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主人公≪ヒーロー≫達の不自由な二択  作者: 歌崎 鏡
第一部:望月早沙子
14/28

14話 自己証明の不確かさ


 自分はごく平凡な一般市民なのだ、と彼は言った。



 優しい母親、少しだけ頑固な父親、近所の子供のリーダーだった兄。

 そんな家族に囲まれていた彼は、平凡な暮らしを幸せと感じるには幼すぎた。



 ある、嵐の日だった。

 俺の住んでいたのは小さな町だったが嵐なんて珍しいものじゃなかったから、大人たちも落ち着いて対応していた。

 俺は…普段と違う町の雰囲気に少し浮足立っていた。雨の中屋根を補強したりしている大人たちがヒーローに見えたりしたんだ。



 そして雨もやんだ頃、俺は親の言いつけを破って、氾濫した川を見に行ったんだ。当時の俺は、大人と子供の間位の年齢だったと思う。子供扱いが気に食わなかった。家族が全員家のために何かしている中、じっとしていられなかったんだ。あとは…まあ、言わなくても分かると思うが、俺は足を滑らせて濁流にのみ込まれた。



 …陳腐な死に方だな。嵐がくると、近隣の町でも一人二人川の様子を見に行って死者が出るんだ。

 自分は大丈夫だなんて、誰でも思うんだろうな。



 知ってるか?死ぬ人間は、自分が死ぬ瞬間ってものを知覚できるんだ。

 俺は口に泥水が入り、流木が体にあたって朦朧とした意識の中でも、自分の意識が途切れる瞬間ははっきりと覚えている。



 次に目を覚ました時、俺はベッドの上にいた。ああ、助かったのか、と思った。

 身体は石のように重いし、頭はガンガン痛む。手足はしびれ、喉はからからだったが、生きている――それが奇跡だと思った。それだけで良かった。



 だが―――現実はそう甘くなかった。俺は、『俺』ではなくなっていたんだ。



 最初は訳がわからなかったな。鏡を見て、自分の姿が変わってしまったのが分かっても、まだ夢だと思ってたよ。

 …でも、時が経つと、さすがに認めないわけにはいかなくなった。自分は別の人間になってしまったんだと。



 俺が周りの人間の事や、過去の記憶を思い出せないでも、毒の影響による記憶喪失ということで片付けられた。俺が自分はアルシェリアじゃないと言っても、信じるものなんていなかった。鎮静剤を打たれるだけだったな。

 まあ、実際姿はアルシェリアそのものだったんだからな。…そして、俺は、アルシェリアとして生きていくことを余儀なくされた。



 それからは、まあ、想像通りだよ。周りの顔を覚え、王族としての礼儀作法や世界の常識、政治の知識を叩きこんだ。ある程度は『アルシェリア』の身体がおぼえているようで、まあそれほど不自由したことはなかったな。

 だが、無意識に他人との接触は避けていたな。相手はこちらを知っているのに、こちらは相手を知らないのが居心地悪くてな。そうして、あまり出歩かないまま半年が過ぎた。



 俺が次第に回復していくにつれて、現実味を帯びてきたのが王位の話だ。アルシェリアは第一位王位継承者であるから、順当にいけば王になるのは俺なんだが…



 ここで、シェリア君は言葉を止めた。

 そしてたっぷり間をおいてから、絞り出すような声で言った。



「俺は、怖くなったんだ」



 今にも消えてしまいそうな声だった。



「偽物が王になってもいいのか?と」



「アルシェリアの身体が政治の知識やノウハウをある程度おぼえているとはいえ、実際に政治を行うのは俺だ。もし俺が失政を敷いた場合、苦しむのは俺じゃない。国民だ」



「俺にはそんなに重大な選択を行う勇気も、資格もない」



 私は何か言わなくてはと必死に言葉を探すけど、何を言っても彼を傷付けてしまいそうで。



「臆病者だと笑われても、どうしてもうまくできる想像ができないんだ」



 自嘲めいた笑いと共に、シェリア君は言った。



「こんな理由で、継承権を放棄できるわけがない。王家の名に泥を塗ることも、俺にはできないんだ。ああ、事故を装ってでも死んでしまえばいい、と考えたこともあったさ!!でも、俺は、あのときの事を、考えただけで体が震える。もう一度死ぬ勇気が、どうしても、わかない」



 あのとき、というのは前世で、川に飲み込まれた時のことだろう。

 シェリア君はもうほとんど涙声だった。



「俺には何もできない。失われていく記憶を必死に繋ぎとめようとしながら、王子としての働きを求める周りを恐れながら、こうして部屋に引きこもることしか…出来なかった。とんだ腑抜けだ」



「失われていく記憶…?」



 ようやく口を挟んだ私に、シェリア君はああ、と得心したように言った。



「前の…前世、というのか。その記憶をどんどん忘れていくんだ。もう、家族の顔はおろか、自分の名前すら、忘れてしまった」



 シェリア君は天井を見上げた。



「…俺は、一体何者なんだろうな」



 虚しさを孕んだその言葉は、乾いた音で部屋の空気に溶けた。


タイトルのセンスが来い


2011/11/13 改稿

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