19話 金曜日の放課後に
18話の後書きにも書きましたが、プロローグ・第一章の改稿を行いました。
具体的には行間の調節、サブタイトルの変更、細かな表現の変更、話数の削減です。内容は全く変わっておりません。
あと、話数を削減した関係で投稿日が本来のものと異なっていることと、前書きや後書きを変更・削除した部分がございます。
混乱させてしまったら申し訳ないです。
金曜日。フライデー。
明日から2連休ということもあってか、登校する生徒たちの足取りは心なしか軽い。
迫りくる中間試験の足音は聞こえないふりをして、授業中も陽気が眠気を誘う季節。衣替え直前の、5月半ば。
朝比奈遊利は、久方ぶりの通学路を歩いているところだった。
遊利が通う都立明奏館学園は、文武両道を教育目標に掲げているものの、偏差値はそこそこ、部活動もそこそこというなんちゃって進学校だ。超難関大学を目指すには物足りないであろう環境だが、自由な校風が人気の高校であった。
朝から校門前でビラ配りをしている大手塾の(おそらく)アルバイトに内心でねぎらいの言葉をかけながら、華麗にスルーした遊利は校舎に足を踏み入れた。
3階にある2年6組の教室に入ると、それほど早いわけでもないのに人はまばらだった。尤も、HR10分前に来る人が多いこのクラスでは、それほど珍しいことでもないが。
「あ、朝比奈さん、おはよ」
「おはようございます、相内さん」
遊利の前の席である相内マリが声をかけた。彼女は今日のようにバレー部の朝練がない日でも癖になっているのだ、と言って誰よりも早く学校に来る。
「風邪はもうなおったの?」
「ええ、お陰さまで」
渡界のためにちょくちょく学校を仮病で休む遊利は、すっかり病弱キャラが定着してしまっていた。 体育でなんとなく本気を出しづらくなってしまったことを本人は苦々しく思っている。
遊利の返答に、マリはにっこりと笑う。
「そっか、良かった。でも今風邪流行ってるから、油断しないでね」
「え、そうなんですか?」
「うんうん。しかも結構タチ悪いやつみたいでねー、一回罹るとなかなか治らないらしいよ?うちのクラスでも3人くらい暫く学校に来てないさー」
「ははあ…。気をつけます」
朝比奈さんがいないと寂しいからねっ!と笑顔で言うマリにつられて、遊利も笑う。
女子と言う生き物はどのコミュニティにおいてもグループを作る習性がある。そのグループ同士が別に不仲と言う訳ではなくとも、つねに一緒に行動するメンツと言うのは決められているものだ。遊利はそのどこにも属していなく、必要があればどこかに入るタイプだった。クラスに必ず一人や二人はいる、特に珍しくもないタイプ。
対してマリは、どのグループにいても違和感がない、どこともうまくやっていける奇特なタイプだった。遊利は、内心そんなマリを尊敬している。
「朝比奈さん、どうせなら今日も休めば良かったのにねぇ。2限の数Ⅱ小テストだよ」
「まじですか。あの先生小テスト多いですねぇ」
「うんうん。授業するのがめんどくさいから小テストで時間つぶそうって魂胆なんだよーーー」
ぶう、と唇を尖らせるマリに、遊利は苦笑する。マリは、定期テストで点が取れないので、小テストで稼がなくてはならないらしい。
「と、いうわけで!この問いの答え教えてください朝比奈先生!」
「私昨日まで休んでたんですけど!?」
席の埋まり始めた教室を見渡すと、なるほど、いつもはこの時間には来ている人が見当たらないし、マスクをしている生徒も目立つ。なかなか本格的に風邪が流行っているようだ。
結局遊利が示した解を懸命にノートに写しているマリを横目に、遊利は暫くぶりの日常に目を細めた。
どちらかと言えば副業と言える高校生活だったが、遊利はこの時間が嫌いではなかった。
***
本日の終業を告げる鐘が鳴り響いた。
蜻蛉日記について熱く語っていた壮年古典教師の話はまだ終わってなかったが、終業のチャイムは、時間切れと共に生徒の集中力も切らしてしまう。バサバサ音を立ててと教科書やノートを片付け始める生徒たちに、苦い顔をしながら教師は授業の終わりをつげた。
遊利もそれに倣いながら小さく欠伸をする。夏至を約一カ月後に控えているだけあって、終業時間である15時になっても日はまだ高く、一日はこれから!という気分にさせる。
今日は掃除当番も当たっていないし、弓月も今日は外出の予定がないと言っていたから、夕飯の心配はしなくていいだろう。帰りのHRが始まる前の喧噪の中、マリが振り向いて話しかけてきた。
「朝比奈さん!これからカラオケ行かないっ?」
「カラオケ、ですか」
「そうそう!!バレー部の友達とかと、清南の男友達も何人か呼んであるの!あ、でも合コンとかじゃなくて、もうみんな顔見知りなんだよね。だから普通に遊ぶだけ!あいつらも朝比奈さん連れてったら喜ぶと思うの~」
清南高校は野球、サッカー、剣道などのスポーツが盛んな男子高だ。出会いがないことを常に嘆いている彼らだが、周辺の女子高生からの人気は低くない。明奏館学園の女生徒ともよく合コンをやっているなどとは、遊利の知らない情報だ。
「ん~~~…どうしましょう。私カラオケとかあんまり行ったことなくて…」
「大丈夫大丈夫!きっと楽しいよ!!ていうかお願い!!!可愛い女の子連れてくって言っちゃった!」
手を合わせてねだるマリの勢いに、遊利は思わずうなずいてしまうのだった。
***
「おーっす」
「やーやーお疲れー」
「久しぶりー」
「2週間前も遊んだじゃん!」
放課後、校門前で合流したマリのバレー部のチームメイト、西田里美との3人で、カラオケボックスに向かった。遊利と里美とはほぼ初対面だったが、彼女もマリ同様気さくな人物で、道中も他愛無いおしゃべりで盛り上がった。
駅前のカラオケボックス前につくと、清南高校の制服を来た男子生徒が3人いた。
お互いの姿を認めた直後から軽口をたたき合いながら盛り上がる明奏館女子2人+清南男子3人=5人。疎外感を感じ始めた遊利がやっぱり帰ろうかな…と思った時。
「あれ、この子は?」
清南男子三人組のうち、一番背の高い一人が遊利を見て言う。
弓月も身長はある方だが、それと同じかやや高いくらいはあるだろう。
「この子はねー、同じクラスの朝比奈遊利ちゃんだよ。今日は舞子も来れなくなっちゃったし、私も朝比奈さんと遊んでみたかったから誘ってみたんだ」
マリが遊利の体をぐいと清南男子3人の前に突き出しながら言った。一斉に三人の注目を浴びた遊利は、動揺しつつも自己紹介する。
「朝比奈、です。よろしくお願いします」
「よろしく。僕は古河祐介です。こっちが内田で、これが坂本」
「ちょ、祐介、俺らの名前だけ省略しやがったな…」
「あとこれとか言うなよ」
にっこりと笑った古河祐介が自分を含めた3人分を一気に紹介すると、名前を略された2人が不満げに言った。
「ちょっと祐介!まさか朝比奈さん口説こうとかしてないよね!?」
「だめだよ祐介!朝比奈ちゃんと仲良くなるのはうちらが先なんだからね!」
不平を洩らすマリと里美にいきなり抱きつかれて、遊利は目を白黒させた。
「…本気で困ってんぞ、朝比奈さん」
「お前らの変なノリについていけないんだな」
「…ありゃ?朝比奈さん、ごめんね?」
女子二人に抱きつかれたまま硬直している遊利の顔を覗き込んでマリが言った。
遊利がこうして同級生と遊ぶのは、高校に入ってからは初めての事だ。
何度か誘われたこともあるが、なかなか予定が合わず断っていると、周りから誘われることもなくなる。自分から「仲間に入れて」と言うほど同級生同士の遊びに執着がなかった遊利は、学校以外のつきあいをすることはなかったのだ。
学校の外に出ると「友達の付き合い方」はこうも変わるのか、とひそかに遊利が衝撃を受けていると、
「とりあえず中に入らね?往来で目立ってんぞ」
内田と呼ばれた青年の至極もっともな意見に頷いた一同は、カラオケボックスの中に入って行った。
第2章開始します!
皆様にお楽しみいただけると幸いです。
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