出来事なんだよ。それこそ人生さえ狂わすような…ね。」
と、もう届かないであろうその言葉を溜息混じりにカンビアは言った。
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序章が終わりました。
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