23話 正しい休日の過ごし方・2
商店から1・2本外れた通りに、<レスタール武器商会>はあった。
ここは、俺の所属する冒険者ギルド《銀の一閃》のマスターの顔馴染みが経営する店で、最初に来た時はその少し寂れた店構えにがっかりしたものだが、自分で使うようになって分かった。武器や防具の値段と性能、そう言った意味でのコスパではアルンでもトップクラスの店だと思う。
「よーぉ、坊主」
「こんちわす。お元気でした?」
「そりゃこっちの台詞だ。俺は命懸けるような商売はしてね―からな」
そういってカラカラと笑うレスタールさんは、この世界で俺に最初に武器(戦う術)を売ってくれた人だ。
セール品のなまくらの中からいわくつきの妖刀を見つけたり、素質を店主に認められてその店に代々伝わる宝刀を授けられたりなんて言うドラマは一切なく、普通にレスタールさんのお勧めを買った。あ、でもマスターのコネで少し安くしてもらった。あざーす。
そこで買ったのが今も腰に差している双剣《村正》《村雨》(命名・俺)だ。ここにおいてある剣はレスタールさんの知り合いの鍛冶屋の作品が多く、気まぐれな彼は自分の武器に銘を与えたり与えなかったりするらしい。これは後者のパターンだったので、俺が頑張って考えて名前を付けた。
…正直、反省はしている。でも、エクスカリバーとかつけるのは自重したんだぜ?
「どうだ、双剣の調子は」
「ん、問題ないよ。最近はだいぶ斬り方も覚えてきたから、損傷も少ないし」
「おまえ最初ひどかったもんな…。正直、一時期お前に剣を売ったことを後悔したことがあった」
「…最初は誰だって初心者なんだよ」
剣もむちゃくちゃに振りまわすだけじゃ当たらないし、何より剣にかかる負担が重くなる。
俺も修行初めたての頃はモンスターを倒すたびに刃をぼろぼろにして、レスタールさんにはガチで怒られてたな。
ぐるりと店内を見回る。この店には剣、槍、弓、銃、ナックル、斧、ハンマー、フレイルなど、古今東西のあらゆる武器が揃っている。この辺は鍛冶屋の作品じゃなく輸入ものだな。おお、トンファーまである。
ここの物は結構良い値段するものが多いが、レスタールさんは客も選ぶ。チンピラみたいな冒険者や、武器の扱いが悪そうなやつらには絶対に売らない。
たまにゴネるやつもいるらしいが、そう言うやつは店から叩き出すらしい。レスタールさんも一応元冒険者だ。今は現役を退いているものの、当時は相当“鳴らした”らしい。本人談。
「今日は何か探しに来たのか?」
「いや、見に来ただけ」
「なんだ冷やかしか。けえれ」
「ひっどいな」
こんな気軽なやり取りができるくらいには俺は常連だ。特に何か買う予定はなかったのだけど、結局剣の手入れに使う道具をいくつか買った。
「修行は順調みて―だが、探索の方はどうなんだ?」
「んー、こないだようやく10階層にたどり着いたよ」
「2か月で10階層か。なかなかのペースじゃねーか」
「でも、アリシアとアーネストの力があっての成果だからね。まだまだだよ」
俺が普段パーティーを組んでいるのは、<騎士>アリシアと<魔導師>アーネストだ。二人とも、《銀の一閃》のギルメン、即ちギルドメンバーである。
俺はアリシアに剣術を、アーネストに魔法を教えてもらっている。やや数が少ない、二刀流の<魔導剣士>だ。アリシアにはよく“バ火力職”と揶揄される。ふん、上等だ。
「魔力のコントロールがうまくいかなくってね。なかなか火力が出ないんだ」
「俺も魔法に関してはからっきしだから何とも言えねえが…。そういやクレイドルがいい魔法具を入荷
したって言ってたぞ。なんでも、魔力を制御しやすくなるんだと」
「マジでっ!」
アリシアはきっと、アイテムの効果を使って魔力のコントロール力を上げることに渋面を作るだろうが、アーネストはきっと、興味なさそうにこういうだろう。
―――いーんじゃねーの?
飄々として何を考えているのか分からない所があるアーネストだが、使えるものは使う、と意外としたたかだ。アルンで生きていくうえでは、この上ない適性と言えるだろう。
俺に魔法を教えるのにそれほど乗り気じゃないのを隠そうとしないアーネストだが、ヤツの的確な意見・アドバイスで俺も魔法の扱いには慣れてきた。やる気はないが非常にいい先生だ。
レスタールさんにお礼を言って、今度は魔法屋に向かう。目的地は、クレイドル魔法用品店。
目的の店に着くと、魔法屋独特のにおいが鼻腔をつく。魔法薬やポーションの香り。病院で感じるのとは違った種類の薬臭さだ。
「クレイドルさん、こんちわ」
「あら、リンじゃない。いらっしゃい」
クレイドルさんは、見た目アラフォーくらいのおばさんだ。なんでも、腕のいい錬金術師なんだとか。
でも彼女の噂は、錬金術師としてのそれではなく、商売の腕のものを聞くことが多い。
「何か探しに来たの?」
「ああ、なんかレスタールさんに聞いたんだけど、魔力のコントロールがしやすくなる魔法具が入ったって」
「そうそう!そうなのよ!この指輪」
クレイドルさんが新商品の棚の隅から取ったのは、シルバーリングだった。俺はそれをクレイドルさんの許可をとってから指にはめる。とたんに、体中の魔力がその存在感を声高に主張し始めた。ぶわ、と全身が総毛立つ。
「うわ…」
「最初は気持ち悪いわよね。すぐ慣れるわ」
目を閉じて、ぐっと我慢する。深呼吸で気持ちを落ち着けて、両手を広げた。
右手。人差し指、中指、薬指、小指。その順に指先に魔法で火をともした。火の色は赤、青、黄、緑の順。よし、順調。
今度は左手だ。人差し指、中、ゆ、び…。くそう、点かない。やっと中指に付けることが出来ても、人差し指の火が消えてしまったり、右手の火の色が変わってしまったりする。
「…うまくいかないな」
「あまり変わらないかしら?」
「そうだね。俺はあんまり変化を感じないな」
残念ながら、俺はコントロールの上昇をそこまで感じられなかった。クレイドルさんがゴメンね、と謝る。魔法具の効果にはものすごく個人差があるから、クレイドルさんが謝る理由はまったくないのだけど。
指輪を返して、今度は適当に店の中を見て回った。店では魔法強化付きのアクセサリーが人気商品らしい。
ここに置いてある武器・防具は、すべて魔法付与されたものだ。だから相当値段も張る。俺もホイホイとた買いもの出来ない。
その中で、目立つピアスがあった。値段的な意味で。
そのお値段、300ペシル。1円=1ペシルくらいだと考えていただけると分かると思うが、この店には相当似つかわしくないお値段だ。
「クレイドルさん、このピアスは?」
「ああ、それね。こないだ南の商人から商品を仕入れた時に一緒に買ったのよ。その商人には良くして
もらったし、処分したそうだったからね。何でも“運命の人に出会える”ピアスなんですって。すこーしだけ何かの加護はかかってるみたいだけど、まあ、効果は期待しない方がいいわよ。呪いの類はかかってないから、とりあえず店においてみたってわけ」
それでこのお値段なのか。要するにがらくたですね、分かります。
ピアスは、金色(金メッキ?)で飾りに琥珀色の石がはめ込まれている。窓から光に透かすときらりと蜂蜜のような光がこぼれた。
「クレイドルさん、俺、これ買うわ」
「…いいの?効果なくっても返品はきかないわよ?」
「大丈夫。なんか気にいった」
俺はピアス穴は開けているが、今は何のピアスも付けていない。ちょうどいいし、300ペシルなら損した気分にもなれんだろう。
俺も一応冒険者のはしくれだ。まだ駆け出しとはいえ、300ペシル位はポンと出せるぜ。どやっ。
俺は購入したピアスを早速身につけ、他の客が来るまでクレイドルさんと世間話をした。
中央広場。アルンでも最も人が集まる場所のひとつ。
太陽も既に最高高度を越えて暫く経った頃、これは広場の一角に腰かけ、近くの屋台で買ったタコス的な巻き物を食べていた。スパイシーな味わい。
ぼんやりと人を眺めていると、ふと、こちらを見る視線に気がついた。あの、金色頭は―――
「アリシアーーーーーー!!!!!!!!俺だーーーーーーー!!!!!!!」
「…ちょっ」
目があった途端に踵を返して逃げ出そうとするアリシアに、俺は大声で名前を呼んだ。道行く人、というか広場にいるほとんどの人ががぎょっとして俺に視線を向ける。
逃亡を続けようとするアリシアだが、一向に叫ぶのをやめない俺。5・6歩踏み出してから体の向きを180度変え、俺に突進してくるアリシア。ありゃ、怒ってる。
「ちょっとリン!!!人の名前大声で叫ぶのやめなさい!!!恥ずかしいでしょ!!!」
「だってお前が逃げるから」
「私が悪いみたいに言わないで頂戴!!」
言い争う俺たちを尻目に、なんだ痴話ゲンカか、と周りが俺らへの興味をなくした。痴話ゲンカじゃねーっての。わざわざ訂正はしないけど。
「逃げられたら謝れないじゃん」
「…」
「朝は、ごめんな?あんなに怒るとは思わなかったんだ」
「朝っていうか昼よ」
目線を逸らして、憮然としてどうでもいいことに突っ込むアリシア。よし、もうひと押しだ!
「ほんっと。もうしねーから。アリシアに避けられっと、俺もへこむ」
俺がアリシアをからかって怒らせることは割と良くあることだが、アリシアは細かいことをいちいち根に持つタイプではない。そういうところ、とても素敵だと思イマス。
「…わかったわよ。私ももう怒ってないから」
はあと息をついて、俺の隣に腰掛けるアリシア。先ほど買った2本のタコスもどきのうち、一本を彼女に差し出す。慰謝料としてもらっておくわ、と澄まして受け取るアリシア。
「…おいしい」
「だろ?俺も今日初めて買ったんだけど、ハマりそう」
二人でタコスもどきにかぶり付く。数分でたいらげた俺が横目でアリシアを見ると、ちまちま手や包み紙を汚さないように食べていた。時間かかりそうだな。
ああ、そういや高校のクラスメイトとラーメンを食べに行った時に、麺をいちいち蓮華に乗せてそっと口に運んでる女子がいた。時間掛けやがった挙句、「麺がのびちゃった」とか言って残してたな。あの子とはもう二度とラーメン食べたくない。
ぼんやりと広場を眺める。屋台や露店が立ち並ぶ中央広場は、いつもたくさんの人でにぎわっている。冒険者なんて職業を生業にしている人たちが多いこの町では、やはりもめごとが多い。ギルド同士の派閥争い、つまらないイチャモンからの喧嘩、正々堂々決闘を挑む者もいて、争いの火種は枚挙に暇がない。
収集がつかなくなると自警団が出張ることになるが、基本的には当人同士か、または周囲の冒険者で何とかするのだ。いざとなれば周りの人で喧嘩両成敗。この風潮故、この町では自分の身が守れないような弱者は生きにくいのだ。
「ねえ、リン。今日は今まで何してたの?」
ぼんやりと広場を眺める俺に、アリシアが話しかける。俺は前を向いたまま答えた。
「武器屋とか魔法屋とか。買い物してた」
「ふうん。これから行くとこあるの?」
不意に、ふらりと視界に一人、黒髪の少年―――いや、少女か?―――が入った。特に武装をしている訳でもなく、シャツにサスペンダー付きのハーフパンツ、編み上げブーツと一般的な町人(服は男物だが)の格好をした少女。この都市にも黒髪はいないことはないが、絶対数でいうと少ないことは確かだ。黒髪同士で親近感を覚え、俺の目は自然と彼女を追った。
「いや、特にない。考え中」
少女は、周りをきょろきょろと見回した後、小走りで広場を抜けていく。その少女の横顔を俺が捉えた途端、俺は、強い既視感に襲われた。
あの子は、確か―――
「…。あの、よかったら私と――」
アリシアの言葉を聞いている余裕などなかった。俺は思わず立ち上がる。
「リン?」
動悸が鳴る。アリシアが不審げな表情で俺を見上げているが、構ってはいられない。
追いかけなくては。これが、その時の俺の絶対最優先事項だった。
「アリシア、悪い。急用思い出したわ」
「え?ちょっと、どうしたの。リンーーー」
「わり!行くわ!」
全速力で駆けだす俺。人ごみをかわし、少女の後を追う。
「…もう!なんなのよ!!」
アリシアの声が聞こえた気がした。
振る舞いが相当フリーダムなリン少年
ボーイミーツガールはお次の話です。