18話 舞台裏にて
「へーえ、それで背中を押したと。文字通り」
「押してませんし。指でつついただけです」
やや含みのある弓月の言い方に、遊利が反論する。
「でも危なくない?渡界魔法の展開中に陣から出るなんて」
「…普通なら危ないですけど、今回は大丈夫なようにしてたんです」
魔法の展開中に陣から出ると、空間の均衡が崩れて事故が起こることが多い。
特にに渡界魔法などの大掛かりな空間移動魔法ともなれば、また別の世界に飛ばされたり、最悪《境界》と呼ばれる魔素の溜まり場に放り出されて、一生閉じ込められることになる。
視線を泳がせる遊利の様子に、弓月はピンと来た。
「分かった!その展開してたのって、ただの転移魔法だったんでしょ」
「うっ…」
図星、という反応を返す遊利に弓月はにやりと笑う。
「それで、長ったらしい詠唱をしてみたり、陣を無駄にピカピカ光らせることで、ただの転移魔法を渡界魔法に偽装すると共に、別れの雰囲気を演出した訳だ」
「ちょっと!それ言わないで下さいよ!それっぽい呪文を創作したり、真面目な顔で魔法ごっこやるの超大変だったんですからね!恥ずかしさで死ねるんですよあれ!!」
遊利ならば、転移魔法くらいならノーモーションでできる。わざわざ大掛かりな演出をしたのは、二人をけしかけるためだった。
恨めしげな表情の遊利をニヤニヤと見ていた弓月だったが、やがてはあ、とため息を吐いた。
「…セーフですよね?これくらい」
「限りなく黒に近いグレーだけどね」
容赦ない弓月の言葉に、だってあれくらいしないと二人とも動きそうになかったんですし、とブツブツ言い訳をする遊利。
「遊利さんは、基本的に女性に甘いよね」
「そんなことありませんよ」
「でも、またしばらくしたらその早沙子さんってひとの様子見に行くんでしょ?」
ぐ、と言葉に詰まる遊利に、弓月はやれやれ、という仕草をした。
「ま~たそうやって無駄遣いする」
「無駄じゃないです!!今回は早沙子さんにけがをさせてしまったから、アフターケアってやつですよ!」
渡界魔法は希少なマジックツールを使用するため、術者の力量だけでなく、それなりの資金が必要になる。
今回の依頼の報酬と、渡界魔法往復分でプラスマイナスゼロ、と言ったところだろう。
遊利の怪我、という言葉にふと弓月が真顔に戻る。
「ま、何にせよ」
ソファに座っていた弓月が立ちあがり、遊利の手をとった。
「これは、いただけないよね」
彼女の左掌には、白い包帯が巻かれていた。
「治癒魔法は?使ったの?」
「…弾の所で、傷だけふさいでもらいました」
治癒魔法は、被術者の負担が大きく、副作用も無視できない。使い手が少ないためなかなか研究が進まず、リスクの大きさを考えると、現代医療をちょっと進歩させたもの、と言ったレベルにとどまっていた。
「治せるものは自分で治した方がいい」というのが現代魔法学の結論であった。
「油断しただけです。大したこと」
「油断でも、何でも」
強い調子で弓月は遊利の言葉を遮る。
「…もう、やめてよね。こういうこと」
少しを間をとって弓月がそう言うと、遊利も頷き、ごめんなさい、と小さく返した。
***
「それにしても」
弓月は、淹れたての紅茶を飲みながら切りだした。
「魔銃のこと、何か分かったの?」
あの世界には、《ミッドガルド》と同じく、基本的に魔法が存在しない。
その上銃も存在していないのだから、あの魔銃は外部―――他の世界から持ち込まれたに他ならなかった。
「今《ユグドラシル》で調査してるらしいですけど、どうやらあの世界に他の魔銃の流通はないようです。持ち込まれたのはあの1個だけっぽいですね」
「…しかも、あの《宝珠》でしょ?」
深刻な弓月の声に、遊利は首肯する。
「あの魔銃には、確かに《宝珠》のエンブレムが刻まれていました」
世界には、大小さまざまな魔法師団体が存在する。それを統括するのが《魔法師協会》で、その最高評議会は著名な魔法学者や有力団体の代表者からなる。
霧崎弾が代表を務める《ユグドラシル》や、先ほどから話題に上っている《宝珠》こと《蒼の宝珠》も有力な団体の一つだ。
魔法師は少なからず選民意識を持っている者も多いが、《宝珠》は特にその傾向が強く、魔法絶対主義、というと極端かもしれないが、魔法の研究・発展のためなら強硬な手段に出ることも多く、多種族や他の魔法師団体との衝突も少なくなかった。
「今回の狙いは完全に私でした。《ユグドラシル》に対するちょっかいでしょうね。早沙子さんには、申し訳ないことを…」
わざわざ《宝珠》のエンブレム入りの魔銃を使ったことからも、それは明らかだろう。
遊利は正確には《ユグドラシル》の構成員ではないのだが、《ユグドラシル》からの依頼を受けている時点で《宝珠》にとっては同じことなのかもしれない。
紅茶を一口含んで、考えこんでから遊利は言った。
「でも、少し引っかかるんですよねー…」
「と言うと?」
「何か、後先考えない《宝珠》の下っ端が暴走したにしては、スマートすぎると思うんです」
前述したように、《宝珠》は他の魔術師団体とはあまり良好な関係を築けていない。《宝珠》が魔法師協会から淘汰されないのは、ひとえにその研究成果の貢献を評価されているためだ。
《ユグドラシル》のような強力な団体とやり合うには相手が悪すぎるし、何よりメリットがない。故に、今回の件も普通に考えれば《宝珠》全体の意向とは考えにくかった。
「相手は、全くしっぽを掴ませませんでした。大したものです」
言葉とは裏腹に、遊利は悔しそうに歯噛みした。確かに、今回の件に関しては相手の方が一枚上手だったようだ。
「遊利さんは、《宝珠》の上層部も絡んでると思うの?」
「何とも…言えません。偶々かもしれませんし」
「まぁ、今回は事例が特殊だったからね。《宝珠》が研究のために調査に行った可能性もあるけど」
「ほぼないでしょうね。真偽も確かめるすべもない、眉唾な話ですから。そんな話にかまけてるほど、《宝珠》も暇じゃないと思いますよ?」
弓月は嘆息した。それは、魔法師が、人間が一度は思い描く夢であった。
「―――転生、かぁ」
現代魔法学を以てしても、いまだ空想の域を出ない代物。
この世界で言われるところの幽霊のように、まことしやかに存在が囁かれるものの実証されないままの概念。
「眉唾てことは、遊利さんはそのひきこもり王子の話信じてないの?」
「いえ、信じてますよ?それで一応話の筋は通りますしね」
実際に事例に遭遇したのは初めてです、と遊利は言う。
「連れて帰って研究とかしないの?弾さんあたり喜ぶんじゃ」
「物騒な発想ですね。そんなめんどくさいことしませんよ」
鋭い視線を送る遊利に、冗談だよ、と弓月は肩をすくめる。
「興味はないんだ?」
「ありません。私は魔法式いじってる方が楽しいですし。それに、」
遊利はいったん言葉を区切ってから、吐き捨てるように呟いた。
「転生術研究したって、碌なことになりませんよ」
転生術。それが開発されれば、人類の永遠の夢である、「不死」の一つの完成形が出来上がる。
それは、世界の理を、《律》を脅かす存在であると同時に、人類の、いや、種族を超えた争いの火種になることは必至であった。
「そう、だね。ごめん、変な空気にして」
謝る弓月に、遊利はいえ、と、短く返した。
そのタイミングでカップの紅茶を飲み干した遊利が、思い出したように話題を変える。
「ところで弓月君」
「ん?」
「茶葉変えました?」
「うん。…一か月前から」
「まじでか」
気づくの遅いよ、と不満を漏らす弓月だったが、結局「だって弓月君が淹れたやつは全部おいしいんですもん」と素で言う遊利に絆されるのだった。
これで第一章は終わりとなります。ここまで読んでくださってありがとうございました!
2011/11/13
プロローグ・第一章の改稿を行いました。
具体的には行間の調節、サブタイトルの変更、細かな表現の変更、話数の削減です。内容は全く変わっておりません。
あと、話数を削減した関係で投稿日が本来のものと異なっていることと、前書きや後書きを変更・削除した部分がございます。
混乱させてしまったら申し訳ないです。