11話 英雄譚にありがちな
頭の中にあることを文章にするってすごく難しいですね。
静かに執務室のドアを開けた人物を認めて、いつものようにドアの外に控えていたアレン君はそりゃあもう驚いていた。
「びっくり」のテンプレのような表情のままフリーズしたアレン君。それでもそのお顔の美しさが損なわれないとは大したものです。やっぱ美形は人類の宝だね。国を挙げて保護するべきだと思う。
「…何を呆けている」
アレン君の反応は恐らく予想通りだったのだろうが、シェリア君はじろりと彼を睨みつける。
「っし、失礼しました!」
シェリア君の声にハッと我に返ったアレン君は姿勢を正し、非礼を詫びた。それでもまだ動揺が抜け切れてないのか、どもってしまっているけど。
フンと鼻を鳴らすシェリア君だが、私にはなんとなく分かる。シェリア君は、照れているのだ。
例えるなら、今までジーンズばかりはいていた女の子が、急にスカートをはき始めて、周りに「どうしたの?」って聞かれて「か、関係ないでしょ!」と答えちゃう、みたいな。ううん、分かりにくいか。
「薔薇園に行くから、ディランを呼んで来い。あまり騒ぎにはするな」
「はっ!」
恐らく照れ隠しのために普段よりややぶっきらぼうにシェリア君が指示すると、アレン君は比較的簡素な(しかし王族に対しても失礼にあたらない)礼をとって踵を返す。
頭の中には大量の疑問符が浮かんでいるだろうに、余計な事を訊くこともない切り替えの早さはさすがだ。私に一瞬だけ、何か言いたげな視線を寄越したけどね。
特に会話もない気まず~い待ち時間は、私は頭の中で童謡を歌ってやり過ごした。ちらと盗み見たシェリア君の様子は、壁に背をもたれさせ難しげな顔をしている。
一年半ぶりに部屋の外へ出た感慨に浸っている…のではありませんよね、どう見ても。
さんぽ、ふるさと、もみじ、さくら、アイスクリームの歌をフルコーラスで脳内再生し、グリーングリーンの3番の歌詞を思いだしている途中で待ち人達がやってきた。この歌6番まであるんだぜ。そして結構深い歌なんだぜ。
アレン君に連れられてきたディラン君はシェリア君の姿をみても全く表情を変えずに、淡々と騎士の礼をとった。ううん、この人も大概期待を裏切らないな。
ディラン君の表情らしい表情を私は見たことがない。でもどんな場合においても、ディラン君のその無表情を不快に思ったこともないのだ。
良い大人である以上、愛想笑いくらい出来ないのは大きな問題だが、ディラン君だと何故か許せてしまう。これもあれか、美形補正と言うやつなのか。くやしいのう。
「行くぞ」
それだけいうと、アレン君はさっさと歩きだしてしまった。私たち3人はあわてて後を追う。ディラン君はさっと前に出てシェリア君の2メートルほど前を歩く。
王族の前を歩くのは基本的に失礼にあたるのだが、近衛騎士に関しては警護の場合に限りこれが認められている。そりゃあ脇は万全ですが正面ががら空き、なんて笑うに笑えないからな。
ちなみにここの王族は必ずいかなるときも2名以上の護衛をつけている。城内を歩く時は勿論、寝る時も部屋の前に2名控えることになっている。まあ、これはシェリア君の事件の後に出来た慣例のようだが。
そんなわけで、ディラン君、シェリア君、私、アレン君の順番で人気のない廊下を進む。
「騒ぎにしたくない」というシェリア君の言葉の意図を正確に汲み取って、遠回りになるが人の少ない道を選んでいるようだった。
王族の居住区なんかは私も出入りが少なく、はじめてくる道もあるくらいだ。
移動中も勿論無言だ。
移動という明確な目的がある分さっきの待ち時間よりは気まずさは薄いが、この人数で無言とか不自然すぎワロタ。
そしてその原因は私がシェリア君を不機嫌にさせてしまったからだよね。
そりゃあ、友人に何の相談もなく明日帰りますって言われたら怒るのは分かるけどさ。今回の場合は特殊なんだよ!事情が事情なんだ!…と、自分に言い訳をしてみて、ああ、浅ましいと自己嫌悪。うああ思考が負の連鎖!無限ループって怖い。
葬式のような空気の中自分の足元を見ながら歩く。気まずいよ、空気が重いよ、いたたまれないよ。 ああ、なんだか警察に連行される犯人の気分になってきた。
そんなことを考えていると、ふと視界が明るくなった。足元に光がさしている。
おやと思って自分の靴から目線を外し、顔をあげると、渡り廊下の右手に小さな庭園があった。
四方を城の建物に囲まれた10メートル四方くらいの中庭だ。
今歩いているのはそこの中庭につながる渡り廊下だった。こんな場所があったなんて知らなかった。
小さな噴水と白いベンチがあり、カラフルな種類の花がたくさん咲いている。
「きれい…」
思わず私が立ち止まると、一行も同じく立ち止まる。
「ここは、ブランカ前王妃―――殿下の祖母君が作られた庭園です。ブランカ様はそれはそれはこの庭を大切になさっていたそうで、ご自分で隅々まで手入れなさっていたそうです。崩御された後も後も城の者が管理していて、今では王妃様がたまにここで休まれるそうです。サーシャ様もあまり王族の居住区画には出入りされてませんから、この庭をご存知なかったのも無理はありませんね」
アレン君が丁寧に説明を入れてくれた。なるほど、前王妃様のプライベートガーデンね。
お花も香りがきつくて華美すぎるものばかりではなく、おとなしめで上品な色合いのものが多い。前王妃様の人柄が知れるようだなぁ。うん、ホントに素敵なお庭だ。
「見ていってもいいぞ」
すっかり目を奪われてしまった私に気付いたのか、シェリア君が許可をくれる。いいの!?という気持ちを込めて彼の顔を見ると、彼は幾分柔らかい表情で頷いた。
作った人のお孫さんの許可が出たので、年甲斐もなくはしゃいだ気分で庭に下りたつ。日の光が注いで、気持ちいい。流石に中庭なので風は少ないが、とでも静かで落ち着く。噴水の流れる音が涼やかで心地よい。
ううん、今でも王妃様が使っているのか。うっかりお花踏んだりしないようにしないと。
そんなことを考えながらふと視線をあげると、真向かいに城の一部が見える。4階分の大きな建物だ。先ほどのアレン君の説明通り、ここら一帯は王族の居住区なのだろう。等間隔に並ぶどの窓にも人影は見えない。
―――じゃなかった。見えた。
3階部分の一つの窓があいていて、そこに人影が見える。その人物もこちらを見ているようで、身体は窓側を向いている。あの白い服は、騎士団の人かな。
その人物がゆっくりと手かざした。ちょうど私に向けるような形で。
その手には黒いものが握られている。
あれは―――
私は目を凝らした。
黒い物体が太陽の光にあたって一瞬きらめいた。
拳、銃?
私がそう認識するのと、ジュッという音とともに私の右肩が熱を持ったのはほぼ同時だった。
「…え?」
熱い。右肩が熱い。
首をひねって右肩を見ると、ドレスが焦げたような跡がついて裂けていた。
ああ、これ借りものなのに。一応私のために仕立てられたものだけど、帰る時に返そうと思っていたのに。
ドレスにジワリと赤色がにじむ。
「痛っ…」
出血を知覚した瞬間、思い出したように肩が痛み出した。痛い。なにこれ。なんで?
思わず肩を押さえてしゃがみこむ。抑えた手が赤く染まる。
「サーシャ!!!!!」
誰よりも先に動いたのはシェリア君だった。
私の腕を引っ張って自分の後ろにかばおうとする。
ディラン君が何事か叫んだけど、混乱した頭ではよく聞き取れない。
もう一度窓の方を見ると、先ほどの人影が再び銃を構えていた。
――――撃たれる!
「やっ…」
両手で顔をかばおうとする。再びジュッという音が鳴るのと影が私に落ちたのは同時だった。
いつまでたっても肩以外に痛みがやってこないので、恐る恐る目を空けると、私を抱きかかえたシェリア君が驚きの表情のまま固まっていた。
目線を上げると、私たちに影を落としているものが視界に入った。
黒い外套がはためいている。外からの風はないのに、それ自身が風をまとっているみたいだった。私は、この人を知っている。
「…遊利ちゃん」
私も茫然としたままでその人物の名前を呼んだ。
2011/10/29 誤字訂正
2011/11/13 改稿