20話 黒い鳥と凶兆
歌を歌い、時には雑談をしながら楽しい時間は過ぎて行った。
時折回されるマイクに困惑しながらも知っている歌を歌っているうちに、最初に5人に感じた壁はだいぶ気にならなくなっていた。
遊利は生来どちらかと言えば人見知りな性格である。魔法師モードの時が異様に大胆なだけで、そのギャップは弓月をして「いつまでたっても慣れない」と言わしめる。
だからこの打ち解けようは、彼女にしてみればものすごく珍しいことなのだ。
「朝比奈さんて、休みの日とか何やってんの?」
遊利の隣に座っていた古河祐介が遊利に声をかけた。カラオケの中ということもあり、話し声は自然と大きくなる。
「ええっと…。本読んだり、ネットしたりしてます」
「ああ、インドア派なんだ。部活とかやってないの?」
「いえ、帰宅部です。私部活動やったことないんです」
「そうなんだ?僕はむしろ部活しかやってないんだけどね。あ、ちなみになにやってるか分かる?」
遊利は祐介を見た。制服の上だから分からないが、それなりに筋肉はついてるんじゃないだろうか。野球部にしては髪が長いし、そもそもそんなに日焼けしていない。
「…剣道とか?」
「ぶー。正解はバスケ」
「ああ。言われてみればそれっぽい感じもします」
遊利の適当な感想に、祐介は声をあげて笑った。
「バスケとか興味ない?」
「えっと。『左手は添えるだけ』?」
「そうそう!!あのマンガはアツいよな~」
歌本をパラパラとめくりながら祐介が言った。
「そだ。今度清南と明奏館で練習試合あんだよね。もしよかったら見においでよ」
サラッと祐介がそう言った途端、
「あ!またゆんゆんが!」
里美による横やりが入った。
「へーん。残念だねゆんゆん!朝比奈ちゃんはね、練習試合見に行ったとしても明奏館を応援するんだからね!ゆんゆんがミスったら全力でヤジるから!」
「おま、観戦のマナーってもんがあるだろ…」
坂本青年も横から突っ込みを入れる。
「でも実際、清南と明奏館じゃあまり勝負にならないんじゃない?清南は都大会常連でしょ?」
マリが首をかしげると、祐介は苦笑いした。
「それが、今年は分かんないんだよな。去年から明奏館にすげえ新入生が入ったって噂なんだ。去年は流石にそいつ一年だからスタメンじゃなかったけど、今年からはガンガン使ってくると思うし」
「ああ!聞いたことあるよ。そうそう、うちらの学年にすっごいうまい子がいるんだってね!」
そこまで有名なら、遊利の耳にも入っていてもおかしくはないのだが、思い当たらない遊利は首をかしげる。
「えっとね、名前も変わってて、あだ名も面白いのがついてたはず。確か―――」
マリがそう言って記憶を呼び起こそうとした時、軽快なメロディが部屋に響いた。マリがガッツポーズをとってマイクを握る。
「きたきた!私のターン!」
「うわでた。マリの十八番」
「者どもー、タンバリンの準備はいいかーー」
マリの歌を盛り上げる態勢に入った周りに倣い、遊利も手近なマラカスを手に取った。
***
「あー、歌った歌った!」
うーんと伸びをしたマリと美里に、男性陣はげんなりした顔をする。
「お前ら、あれから全然マイク放さねーんだもんな」
「朝比奈さんとかあんまり歌ってなかったじゃねーか」
「いえ!私はすごく楽しかったです」
あわてて言う遊利に、男性陣はそっか、良かったと笑った。遊利もつられて笑う。
遊利自身正直こんなに楽しめるとは思ってなかったので、5人にはとても感謝していた。
「どうする?もう解散?」
「ん~、せっかくだから軽くなんか食べていかね?」
「あ、賛成!マックでも行こうか!」
「朝比奈ちゃんも行くよね?」
里美にそういわれ、返事を返そうと思った遊利だったが、ふと、あることに思い当った。
「…あ」
「?どしたの?」
「学校に忘れ物しました」
「何忘れたの?」
「電子辞書…」
「…ああ。それは取りに行った方がいいかもね」
明奏館学園は、悲しいことに、盗難の可能性もゼロではない。実際、年に1・2回は財布が盗られた、ゲーム機が盗られた等の騒ぎもある。電子辞書もそういう意味では、十分に危険のあるものだった。
そうでなくとも、月曜までの課題に使うのでどちらにせよないと困るのだ。
「すいません、私は学校に戻りますね。今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
5人に一礼すると、5人は顔を見合わせて笑う。そんなにかしこまらなくても、と。
「忘れ物、ついていこうか?」
「いえ、一人で大丈夫です。ありがとうございます」
マリの申し出を断って、遊利は5人にほほ笑んだ。
「朝比奈ちゃん、また遊ぼうね!」
「こんど中間のヤマ教えてね~」
「マリ、お前は…」
「朝比奈さん、今度メールするね~」
「え、ゆんゆん、いつの間に朝比奈さんとアド交換したの!?」
そんな5人の会話を聞きながら、遊利は学校への道を駆けだした。
***
夕刻を過ぎた校舎は閑散としていた。部活動が行われているためグラウンドや体育館はそれなりに騒がしいが、この時間にも教室に残る人はそう多くはない。6組の教室には誰もいなく、オレンジ色の西日が教室を染めていた。
「あった」
自分の机の中にある電子辞書を見つけてほっとする。同じ学校の中に盗みを働く人間がいるとは、やはり思いたくないものだ。
窓は閉まっているが、野球部の声だしが聞こえる。ああ、リアルに「ばっちこーい」とか言うんだな、と妙な感動を覚えた。その時。
不意に、首の裏がチリ、と焼けるような感覚がした。
―――?
あたりを見回しても、もちろん誰もいないし、怪しげな気配も感じない。
遊利が首をかしげた時。窓の外を、黒い鳥が横切った。
カラスじゃない。もっと小さな―――
「…っ」
その正体が分かった途端、遊利は教室を飛び出した。
あの黒い鳥。あれは魔素が固体化したものだ。その形状は鳥に限らず、蝶などの虫や小動物の形状も確認されている。
それらに共通していることは、魔素が濃いところで発生するということ。つまり、この世界ではありえない現象なのだ。
確か、あれは部室棟の裏の方へ向って行ったはず―――
息を切らしながら校舎を駆ける。
嫌な予感しかしない。早沙子の時の、《宝珠》の魔銃を思い出して、背筋がぞっとした。
勢いよく正面玄関を飛び出し、部室棟の裏側にある第二グラウンドを目指して走る。
途中、運動部のマネージャーであろう、重そうなクーラーボックスを持った女子が全力疾走の遊利を見て不思議そうな顔をしたが、今は手伝っている暇などない。
部室棟の裏側につくと、一気に魔素の気配が強くなった。何故今まで気づかなかったのか、と自分の迂闊さを呪う遊利。しかし実際、部室棟の裏側なんてそうそう来るところではないゆえに、気付かないのも無理はなかった。
尤も、この世界においても日常的に魔素の気配を探知する癖を付けておけば、また違ったかもしれないが。
気配をたどって、警戒しながら敷地の端へと向かう。いつ攻撃されても反撃できるように、魔法要素を体に巡らせる。
部室棟からやや外れたところにポツンと建っている倉庫があり、その裏側に、事態の原因はあった。
「…嘘」
それを見た途端、遊利は思わず呟いた。
そこにあったのは、世界を切り取ったように黒い球体。
《歪み》――――それに他ならなかった。
2部はまだ導入部です。日常パートを挟んだら長引いてしまいました…。
会話文たくさんあると書くのが楽しいですね。
1部でやった転生ネタに関して、短編を書きました。
この作品とは全く関係ないですが、もしよかったら覗いてやってくださいませ。