13話 告白
疑問に思うのに、時間はかからなかった。
毒殺未遂のせいで、他人が怖くなったとか、危険に対してものすごく敏感になったとか。
シェリア君がひきこもることになった理由だけど、突然現れた私に対する警戒心の薄さとか、さっき私を、身を挺してかばってくれたこととか。彼の行動はそれと矛盾、とまではいかないけれど―――違和感を覚えることが多かった。
「…ごめん、忘れて、今の」
「…いや」
バカなことを言った、と咄嗟に撤回しようとした私に、シェリア君は―――
「俺は、本物じゃない」
―――シェリア君は、私の目を見て、きっぱりとこういった。
「俺は、アルシェリア・オル・アクセレニアではないんだ」
***
ヒュンと鋭利なものが風を切る音がして、遊利は振り向かないまま意識を背後に向けた。
刃物が首に突き当てられる。
とっさに、先ほどの空砲で伸びてしまった足元の男の仲間かとも思ったが、明確な害意を感じず、心の中で首をかしげる。
「…何者だ」
男の声がそう言った。非常に簡潔な問いである。
ここで遊利ははた、と思い出した。先ほど早沙子についていた騎士二人のうち、一人は自分と一緒に追いかけてきていたな、と。
自分が付いていながら早沙子に傷を付けてしまった失態に動揺して、男を捕まえる事ばかり考えていて失念していたのだ。簡単に背後をとられてしまったという事実に、遊利は絶対に相手には聞こえないように舌打ちした。
「私は『サーシャ様』の友達です」
「…」
騎士は遊利の言葉の真偽を吟味しているようで、沈黙したまま動かない。
先ほど遊利と早沙子のやり取りも見ていたようで、二人に面識があることは認識しているようだ。
遊利の出方を見ているのか、何を訊けばいいのか迷っているのか、騎士はそれ以上重ねて問うてくることはしなかった。
膠着状態にしびれを切らした遊利は、自分から仕掛けてみることにした。
「あなたがしたいのは、対話ですか?尋問ですか?前者ならともかく、もし後者なら、私もそれなりの対応をとらせていただきますけど」
「…」
騎士は無言で遊利の首筋から刃をどけた。遊利はくるりと振り返り、騎士と相対する。
騎士――確か名前はディランだったか―――は剣をどけたもののそれを鞘にしまうことなく、警戒を解くことはなかった。
遊利が振り向いたときにディランが若干表情を動かしたのは、遊利が少女のような外見であった(実際に少女なのだが)からだということは遊利には知る由もない。
「それは何だ」
「それ…?ああ、コレですか」
遊利は右手に持っている魔銃を見た。ディランの警戒の色が強まる。
「こちらに渡してもらう」
「それはできませんね」
しれっと答える遊利。ディランの表情が険しくなった。
「なぜ」
「この世界にはあってはならないものだからです」
ごく当たり前のことのように遊利は言った。ディランはその言葉の意味を量りかねる。
「そうですねー…」
遊利は一瞬何かを悩むようなしぐさを見せた。
しかし次の瞬間、彼女の右手に握られていた魔銃がバラバラと音を立てて崩れていった。彼女の足元に極小の部品が散らばる。
「これを組み立てられるくらい技術レベルが進歩したら使ってもいいんじゃないですか?」
にっこりと笑って言った遊利にディランは眉を寄せる。ディランが最小限の言葉しか発していないのは、会話が終始遊利ペースなことへの抵抗であった。
「この人、捕まえなくてもいいんですか?」
遊利が床の男を見ながら言う。ディランは遊利を見据えたまま動かない。まるで男より遊利の方が危険だ、とでもいわんばかりである。
鼻白んだ表情をしてディランを一瞥した遊利は、フードから小さな手枷を取り出した。
仰向けで伸びている男をやはり蹴飛ばしてうつぶせにひっくり返し、後ろ手に手枷をかけ拘束する。
「どうぞ。鍵です」
遊利は手枷のカギをディランに差し出す。
少しの間をおいた後、ディランは遊利から鍵を受け取った。
「…お前は「セレバイア殿!」
何事かいいかけたディランの声に、第三者の声が重なった。
廊下の向こうから白い制服の人影が近づいてくる。あれは…確か最近近衛騎士に昇格した新米だ。名前は、残念ながらディランの記憶には残ってなかった。
ちなみにセレバイアはディランの家名である。
新米騎士はディランの前まで来ると礼をとった。
「定時の見回りか?」
「はい、異常はありませんでした。先ほどこのあたりで誰かの叫び声のようなものを聞いた気がするんですが…」
新米騎士はここで一度言葉を区切る。
「それで、この者は…」
新米騎士は床に転がっている男を見て言った。
顔に疑問符が浮かんでいるのは、男が騎士団の制服を着ているからだろう。
ディランはちらりと周囲に目を走らせた。遊利の姿はない。
新米騎士も、遊利に気付いた様子はない。
「侵入者を発見したため、拘束した」
「!っし、侵入者…」
何度も言うが、ここは王族の居住区画である。侵入を許したというのは、騎士団の失態に他ならなかった。
「恐らく素人だな。連行して尋問を頼めるか?報告は俺がしておく」
「了解しました!」
ディランは鍵を新米騎士に預け、彼が気絶した男を背負っていくのを見送った。
彼が廊下の角を曲がり姿が完全に見えなくなったところで、ディランは振り返ってあたりを見回した。
遊利の姿は見当たらない。一体どこへ行った―――?
「タイミング良かったですね」
「…っ!?」
いきなり背後から声がかかりディランは振り返って臨戦態勢をとった。
さっきまで新米騎士がいた位置に遊利がいた。バカな。あり得ない。そんな思いがディランの頭をめぐる。この近くに隠れられるような場所などありはしないのだ。
「今まで、どこにいた」
「どこにって…隠れてました。見つかったら面倒だなって思って」
なんでもないことのように言う遊利を見て、ディランは身体から力が抜けるのを感じた。
先ほどこの少女が侵入者を拘束した時のことと言い、少々理解の範疇を超えるようだ、と考えたのであった。
「犯人は片付いたことですし、『サーシャ様』のとこに戻りますか」
すたすたと歩き始める遊利。その後ろ姿にやや違和感を覚えて、ディランは思わず彼女の左腕を引いていた。
「…なんです?」
遊利は歩くのをやめてディランを振り返る。
「左手」
「…」
違和感を覚えたのは、遊利の歩き方だった。左手がほとんど動いてない。
そういえば男を拘束した時も右手だけで器用に手枷をはめていたことを思い出す。
「見せろ」
「…っ!」
ディランは遊利の左手をぐいと引っ張った。一瞬遊利の表情が歪む。引っ張った反動で彼女の手から赤い布が落ちる。
彼女の掌は赤く染まっていた。中央が円形にえぐれて血がにじんでいる。
布で血を止めていたのだろう、赤く染まっていたのは彼女の血だったのだ。
これは、男が発砲した2発目の弾丸をを手で受け止めたことが原因だった。
ディランはおもいきり眉をひそめる。
「手当を」
「だいじょうぶです。自分でできます」
「ダメだ。片手では支障が出るだろう」
「でも」
「黙ってついてこい」
左手の手当てなのだから、必然的に使えるのは右手だけになり、手当に支障が出るのは明白だった。
渋る遊利を連れ、さて、医師は誰を頼るべきか、とディランは思考を巡らせた。
2011/11/13 改稿