24話 邂逅
俺は、先ほどの黒髪少女を追いかけ、街中を疾走していた。しかし鮮やかに人ごみを躱しながら走る少女に、俺はなかなか追いつけない。
途中、強面のおっさんに思い切りぶつかって、ぎろりと睨まれる。(速攻で謝って事なきを得たが)
どんどん人気のないほうに走っていく少女。一方俺は、障害がなくなっても一定の距離を保って彼女を追っていた。
追いかけている途中で多少冷静な思考を取り戻せたのだ。新米とはいえ冒険者である俺が結構飛ばしても追い付かない速度で走り続ける少女。相手も、ただの一般人でないことは明らかだった。
横道を抜け、少しひらけた通りに出ると、少女は立ち止った。ここらはアルンでも怪しげな商店や、人の目を見て言えないお仕事をしている人たちが住む、治安が良くない地区だ。
こぎれいな格好をした少女は明らかに異質で、ちらほらいる通行人の注目を集めていた。
俺は軽く物陰に隠れて少女の様子をうかがう。心臓が大きく脈打っているのは、街中を疾走したせいだけではないと思う。
この位置からでは彼女の後ろ姿しか見えないが、俺の中には一つの確信があった。
―――俺は、彼女を知っている。
少女はゆっくりと歩を進め、家と家の間の狭い路地に入っていった。その時に再びちらりと横顔が見える。
「…やっぱり、似てる」
思わず呟いた。ここが俺や彼女がもともといた世界とは別の世界である以上、そっくりさんの可能性の方が高いということは分かっているが、どうも雰囲気が一致しすぎているような気がした。
人気のない路地だと、尾行は難しくなるかもしれない。さて、本人に声をかけるべきだろうか――
俺がそうして二の足を踏んでいると、如何にも柄の悪そうな体格のいい男が二人、彼女が曲がって行った路地に近づいた。
二人は顔を見合わせてにやりと笑いあい、小走りで路地に入って行く。
「やっべ…」
俺も物陰から飛び出して、男の後を追った。前述したが、この辺りはあまり治安が良くない。弱い者に対する搾取は珍しいことではなかった。
ただでさえ力のあるものが多く住むアルンでは、たとえチンピラといえどもそれなりに強い。男二人相手では彼女に分が悪すぎる。
俺はここらの地理には詳しくないが、入り組み具合から言って少女が袋小路に入り込むのも時間の問題だろう。急いで角を曲がると、男たちの姿はもう見えなかった。奴らも走って少女を追いかけているようだ。
「くそっ…」
俺も速度を上げる。そして三つ目の角を曲がった途端―――
ドン!!!
大きな音があたりに響く。血の気が引いた。
***
魔族の気配を追っていた遊利は、細い路地に入りこんでいた。
弓月に落界者の捜索を任せ、遊利はあの歪みをあけた(かもしれない)人物の手掛かりを探していた。
特定できたのは、相手がダークエルフ、もしくはダークエルフを使役している人物、ということのみ。早沙子を襲撃した人物が語った「金色の目」という特徴や、体育倉庫の裏で感じた気配はダークエルフのそれに一致する。
それに近い微かな気配をたどってこの路地まで来たのだが。
「…猫」
行き止まりにいた金の目を持つ黒い猫は、ひとことにゃんと鳴いて小さな塀の隙間に消えていった。
ダークエルフの魔力(気配)、と一言に言っても個体によってそれは千差万別で、絶対的な指標にはなりえない。遊利が少しだけ魔力を持った猫をそれと勘違いしてしまっても、両者の気配が似ていたのだから仕方のないことであった。
ただでさえこの世界には魔力をもつものが多い。これは相手からのアプローチを誘ったほうが早いかもしれない―――そう考えた時。
背後でジャリ、と足音がして、遊利は振り向く。
狭い路地に、ガラの悪い男が二人いた。なんともむさくるしい。
「よぉ、坊主。ここらじゃ見ない顔だな?」
「この辺は危ないやつが多いから近寄るなって教わらなかったかぁ?」
ともすればゲへへ、と笑いそうな下卑た笑みを浮かべながら男たちがそう言う。下衆の権化のような表情だ。
「…カツアゲですか?」
「授業料だ。とりあえず金目のものは置いてってもらおうか」
めんどくさそうに言った遊利に、男はパキパキと拳を鳴らす。遊利への距離を詰めていく男たち。遊利の背後は行き止まりだった。
「嫌だと言ったら?」
「痛い目見ることになるぜ」
男たちと遊利は優に30センチ以上の身長差がある。上目づかいでそう聞いた遊利に男はどすの効いた声で答え、遊利の胸倉をつかみ上げた。
小さなため息とともにそうですか、と遊利が呟いた瞬間。男たちの体が宙に舞った。
「…弱」
ぼそりと遊利がそうつぶやく。地面にたたきつけられただけで失神してしまった男二人。そもそも受け身すらとっていなかった。
おそらく、この二人は迷宮の探索写ではなく、本当にただのチンピラだったのだろう。
遊利はのびた男をたち冷めた目で一瞥して、路地の先に視線をやった。
もう一人、肩で息をした少年が立っている。このチンピラの仲間かとも思ったが、それにしては体格も雰囲気も違いすぎる。少年は呼吸を整えながらまっすぐに遊利を見ていた。
黒い髪に、黒い瞳。自分と同じ特徴だ。この都市にもいないことはないが、どちらかというと珍しい部類に入る色の組み合わせ。
このひと、どこかで――――
遊利がスッと目を細めた時、少年が口を開いた。
「…朝比奈?」
その声を聞いた途端、遊利の中で記憶が一気によみがえった。
学校で幾度かすれ違った。去年の球技大会で、他を圧倒する技量を見せつけ、一年生ながらクラスを優勝に導いたバスケット部員。
そして、カラオケでの、マリの台詞。
『ああ!聞いたことあるよ。そうそう、うちらの学年にすっごいうまい子がいるんだってね!』
『えっとね、名前も変わってて、あだ名も面白いのがついてたはず。確か―――』
「…あ」
全てを思い出した遊利は目を見開き、少年を、指差した。
「ふわりん!!!」
「…そのあだ名で呼ぶな」
そう呼ばれた少年、ふわりんこと不破倫太朗は思いっきり顔をしかめた。
ようやく出会いました。
そしてこの章の主人公の名前が…!ダサいとか言わないであげてください
10000PV達成しました!ありがとうございます!これからもがんばりますので、よろしくお願いします。