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主人公≪ヒーロー≫達の不自由な二択  作者: 歌崎 鏡
第一部:望月早沙子
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6話 受難と出会い


そもそも、何故アルシェリア殿下が引きこもりになってしまったのかというと、殿下は1年半前、何者かに毒を盛られたらしい。

 実行犯はとっくに捕まって処刑されたものの、黒幕である人物は捕まっていない。

 これは私の想像だが、周りの口ぶりからすると黒幕の目星はついているっぽい。

 きっとその黒幕は力のある貴族やらで迂闊に手が出せないとかいうありがちな話なんだろう。

 殿下は10日間生死の境をさまよったが、優秀な医師の尽力のおかげで一命を取り留めた。

 王室をあげての治療の甲斐あり、大した後遺症も残らずそれから半年で殿下はほぼ全快したらしい。



 そう、肉体的には。



 しかし精神には癒えがたい傷が残ってしまったのだ。

 殿下毒殺未遂事件の実行犯は、王室内でも評判だった働き者のメイドさんで、殿下も名前を覚えているくらいには気に入っていたらしい。

 王宮の警備の堅さから考えて、外部犯である可能性は極めて低い。

 その実行犯のメイドも含めて王宮に出入りする使用人は勿論、貴族個人の使用人に関しても身元は保証されている。

 となると、王宮に出入りできる程度の力を持った貴族以上の人物が殿下の暗殺を企み、刺客を送り込んだか、もともと王宮の使用人だった彼女をとりこんだか。

 まあ、冤罪の可能性も捨てきれないわな。何しろ昏睡状態の殿下が目覚めたときにはそのメイドさんと彼女の家族は粛清された後だったらしいから。



 身体は全快、心は全壊。誰がうまいこと言えと。



 それからというもの、殿下は完全に人間不信になってしまったのだ。絶対私室と執務室から出ようとしない。

 ちなみに殿下の私室と執務室は続き部屋になっていて、扉一枚で自由に行き来できる。故に殿下は執務と引きこもりを両立させることができるのだ。

 その上殿下の私室に出入りできるのは、近衛騎士のアレン君、ディラン君、幼いころからの乳母であるセリーナさん、執事のレイさん、加えて私だけ。実の両親である陛下と王妃も入れないらしい。

 本来怒鳴りつけて引っ張り出してやらなければならない立場であるご両親は、城の警備が甘かったばっかりに息子を苦しめた責を感じているのか、はたまた第一位王位継承者という立場を無視している息子に愛想を尽かしたのか、大したアクションを起こさない。

 家臣が殿下を説得するよう進言しても、「それでは意味がない」とか「今はまだその時ではない」とかで煙に巻くんだそうだ。

 


 一応城下には殿下は病気のため自室で療養中、という通達がされているが、人の口に戸は立てられない。

 王都では「隣国の魔術師に死の呪いをかけられ、床に伏せっている」や「どこからか囲い込んだ絶世の美姫に夢中で、王宮から出ようとしない」などさまざまな噂が飛び交っている。



 私がこの世界に来て、最初に会った人間は殿下だ。

 イタリアの美術館で謎の球体に触れた途端、私からは平衡感覚という概念が消失した。

 落ちているのか上がっているのかすら分からない、しかし高速で移動しているのはわかる。

 某ラノベで時間遡行をした主人公が遡行の感覚を「シートベルトをしていないジェットコースター」と形容していた気がするけど、まさしくそれ、という感じだ。

 目を開けていられなかったのは不幸中の幸いだ。開けていたら気絶は免れなかっただろう。



 ややあって、ようやく地面の感覚とコンニチワしたとき、私の不快指数メーターはMAXを遥かに振り切っていた。

 だから、私は自分が驚愕の表情で絶句している金髪紫眼のイケメンを下敷きにしていることに気を配っている余裕はなかった。

 パクパクと口を動かすイケメン。一方の私は、迫りくるあの感覚と必死に戦っていたのだが―――



「………無理。吐く」

「はあ!?」



 あっさりと吐き気という魔物に白旗を上げた私のこれから吐きます宣告に、イケメンはようやく石化魔法が解けたかのように反応した。

 本来ならどう見てもコーカソイドの青年と言葉が通じたことに突っ込むべきだったのだろうが、その時の私にそんな余裕は以下略。



「………う」

「っとりあえずそっからどけ!」



 真っ青な顔で口を押さえる私を見たイケメンは自分の上に戻されたら堪らないと思ったのだろうか、実に冷静な判断をした。

 そしてむしろ自分から私をどかし、あろうことか上着を脱いで私に突き出した。



 これはイケメンが絨毯を守るためにしたことで、決して私に対する好意からではない。

 そして彼の上着を受け取った私は、それはもう遠慮なくその上に――――リバースした。





「えっと、上着、台無しにしちゃってごめんなさい。弁償します…」



 吐き気の波が収まった後、いくらか冷静になった私はイケメンに(ここ重要)醜態をさらした羞恥から、俯きながらぼそぼそと謝罪した。

 すると、私の首筋に冷たい何かが押しあてられる。

 見ると、先ほどのイケメンが険しい表情で私に剣を突き付けているではありませんか。

 ちょ、刃渡り5.5㎝以上の刃物の所持は銃刀法違反です!



「何者だ」

「……や、あの、お怒りはわかるんですけど、謝ってる相手に刃物って」

「もう一度聞く。何者だ」



 イケメンは一層険しい表情をしたが、正直私はこの態度にはむっとした。

 あり得ない体験を現在進行形でしているという状態が、刃物に対する危機感を薄れさせていたのかもしれない。私はイケメンに食ってかかった。



「ちょっと、話し合いに刃物は必要ないでしょう?上着を汚したのは悪かったけど、剣なんか突き付けられる覚えはないよ。それに、迷惑をかけられた相手に名前を尋ねる時まで自分から名乗る必要はないと思うけど、それにしたってもっと聞き方があるんじゃないの?」



 私の反撃が意外だったのか、イケメンは面食らったような顔をした。

 そしてゆっくりと私の首すじから剣をどけたが、その剣を鞘にしまうことはしなかった。

 それを認めた私は、イケメンは3・4歳年下だろうかとあたりをつけてこういう時は大人から歩み寄るべきだろうと割り切った。



「私は望月早沙子。粗相をしでかして申し訳なかったね。そして助けてくれてありがとう。上着はずいぶん高価そうだったけど、弁償するくらいの貯金はあるから、心配しないで」



 イケメンのポカンとした表情に気付かずに、私は続けた。



「えっと、ここはどこか聞いてもいい?私は美術館の倉庫みたいなとこにいたはずなんだけど、気付いたらここにいたんだよね。連絡先を教えたいんだけど、バッグは多分さっきの倉庫に置いてきちゃったと思うんだよね。早く戻らないと置き引きに盗られちゃうよ。あ、あとあなたの名前教えてもらえるかな」



 部屋はどこの高級ホテルのDXスイートにも負けないくらい立派な部屋だった。泊まったことないけど。

 あの美術館にこんな部屋があったのか。ベッドがあることから、この人は美術館に住んでいるのかな?



「お前は、俺が誰だかわからないのか」



 聞きようによっては傲慢な台詞だが、イケメンは本当に不思議に思っているようだ。

 えっと、もしかして大人気俳優さんとか?ああ、それならイケメンの中世貴族みたいな恰好も頷ける。

 おそらく芸能人のゲストを招いてのイベントが美術館で予定されていたんだろう。



「…えっと、ごめんなさい。私、流行には疎くて」

 


 知らないとつい謝ってしまう。日本人の性だ。



「…俺の名は、アルシェリア・オル・アクセレニア」

 


 聞いたことないです、さーせん。



「偉そうな名前だねぇ…てか長い。愛称とかないの?」

「……父上と母上はシェリアと呼ぶが…」

「じゃあ私もシェリア君って呼んでいい?」



 イケメンはまたしてもポカンとした表情。その紫色の瞳が見開かれたのを見て私は思わず呟いた。



「綺麗な紫色…紫水晶アメジストみたい」

「………っく、は、はははははは!!!」



 すると一瞬の沈黙の後、イケメン、もといシェリア君は突然爆笑し始めた。

 今度は私が展開についていけずポカンとする番だ。

 腹筋が崩壊しているシェリア君を前に、どうしていいか分からないでいると、部屋の扉を隔てた向こうから声がなにやら焦った声が聞こえてきた。



「殿下!!何事ですか!!」

「っははは…おい入れ、アレン。面白いものを……くく、つ、捕まえた」



 息も絶え絶えに返事をするシェリア君。何を笑っているのかさっぱりだ。てか今、『デンカ』って言った?電化?電荷?

 勢いよく扉を開けたのはまたしてもイケメン。恐らくそこで笑い転げているシェリア君と歳は同じくらいだろう。

 アレン君と言うらしいイケメン2号はこれまた騎士様のようなコスプレをしていた。なるほど、この人も芸能人でゲストさんなのね。かっこいいわけだ。




 アレン君は一瞬は室内の若干カオスな状況にフリーズしたが、すぐに我に返ったように表情を引き締めて剣を抜き、私の鼻先に突きつけた。

 おおい!またかよ!もしかしてイタリアには挨拶代わりに刃物を突き付ける風習があるのか!?ねーよ!!セルフ突っ込み乙!!



「おい、アレン、剣を下ろせ」

「しかし!」

「下ろせと言っている」



 私が内心でセルフ突っ込みを入れた時、ようやく落ち着いたらしいシェリア君がアレン君に命令した。するとしぶしぶといった態度を隠さずにアレン君は剣を仕舞う。



「殿下、これはいったい」

「俺にもわからん。こいつがいきなり現れて、俺の上着に吐いた後、口説いてきた」

「はあ!?」



 恥ずかしながら、吐いたところまでは否定できない。しかしその後がよろしくない。捏造、ダメ、絶対!!



「ちょっと、私がいつあんたを口説いたって!?」

「いきなり愛称で呼ばれるとはさすがの俺も驚いたぞ」

「あんたの名前が噛みそうだから悪いんでしょう!てか口説くって何!!愛称くらい誰だって使うから!!」

「瞳の色を褒めるのは口説きの常套手段だろう」

「んな文化知るかっっっ!!」



 ぎゃいぎゃい言い争う私とシェリア君(騒いでいるのは主に私だが)を茫然と見つめるアレン君。



 これが私たちの出会いだった。


2011/11/13 改稿

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