5話 難有り王子
雰囲気がまた変わります。
私はダメ人間への道を日々爆進していた。
朝はフカフカのベッドで目を覚ます。
すると侍女さんたちが隅々まで私の身支度を整えてくれて、朝食とは思えないほどのクオリティの高いお食事を頂く。
それからはぼんやりバルコニーから町を眺めたり、城内をお散歩したり、殿下の相手をしたり、本を読んだりして一日を過ごす。
昼食は朝よりも軽めなもの。天気がいいと外で食べたりする。
それからまた好きなことをしたりお茶をしたりして時間を潰し、夜になると一流ホテルのフルコースかと思うような夕食を食べる。ついでに量も多い。毎回残してごめんなさい。
そのあとはお風呂に入ったり、また殿下の相手をしたりしているうちに夜も更けてくるので、フカフカのベッドで就寝。こんな生活を半年近く送ってきた。
あれ?今の私ってパラサイトじゃね?
私が初めてここに来たのは、半年ほど前だった。
ようやく使えた有給休暇で2週間の纏まった休みをとり、ヨーロッパ一人旅をしていた時のことだ。
イギリス、ドイツの次に行ったイタリアのとある美術館で、異国情緒あふれる街並みにみなぎってきた私は、多分関係者以外立ち入り禁止の区域に入り込んだのだ。
立ち入り禁止などの注意書きはなかったものの、その場の空気や他の客がいなかったことからなんとなく『入ってはいけない所』だということは感じ取っていた。
しかしハイテンションだった私は、注意されたらサーセンで済ませばいいや(笑)とさらに奥へ進んだのだった。
…いや、正直調子こいてました。その結果がこれだよ!
木箱やコンテナが積まれた、薄暗い明らかに倉庫である部屋で私が見つけたものは黒い球体だった。
何かのディスプレイに乗っている訳ではなく、その空間にポツリと存在した球体。
天井から吊られてるのかな、と思ってその謎を確かめるべく手を伸ばした私は――――それに吸い込まれた。
で、気が付いたら、殿下の私室にトリップしてました。しかも殿下の上に華麗に着地してました。
海外旅行してたと思ってたのに、気が付いたら異世界旅行してたよ!王子様踏みつけちゃったよ!!
あははは!!笑ってくれ!!
「サーシャ様、お時間です」
いつものように部屋のバルコニーから城下をぼんやり眺めていた私は、ちょっと暴走ぎみの不健康な物思いから現実に引き戻された。
振り返ると、そこには美人侍女のクレアさんが立っている。
「ああ、ありがとう」
私はそう返事をして、彼女と共に部屋の中に入る。
ちなみにサーシャというのは私の愛称?だ。本名は早沙子なのだが、誰もうまく発音できなかったので、殿下が呼ぶサーシャという名前が定着してしまった。
まあ、嫌じゃないからいいけど。
私には毎日、殿下の話し相手になる、という仕事がある。
これのおかげで私はギリギリニートではない。(と思いたいが待遇に見合った仕事ではないことは火を見るより明らかだ)
クレアさんに付き添われて殿下の執務室まで出向く。
お茶とお茶菓子が乗った盆はクレアさんが持っている。
一応王城の客人の身分である私に使用人の仕事はさせられないんだとか。
…いいや、私は知っているよ。本当の理由は一回お盆をひっくり返した前科一犯の私には持たせないようにしているだけだよね!あの時のお茶請けのマカロン超おいしそうだった!作った方にはジャンピング土下座で謝罪したかったよ。
もしひっくり返した現場に誰もいなかったら間違いなく3秒ルールが適用されていたな。クレアさんがいたから自重したが。
殿下の執務室の前には、近衛騎士のアレン君が立っていた。
彼は私を認めるとふわりとほほ笑み礼をとった。
私も御苦労さま、と笑顔で答える。
本当なら騎士の中でもかなり上位に位置する近衛騎士のアレン君が、ほぼニートの私に礼をとる必要なんか全くないんだが、私は一応王家の客分という立場であるため、こうあるのが決まりらしい。
最初こそ私も戸惑って固辞したけど、これをしないとアレン君の立場も困ったことになるらしいので何とか慣れることにした。
お城っていうところは形式を重視する所だから、郷に入っては郷に従うべきだろう。
殿下の近衛で側近のような立場なのは、このアレン君とディラン君というもう一人の騎士だ。
近衛騎士団は選考基準は顔なんじゃないかってくらいの美形集団で、アレン君とディラン君もその例に漏れずに整ったお顔立ちだ。
アレン君は頼れる爽やかお兄さん風で、ディラン君はストイック系無口キャラ。(予想だがクーデレの気配がする)
…まあ、二人とも私より年下なんだけどね!!あっは!!女独身27歳が通りますよ!!
アレン君が重厚な扉をノックした。コンコン、といい音が鳴る。
「殿下、サーシャ様がお見えになりました」
「入れ」
間髪いれずに返答があった。
三文字の返事だが、声色から殿下の本日の体調も機嫌も悪くないことが伺える。
失礼します、と言ってアレン君によって開けられた扉から部屋の中に入る。勿論、クレアさんからお茶とお茶請けの乗ったお盆を受け取って。
クレアさんはここまでで、殿下の執務室に入るのは私だけだ。
アレン君とクレアさんに会釈をして、扉が完全に閉められたことを確認してから殿下の方を振り返る。
殿下はちょうど高価そうな羽ペンをペン立てに置いたところだった。
「あ、お仕事中だった?」
「いや、ちょうど一息ついたところだ」
テンプレの会話のように聞こえるが、本当にちょうど一息ついた所のようだった。
殿下は私に気を使ったりしない。邪魔な時は邪魔とはっきり言う。悪いが後にしてくれ、なんて言われたことも一回や二回じゃない。
ちなみに、私は殿下と二人きりの時はタメ口を使う。
これは初対面の時の名残で、異世界にトリップしたばかりの私は、着地先になった青年がまさか一国の王子だとは気付かずに失礼な口を利きまくった。
殿下が第一位王位継承者と知ってからも、殿下がタメ口でいいというので、素直にタメ口を利いている。だって、4つも年下だしね。
でも、やっぱり他に誰かいるときはきちんと敬語を使う。大人としてTPOは弁えるべきだよね、うん。
「やっとスーウェンベルク領の懸案が片付いたところだ。これで心置きなく休憩できる」
「へぇ、おめでとう」
私はスーウェンなんたら領の懸案の内容は全く知らないが、面倒事が片付いたのはめでたいに違いない。
窓から春の日差しを受ける殿下の金髪は輝いていて、切れ長でスミレ色の瞳は穏やかに細められている。
私にボキャブラリがないのでうまく形容できないが、要するにイケメンです。イケメン王子様なんて、おいしいことこの上ない。
全く、近衛騎士団といい、クレアさんといい、殿下といい、なんでこの国の人間はこんなに顔面偏差値が高いんだ。見た目も中身も平凡である私への嫌がらせですか、そうですか。
しかもこの殿下、為政者としても有能らしい。
私より4つ年下で御歳23歳であるアルシェリア・オル・アクセレニア殿下は、現国王であるエヴァンシード陛下の一人息子だ。
23って言ったら、私の会社の新卒の新入社員と同い年なのだが、そうとは思えないくらい偉そ…ゲフン、しっかりしている。
まあ次期国王なんだから当たり前っちゃあ当たり前か。
しかし、この、『ルックス完璧、仕事もできる、肩書きMAX』という三拍子そろったどこの乙女ゲームの攻略対象だよと思うような殿下には、その長所を補って余りある(?)欠陥があったのだ。
「シェリア君」
「何だ」
「いいお天気だね」
「…そうだな」
いいともかよ。私はタ●リさんじゃないんですけど。
ちなみにシェリア君というのは殿下の愛称だ。
現在この名前で殿下を呼ぶのは陛下と王妃様と私の三人だけ。
畏れ多くも私は殿下がそう呼べというから普通にそう呼ばせてもらっている。これも二人の時限定だけどね。
「風が気持ちよさそうだね」
「…………」
「絶好のお散歩日和じゃn「行かんぞ」
即答された。いや、即答どころか被せやがったコイツ。
私はせめてもの意趣返しに盛大なため息を吐いた。
「シェリアくんさぁ、いつまでもお部屋に引きこもってたらいい加減カビるよ?」
「カビるか!!だいたいな、外は危険だらけなんだぞ。部屋の中にいた方が安全だろうが。執務はこなしているんだから、文句を言われる筋合いはない」
この発想、どう見ても真性の引きこもりです、本当にありがとうございました。
「頑固者」
「うるさい」
「チキン」
「…悪いか」
うわ、開き直り始めたよ。
「だいたいさぁ、アレン君とディラン君がしっかりばっちり警護してくれるんだから大丈夫だって言ってんじゃん。もうあの二人がそばにいたら死角ナシだよ。あ、なんだったら私も守るし」
お荷物になることはあっても役に立つことはなさそうだが。
「おまえは…」
見ると、殿下はなんとも微妙な表情をしていた。何、その眼は。
もしかして女に守られるなんてプライドが傷つく的なアレか?
そんなことで傷つくプライドがあるなら一刻も早くこの引きこもり生活からご卒業頂きたいね。
「私が、何」
「はぁ…いや、何でもない」
ちょ、だからその救えねぇなコイツ的な眼は何なの!
まあいいや。本当に救いがたいのは殿下の方だ。
「あ、そうだ。今日は騎士団の団長さんと副団長さんが訓練で手合わせするんだって。めったに見られないものらしいから、シェリア君、一緒に見に行かない?」
話の流れをぶった切ったことに対してか、私の発言に対してかなのかは分からないが殿下は盛大に眉間にしわを寄せきっぱりと言い切った。
「俺は、絶対に、外へは、出ない!!」
そう、我らがアクセレニア王国の王子殿下は、極度の人間不信のうえ引きこもりだった。
バッドステータスにも程があるよね。
2011/11/13 改稿