27話 修羅場
気づいたら金曜。
おそくなりました;;
ドカドカと大股で俺と遊利のテーブルに近づいたアリシアは、腕を組んで俺を睥睨する。
「…私の事ほったらかして女の子とお茶とは、いい御身分ね?」
WARNING!俺の脳が緊急地震速報を発令した。もし空気が許すなら机の下に避難したい。
昼間より明らかに怒っているアリシアに、俺は冷や汗を滲ませる。
「…アリシアさん。もしかして、怒ってらっしゃいます?」
「当り前よ」
彼女の怒りを鎮める方法を探るべく、とりあえず自明の事を聞いてみた。
こいつはどうやらマジギレすると表面上冷えるタイプのようだ。絶対零度のまなざしが俺の体を容赦なく貫いた。うう、これはうやむやにして煙に巻くのは厳しいだろう。誠意を持った対応が解決への最短ルートのようだ。
「…アリシアさん。本当、今朝の件に関しては心から反省してます。せっかく心配していただいたのに、茶化すようなマネをして、大変失礼「そのことじゃないわよ」
「…え。違うの?」
アリシアの眉がつりあがる。うわ、しまった。予想外の展開のあまりつい素が出てしまった。
「ホントにっ…わからないの…?」
「ごめん。俺何かしたか?」
顔を紅潮させ、唇をゆがめるアリシア。なんで怒らせたか分からない、これは怒らせた側としては最悪の状況だ。俺は必死に今日の振る舞いでの落ち度を探す。あれか?昼間に合った時に失言でもしたか?
「わたしとは出来ないのに、この女とはデートする訳!?」
しびれを切らしたらしいアリシアが目に微かに涙をためながら言い放った。周囲がシンと静かになる。…え。なに。デート?
「…えっと、デートって、俺とお前がか?」
「私とのデートは断っておいて、その女とはするんじゃないっ!」
「待て。今の発言には色々誤解がある。というか誤解しかない」
どうやら俺とアリシアの間には大きな認識の違いがあるらしい。
「まず、これはデートじゃない。遊利は友人、というか協力者だ」
「嘘」
「嘘じゃない。それに俺は女の子とのデートコースには間違ってもこんなところ選ばない」
ここを話し合いの場所に選んだのは、ここが俺にとってアルンで最も安全な場所だからだ。デートで女の子をこんな汗臭い場所に連れてくるやつなんている訳ないだろう。
「そして、俺がお前とのデートをいつ断ったんだ?」
「昼間、広場で」
「言われた覚えが全くないんだが」
「言ったもん」
「…。」
俯いて黙りこむアリシア。さて、どうしたものか。
「あのなアリシア。お前そんなこと言うと俺の事好きみたいだぞ」
少なくともこの場にいるギルメン達にはそう誤解されても仕方ないことは確かだ。俺はなぜそんなデートにこだわるのかという呆れ半分、彼女の名誉のための親切心半分でそう言ってやった。俺がいい終わるかいい終わらないかの瞬間バッと顔を挙げたアリシアは憤怒の表情で。
「だれっ…。誰が、あんたなんか」
「あの!ちょっと」
アリシアの絞り出すような声を遮ったのは、今まで沈黙していた遊利だった。派手な音を立てて椅子から立ち上がる。その場にいる野次馬も含めた全員の注目が彼女に集まる。
「えっと、私は、彼に助けていただいたんです。大きな男の人に裏路地に連れて行かれそうになったところを偶々目に留めていただいて」
「え…」
「おかげで助かりました。それがお二人のデートの邪魔になってしまったとしたらごめんなさい」
アリシアと俺に頭を下げる遊利。アリシアはポカンと彼女を見ている。
「もともとちょっとした知り合いだったので、助けてもらった後も親切にしていただいたのです。倫さん本当にありがとう」
「いや…」
いやいや遊利さん。こちらこそマジで本当に誠にありがとう。マジ天使。マジ女神。マジゼウス。
「わ、私の勘違いだったの…」
赤面して急に声が小さくなるアリシア。目に見えてうろたえてる。アリシアが視線を足もとで彷徨わせている隙に、遊利は俺に少し厳しめの目つきで―――目配せした。お、オーライ。分かったからそんなに睨まないでっ!
「ア、アリシア。良かったら今度の休暇デートしないか?」
「え、」
「いっつも修行で世話になってるし、ホラ。うまいもん食わしてやるよ。あー、もしアリシアが嫌じゃなかったら、で、良いんだが…」
「…考えとくわ」
「ああ。ぜひ前向きに検討願いたい」
「うん」
ようやく落ち着いたらしいアリシアが我に返ったように遊利に非礼を詫びたり、和解に拍手を起こしかけたギルメンに「見世物じゃないわよ!」と一喝するのを尻目に、俺もほっと息を吐いた。―――とりあえず、危機は脱した、か?
短いですが、キリもいいので。