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25話 ある雨の日に

 そもそも、俺と朝比奈に絡みらしい絡みは一切なかった。



 俺が朝比奈の名前を初めて知ったのは、高校に入って一番最初の中間テストの成績上位者が掲示板に張り出された時だった。彼女はその時だけでなくほとんど上位20名に名を連ねる秀才だった。

 俺はちなみにいつも平均以下です。成績優秀者とかかすりもしません。



 また、朝比奈は「可愛い女子」として仲間内で話題に上ることも多かった。白い肌にサラサラの黒髪、くりくりとした大きな目の彼女は間違いなく美人であったし、少し体が弱いということも男子ヤロー共にとってポイントが高いようだ。

 余談だが俺は朝比奈みたいなタイプより、元気で気が強い子の方が好みだ。バレー部の相内マリとか可愛いと思う。



 彼女に関してはその程度の認識だった俺だが、朝比奈の印象に残るエピソードが一つある。

 あれは一年の秋、冷たい雨が降った日だった。



 その日の部活はミーティングのみで、早々に解散したチームメイトたちを尻目に俺はボールと戯れていた。家帰っても特にすることもなかったし。勉強しろとか言う突っ込みは受け付けていません。

 満足いくまで遊んだ俺は、ボールとゴールを片付けて帰宅態勢に入った。持ち上げたかばんは空の弁当箱と筆記用具しか入っていないので激軽だ。素晴らしき文化かな、置き勉。



 一時間ほど前には多くの生徒を掃き出した出あろう生徒玄関は閑散としていた。幼児のない生徒はとっくに帰宅し、部活がある生徒は練習に精を出す時間帯だ。この時期、日は徐々に短くなって行く。まだ五時前なのに空は既に藍色に変化し始めていた。



「…はい。はい。お願いします」



 涼やかな声がどこからか聞こえてきた。それほど大きな声ではなかったが、いかんせん静かな空間ではそれなりに響く。



(…お、朝比奈遊利)



 声の主は朝比奈だったのだ。げた箱で彼女の姿を認めた俺だが、当然挨拶をするような間柄でもないため、何のアクションを起こすでもなく靴を履き替える。

 どこかと電話していたらしい彼女は、携帯をポケットにしまうとさっさと昇降口に出て行った。

 外はなかなかに強い雨が降っていた。朝比奈は雨の当たらない位置で立ち止まり、ぼうっと外を見ている。鍵付きの靴箱に入っている大量の置き勉を軽く整理した俺が昇降口に出ても、彼女は変わらずそこに立ちつくしていた。



―――もしかして、傘がないのか?



 そこで俺はさてどうするか、と考えた。雨脚は一向に弱まりそうもない。体が弱いらしい彼女の事だから、雨にぬれながら帰るなど論外だろう。



 さて、俺のかばんには一本の折り畳み傘が入っている。ここで傘を取り出し、立ちつくす彼女の傍らをてくてくと通り過ぎるのは簡単だが、紳士的な振る舞いとは言い難いだろう。

 彼女と一緒の傘に入って帰宅するのもやぶさかではないが、全く親しくない女子と相合傘はなかなかにハードルが高い。



 全くクサイことこの上ないが、彼女に傘を押しつけて走り去るのが一番無難だろう。幸い俺の家は近く、走れば5分はかからない。普通に考えれば相手は遠慮するだろうから、その隙を与えないことが肝要だ。

 頭の中で一連のシュミレートを終えた俺は、少しだけ勇気を出して彼女に声をかけようと息を吸い込んだその時、校門から一台の車が入ってきた。

 …見るからにタクシーである。

 朝比奈は昇降口まで来たタクシーに乗り込んで、すぐに俺の視界から消えた。



「…ブルジョワ~」



 黙ってタクシーを見送った俺は、思わず呟いた。なるほど、先ほどの電話はタクシーを呼んでいたのか。だがしかし、女子高生が傘忘れたからってタクシー呼ぶか?呼ばねーよな。

 …ってか、あっぶねー。もし俺が早まって、彼女に傘を押し貸しし、雨の中走り去って行ったとしよう。



 暫く走るととタクシーに乗った朝比奈が追い付いてきて、申し訳なさときまずさが入り混じった表情で、きっとこういうのだ。



「…折角ですけど、これ、お返しします」



 差し出された俺の傘。ずぶ濡れの俺。走り去る朝比奈(の乗ったタクシー)。

 うーーーわーーー俺超かわいそう。完全に濡れ損じゃねーか。



 最悪のパターンを運よく回避した俺は、神様に感謝しつつおとなしく着途に就いたのだった。




***




 朝比奈になんて声をかけるべきか俺が逡巡していると、足もとに転がっている男の一人が「うぅ…」とうめいて身じろぎした。



「うわ。やべ」

「このやろう…よくも…」

「走るぞ、朝比奈!」



 頭を抱えて起き上がろうとする男をかわして、俺は朝比奈の手をとって走り出した。

 うわ、手やわらけーとか下らないことは考えずに、割と全力疾走。角を曲がるときにちらりと振り返れば、立ち上がった男が酒瓶の入った木箱の山に突っ込むのが見えた。脳しんとうでうまく立てなかったみたいだ。ざまーみろ。



「…っと、ここまで、来れば、大丈夫、かな」



 貧民街を抜け、中心街の外れまでたどり着いた俺たちは、徐々にスピードを緩め、やがて立ちどまる。俺も流石に呼吸を乱していて、朝比奈に至ってはへなへなと座り込んでしまった。



「…はや…すぎ、です」

「わ、悪かった」



 あれ、さっき走ってたのを見る限りでは体力ありそうだったんだけどな。やっぱり病弱お嬢様キャラなのかね?

 …まあ、さっき地面に転がってた男二人は朝比奈がやったんだとしたら、かなり、イメージが崩れるけど。



 やや呼吸が落ち着いた様子の朝比奈に手を差し出すと、彼女はややためらったような表情を見せるも手を預けて立ち上がる。



「なんか飲むか?買ってくるけど」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」



 ぺこりと頭を下げる朝比奈。むう、やっぱり学校の時とは印象が違うな。前は儚げで、どこか遠くを見つめているぼんやりとした雰囲気だったが、目の前の少女は目に強い光が宿っている。

 不意に朝比奈がニコリと笑った。うわ、笑顔初めてみた。普通に可愛い。



「お互い聞きたいことはたくさんあると思うんです。どこか落ち着ける場所に行きませんか?」



 もっともな意見だ。俺も朝比奈に聞きたいことは山のようにある。頷いた俺は、彼女にこう提案した。



「それなら、うちの“ホーム”に来ないか?」


諸事情により更新が遅れてしましました。申し訳ないです。

年末年始は一週休むかもしれません。

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