22話 正しい休日の過ごし方
ドンドンと、乱暴に部屋の扉が叩かれ、俺はまどろみの沼から引き揚げられた。
それでも来訪者への対応が面倒で、聞こえなかったふりをして寝がえりを打つ。往生際が悪いとか言うな。
「リン!ちょっとリン!」
「…うるせーな。開いてるよ」
声で来訪者を特定した俺は、無視した場合の後々のめんどくささと今起き上がるめんどくささを天秤にかけ、結局後者をとった。「ちょっとリン」ってチャップリンと似てるよね。どうでもいいか。
ずかずかと部屋に入って来て、仁王立ちでベットに腰かけた俺を見下ろす少女。蜂蜜色のロングヘアをポニーテールに結って、やや釣り目でハシバミ色の瞳が印象的な少女だ。名をアリシアという。
なかなかの美人さんだが、貧乳。これはガチ。
「リン、あんたまさか寝る時鍵かけてないわけ?」
「たまたま忘れたんだよ…」
俺の適当な返事にむっとしたような表情をするアリシア。すいませんね、平和ボケした日本人で。
「まったく、いくら休日だからっていつまで寝てるの。もう昼前よ」
「昨日キツかったから疲れてんだよ…って痛ってぇ…」
厳しい表情をするアリシアを前に伸びをすると、右わき腹が悲鳴を上げた。
「え、ちょっと、大丈夫?」
「…っつ…昨日お前にどつかれたところが…」
「っご、ごめんね!えっと、何か冷やすもの…薬の方がいいかな!?」
「悪い…ちょっと近くきてくれるか?」
「え!な、何?」
わき腹を抑えてうつむいたまま、アリシアを呼ぶ。アリシアは俺の前にしゃがみこみ、ベッド縁に座る俺を見上げる形になった。
俺は彼女と目を合わせて―――言った。
「う・そ」
「…」
アリシアはゆらりと立ちあがると、俺の顔を両手で持ち上げ――――
――――ゴッ!!!!!
「っっってえ!!?」
頭突きをかました。鈍い音が部屋に響き渡る。視界に火花が散った。CRITICAL!という文字が躍る。
「リンのバカ!!最っ低!!!」
ぷんぷん怒って少女は乱暴に部屋を出て行った。ドア閉めてけドア。
「う――――いてててて」
割とリアルに痛むわき腹とデコを抑えながらベッドで悶える俺。
わき腹には昨日の修行でアリシアと撃ち合いをした時に、柄で突かれた時にできたあざがある。
人体の極限に挑戦したような色になっていて、人体ってこんな青黒くなるのか、と我が体ながらドン引きした。
打ち合いで傷や痣ができるのはいつもの事なのだが、昨日のはちと強烈で、アリシアも気に病んでいた。気にすんなって言っても気にするからなー、アイツ。
「そーいえば、アイツ、何しに来たんだ?」
涙目になりつつもだいぶ痛みが引いた俺は、はて、と首を傾げた後、寝間着から普段着に着替え、階下へと向かった。
「よーお少年。また嬢さんと痴話ゲンカか?」
一階の食堂に行くと、30そこそこの男性が客席で酒を呑んでいた。ニヤニヤすんな、気色悪い。
「おっさん…昼間っから何呑んでんの…」
「昨日の夜はマリアが放してくれなくってよう。呑めなかったから、今呑んでる」
半目になりながら俺はおっさんを見る。
俺から見ればやる気も締まりもないけだるそうな顔は、「色気がある」と女性からは人気があるそうだ。納得いかねえ。
俺の宿である<三日月食堂>は、昼は食堂、夜は酒場、二階部分は宿になっている。俺とおっさんは下宿扱いだ。
宿通りからやや外れた位置にある<三日月食堂>には宿泊客はめったに来なく、ここしばらくは俺とおっさんの二人しかいない。
昨夜はおっさんが帰った気配はなかったから、大方、娼館に行ったか、たくさんいる彼女のところに泊まったのだろう。
女に背後から刺されてしまえ!という呪いを込めた視線で睨んでやった。
これでこのおっさんは腕の立つ冒険者で、この界隈では有名なのだ。アル中でニコ中で女癖最悪と言うゴミのようなステータス持ちなのにね。
「お前な~。嬢さんはあのポテンシャルの高さだぜ?数年後にはエラい美人になってるだろーなぁ。今のうちに捕まえておかねーとそのうち寝盗られんぞ」
「俺とアリシアはそういう関係じゃねーって!そしてあいつは顔はともかく、胸は多分成長の見込みないぞ」
「そこは俺が育ててやる!って言うところだろーが」
「…もう黙っとけよおっさん…」
肩を落とした俺にワハハ悩め青少年!と酒を呷るおっさん。
するとカウンターの奥からおかみさんが飛んできて、またあんたはお酒持ち込んで!とおっさんを一喝した。酒を取り上げられたおっさんの表情が青ざめる。
ウチに泊まる以上は健康な体でいてもらいますからね!と豪語するおかみさんは、おっさんが飲みすぎると酒に制限をかける。恐らく朝帰りの件も含めてこってり説教されることだろう。ざまあ。
般若モードに入ったおかみさんに軽く挨拶をして、店の外に出る。
空は快晴。今日という休日をリフレッシュに使うには絶好の天気だ。
俺は一つ深呼吸をして、にぎわう街の中心に向かって歩き出した。
迷宮都市アルン。ここが、俺の住む街だった。
***
迷宮。それはある人にとっては恐怖の対象で、ある人にとっては一獲千金の夢とロマンが詰まった宝箱だ。
ここ迷宮都市アルンには“自由都市”という別名もある。地理的にはアセライ王国の北西部に位置するのだが、王国の支配を受け付けない唯一の自治都市である。ここには種族・血筋の貴賎や国家権力からの圧力は存在しない。あらゆる意味において『強いこと』。これが、アルンで生きていくための最低条件だ。
中央広場に続くに大通り出た俺は、遅めの朝食を取るべくして馴染みの軽食屋へ入った。ドアを開けると、涼しげなベルの音が鳴る。
「あら、リン。いらっしゃい」
「おはよう、フィーナ」
「おはようって、もう昼前よ?」
クスクスと笑いながら俺を出迎えたフィーナは、20代前半くらいで気立てのいいお姉さんだ。美人というより、愛嬌のある顔立ち。わりと俺好み。
はす向かいの雑貨屋の息子のガイルがフィーナに懸想しているのはこの界隈じゃ知れた話である。
今日は天気がいいので、俺はオープンスペースに案内してもらう。適度な太陽の日射が気持ちいい。光合成なう。
「いつもの」とだいたいの人が一生に一度やってみたいと思うであろうオーダーをした俺は、(自分に酔ってるわけじゃないぞ、断じて)大通りをゆく人々を眺める。
屈強な肉体を持った戦士風の男。細身の剣を腰にさした女。耳が尖ったエルフ娘。大きなバスケットを持って走るお使い犬耳少年。
「ファンタジーだよなー…」
誰に言うでもなくぼそりと呟く。幼いころ興じたテレビゲームを思い出した。俺はテレビゲームなんかは割と好きだが、最近は部活も忙しくてご無沙汰だったからな。あ、そーいえばオリオンヴァルキリ―2が最終章で止まってたんだった。よし、帰ったらやることが増えたな。
「お待たせしました」
ぼんやりと本日の予定に思いを馳せていた俺の前に、サンドイッチと紅茶が置かれる。
「今日は修行も探索もお休みなの?」
「ああ。たまには体休めろってさ」
「リン、ずっと頑張り通しだったものね。私ちょっと心配だったのよ?」
「まあ、最初はきつかったけど。なんか慣れた」
あら、と笑うフィーナ。開店直後だったためか俺のほかに客はいなく、フィーナは雑談の態勢に入った。
「アリシアがあなたを褒めてたわよ。とんでもない成長スピードだって」
「うわ。それ直接言って欲しいんだけど。アリシアに褒められたことなんか一回もねーぞ」
「そうかしら?リンが鈍いだけなんじゃないの?」
「…?それどういう意味?」
「…これは大変そうね、アリシア」
「え?」
やれやれ、と首を振るフィーナ。こういうお約束な展開中に申し訳ないが、言っておくと俺は恋愛関係において鈍い訳では断じてない。彼女だっていたことあるし(今はいないけど)、それなりに女の子から告白されたりなんかもする。バスケ部補正超うめえ。
そして、この流れの中でのテンプレは主人公が鈍すぎてヒロインからの好意に気付いてないパターンだが、あのアリシアが俺を好きなんてことはまずない。友人として好かれていないのだとしたらそれはかなりへこむが、俺の気を引くような言動は一切ないし、何より、恋する乙女特有のあの熱の籠った視線で見つめられたことなんかただの一回もない。これガチな。
「で、今日は何して過ごすの?」
「んー。武器屋とか魔具屋とか回るかな」
「えー。結局探索関係のことするんじゃない」
「ってか、もはや趣味だし。ライフワーク的な?」
命を懸けて迷宮に挑む冒険者たちからすれば、聞き様によってはものすごく不謹慎な俺の発言だが、本心なのだから仕方ない。
俺の目的は迷宮の踏破や財宝の入手にあらず。人それぞれってやつだ。
話しながらパクパクとサンドイッチをたいらげ、お茶を飲み干した俺は、ごっそさん、と言ってフィーナに代金を支払う。ここでゴールドカードで支払えれば超スマートなんだけど、残念ながら、というかご想像の通りこの世界にクレジットカードなんかは存在しない。てか逆にあったらロマンが壊れるよな。
ありがとうございましたー、と笑うフィーナにひらひらと手を振ると、入れ替わりのタイミングで他の客が店に入るのが見えた。あれで結構な人気店なのだ。
さてと、とひとりごちた俺は、馴染みの武器屋へと向かうべく大通りを外れる小路に足を向けるのだった。
2章は、みんな大好き迷宮編です。
ボーイミーツガール的なあれは、もうちょっとお待ちくださいませ。