7話 女神の使者?
アレン君おいてけぼりで殿下とひとしきり言い争った後、私は王室の賓客として迎えられることになった。殿下が描いた『弱ってしまった王子を救うため女神が遣わした使者が現れた』という筋書きの通りに。
殿下は「いきなり視界が光で覆われたかと思うと、この世のものとは思えない程の美女が目の前にいた。この国の難を救うため使者を使わすと美女は言った。そして再び眼を開けていられない程の光が瞬いた後、そこには黒髪黒目の女がいた」なんていうあんまりな説明で不審者全開な私の滞在に反対する城の重鎮たちを黙らせた。
本当は、今まで全く他人との関わりを拒否していた殿下が、幾ら不審者でも他人と交流を持とうとしていることに希望を覚えて、無為に突っぱねることもできなかったんだそうだ。
まあ、要するに殿下>>>>>>|越えられない壁|>>>>>>>臣下 のようです。
え、超展開すぎる?まったくもって同感ですね。
唯一私の居候を止められたであろう陛下も、私のことを大層気に入ったらしく終いには「あの愚息を頼む」などとのたまいやがっ…のたまった。
そしてあっさりと城に滞在することを許可された私は、半年がたった今も殿下のカウンセラーをしているというわけだ。本当にこの国大丈夫か。
「サーシャ様、おかえりなさいませ」
殿下との雑談を終え部屋に戻った私をクレアさんが出迎えてくれる。
恐らく今や城の人間で私が『女神の使者』ではないということを感付いている人は少なくない。かくいう彼女もその一人だ。
しかし私が殿下と接触してから殿下の態度は軟化しているらしいし、(私は以前の殿下を知らないので比較のしようがないが)前は殿下の私室・執務室に出入りできるのはセリーナさんだけだったが、今は私を含めた5人の臣下が出入りを許可されている。クレアさんが言うには目覚ましい変化なんだそうだ。
その功績(?)もあってか、どう見ても女神の使者に見えない私でも、衣食住保証ニート生活を送れているのだ。
「あの、王子殿下は…」
「ああ、騎士団の訓練見に行かないんだって」
おずおずといった様子で私に殿下の様子を尋ねたクレアさんは、私の返答に分かりやすくがっかりとした表情をした。騎士団の訓練の話を教えてくれたのは彼女である。
臣下は皆、殿下を心配しどうにか引きこもりを卒業していただこうといろいろ気を配っているのだ。あれで殿下は臣下から好かれている。美形補正だけじゃなく、殿下の仁徳のおかげだろう、多分。
「あ、でもね、私王族専用の薔薇園を見てみたい、って言ったら気が向いたら連れて行ってやるって」
「本当でございますか!?」
私が言った途端、分かりやすく表情を明るくするクレアさん。
くそう、愛い奴め。近う寄れ!
でも、最近のシェリア君は本当に角が取れてきた感じがする。
この分ならひきこもり卒業も近いかもしれない。
そうなったら私はお役御免だな。もしかしたら元の世界に帰れるのかもしれないけど、私はその可能性は限りなく低い気がしていた。なんとなく。
帰れなかったら、仕事を見つけなくちゃ。まさか城側も用無しになった途端城から放り出すようなマネはしないだろう。求職期間くらいみてくれるはずだ。あわよくば仕事紹介してくれちゃったりして。
なんて事をぼんやり考えつつ、クレアさんと雑談していると、午後のゆったりとした時間は過ぎて行った。
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「・・・・ん」
数十秒ぶりの地面の感覚に遊利は心底ほっとした。魔法師は渡界中に魔素にあてられることがないから一般人のように悪酔いすることはないが、気持ちのいい感覚ではないのは確かだ。世界を渡るために必要な膨大な量の魔素にもみくちゃにされるのだから当然と言えば当然か。
瞼越しに渡界魔法の残滓である白い光が消えたのを感じ取り、遊利はゆっくりと瞼を持ち上げた。
眼前に広がったのは緑色。鬱蒼という表現はおよそ似つかわしくないが、青々とした木々が生い茂ってそこに若干の暗がりをもたらしていた。心地よい風が木々と髪を揺らす。
「また森ですか・・・弾もいい加減にしてほしいです」
渡界先の到達座標は、弾がその世界から適当に人気がないが危険は少ない場所をチョイスし座標を割り出し、遊利がその座標を渡界魔法の構築式に組み込む、というスタイルをとっていた。弾が指定する座標はだいたい森なのである。
過去に一度抜けるのも集落を探すのも面倒だから森はやめてくれ、と弾に言ったことがある。
すると彼はこう言った。
「今森ガールとか山ガールとか流行ってるからいいじゃん(笑)」
…あ、思い出したら腹立ってきた。
むくむくとわきだした怒りは、軽く頭を振って忘れることにした。
さて、と呟いて気持ちを切り替えたところで、遊利は最寄りの集落を探そうと目を閉じて“遠視”を展開した。
二人が出会うまで、もう少し。
2011/11/13 改稿