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紅茶店  作者: 方霧
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まったく、腹立たしい。




さらさらの金髪も、同じ色をした長いまつげも、日本人離れした白い肌も、いつも柏杜の姿を追う、あの青く澄んだ大きな瞳も―――




全てに、おれは苛々する。





昨晩の事、夜遅くて危ないとかなんとか言って、瑪瑙めのうは気でも狂ったか、柏杜はくとのストーカーをわざわざ柏杜に送らせようとした。彼女自身が送りに行くと言った時に、おれと柏杜が、大人しくするよう怒鳴ったからだ。おれよりよっぽど長生きしそうに見えるが、あれで病人だ。


「いいわ…。なら柏杜に譲ってあげる」


…だからといって、大事な弟を敵の懐に放り込むとは信じられない。おれはもちろん批判したし、ストーカーすら分を弁えて辞退しているのに、瑪瑙は言う事を聞かない。おれが代わりに行くといっても信用されなかった。もちろん途中で捨て置くつもりだったが、それが見透かされたようだ。

結果妥協案として、二人におれもついていく、ということになった。柏杜の身を守るためならどんな手間も惜しむまい。

たとえ電車が来るまで側に居るようきつく言い渡されたとしても。


駅までの道、ストーカーと被ストーカーとの間におれが割って入り、三人並んで、街灯の少ない、暗い夜道をとぼとぼ歩いた。


「綺麗ですね」


ストーカーは空を仰いだ。つられて二人とも上を向く。横に並んだ三人が上を向いて歩くさまは、いかにも滑稽だろう。それでも、夜空に魅入られて、しばらくその事に気がつかなかった。


満月だ。


眩しいほどの月光と星光が、暗闇に降り注いでいる。満天の星空だ。のけぞらせた喉に、正面から涼しい風があたった。頬を掠め、髪を撫でて過ぎ去っていく。流れている。この瞬間のように。


「…智者ともひと、今すごく似合わない事考えたよね」


突然ストーカーに指摘されて我に返った。


「なっ!んだお前は訳知り顔で!!」


「えっ?…まさか…ほんとうに?倒置法とか使っちゃった?」


「やめろ!その目でおれを見るのをやめろ!!」


「なになに?とも、そんな恥ずかしい事考えてたの?」


声がした反対側を振り返ると、柏杜がにやにやした顔で、おれの顔を覗きこんできた。かあっと、顔が熱くなる。


「はっ、柏杜までっ、別に良いじゃないかなんだって…!てか、そんな大した事考えて考えてねえよ!!…ただ、満天の星空ってこういうのをいうんだろうなって…」


「ああ、まあ確かに綺麗だよね」


思いのほかすんなり、ストーカーは話題を変えた。気まぐれに巻き込まれた俺の体は、まだ熱を残している。深く息を吸って、吐いて、呼吸を落ち着かせる。

駅に着いたが、電車が来る様子はない。


油断していたら、また話題を戻してきた。


「そんなつんけんしてたら、もてないよ?智者」


「ストーカーにそんな心配されてもな!」


眉根を寄せて、あたかも本気で心配しているかのようだ。ていうかなんなんだこいつは。なんで蒸し暑い夜に長袖で、かつパーカーのフードかぶってんだ。


「…それに、男の価値はそういうもので決まるわけじゃないだろう!!」


「へえ。じゃあ智者は、何で決まると思うの?」


「自分にとって大事なものを、守れるかどうかだ」


「…」


二人ともぎょっとした顔をして黙ってしまった。どうしたんだろう、と、おれが腕を組んだまま二人の反応を待っていると、また風が吹いて、二人の時間が流れ始めた。


「…なんか智者にまともな事を言われた気がする」


「さっきから失礼だなストーカーのくせに!!」


「…まあ実際もてるんだけどね、ともは」


そう言って苦笑いを浮かべる柏杜。フォローしてくれたのだろうかと、嬉しさに目を輝かせてしまう。

ストーカーは、その言葉にきょとんとした顔を浮かべている。


「かっこいいし、スタイルもいいし、基本クールで無口だし、医者だしね。いうことないって言い寄る女性は昔からたくさんいたんだけど…。ただ、大体ともの彼女になった子は近づきすぎて…」


「性格の悪さに辟易したとか?」


「おい、黙れこの傍若無人スト―カー」


なんでこんな失礼でいられるんだ。

柏杜はストーカの問いにふるふると首を横に振った。複雑な表情を浮かべている。


「普段の寡黙クールさと、俺への過保護ぶりの…ギャップに耐えかねて…」


「ああ…」


「…静かに納得してんじゃねえよ。…だから、その目でおれを見るのはやめろ!!」


柏杜まで同じ目でおれを見る。

結果、フォローじゃなかったし。若干へこむ。



ガタンゴトン   ガタンゴトン



…不本意なタイミングで、電車は到着した。


駅から帰る時、あのストーカーの入店を禁止することを勧め、来るたびにおれがつまみだす、という提案もした。しかしいくら詰め寄っても、曖昧に笑ってごまかされてしまった。


「まず姉さんが許さないよ。随分気に入ってたからね。それに、ともも忙しいでしょ」


それが柏杜の意思ならと渋々承諾し、これからおれが柏杜を守るため、出来る限り店に通えば問題ない、と心の中で結論付けた。いつも仕事を優先させて、あまり店に通っていなかったから、二人の様子を見に行くとすればいい機会ではある。


おれが電車に乗らず、駅から一緒に店まで帰ったのは、柏杜の店に泊まることにしたからだ。

店といっても、店の上にある居住スペースの一室に、だが。

瑪瑙はおれの診察から逃れるため、自らのアパートに帰らず、昨日からここに滞在しているという。また来た時に居なくなっていては瑪瑙の検査が遅れる、という考えから、そうさせてもらうことにした。

ただし、普段は柏杜が一人暮らしをしている場所だし、広いとはいえない。ベッドが部屋の4分の3を占める寝室と、大人5人も入ればぎゅうぎゅうになるような居間だけだ。

柏杜が使う唯一のベッドは、瑪瑙に奪われていた。


「あら。あたくしに床で寝ろっていうわけね?」


「どうぞ姉さんベッドでゆっくりお休みください」


そのせいで、昨日から居間に布団を敷いて寝る羽目になっている、という柏杜の横に、おれも寝かせてもらうことになった。

夜も更け、暗い部屋に月光が差しこんだ。階下の振り子時計の音が微かに響く。窓の外から、鈴虫の声が染み入る。暗闇に目が慣れた頃、柏杜がぽつりとこぼした。


「こうして並んで寝ると、なんか昔を思い出すね」


今日の柏杜は、いつになく雄弁だ。しばらく、思い出話を一つか二つ話した。

アパートに居る、おれの姉も呼べば、喜んだかもしれない…。

そう、頭の片隅で考えるうちに、静かに夢へ落ちた。


多分、そう考えたのがいけなかったのだ。




朝のうちに瑪瑙の診察を終え、2、3件電話がかかってきた家への往診を済ませ、店へ戻ると、丁度柏杜が出かけるところだった。瑪瑙も自分の店に行って、今は中に誰もいないらしい。それを聞いて、2階の居住スペースに上がり、くつろぐうちにうたたねしてしまっていた。

蒸し暑さに目を覚ます。


「…っう、わ。寝すぎ」


起きた時はすでに夕暮れ手前だった。携帯を確認するが、電話がかかってきた様子は無く、ほっとする。柏杜もそろそろ帰っているだろうと、階段を下りて、扉を薄く開けた。流れ出る冷気が、ひんやりと気持ち良い。隙間から店の様子を窺う。すると、目の前の、四人がけ用の一席に座る客と、がっつり目が合った。


ていうかおれの姉だった。


「なんでめいがここに居るんだ!!」


思わず叫んだら、他の客にぎょっとした顔で見られてしまった。


「…あ、えっと」


言い逃げするように、すぐさま扉を閉めた。


だが。


次の瞬間、扉が開いて――




***




「昨日帰ってくる音がしなかったから。はくちゃんとこに、お世話になってるんだろうなって」


冥令めいれいというらしい智者の姉は、柏杜さんが淹れたアップルティーを飲みながら、自分が訪れた経緯をそう説明した。



柏杜さんに紹介してもらったあとのこと。

柏杜さんが開店の準備をしている間に、改めて自己紹介し合った。智者と良く似ていますね。と言ったら、双子だから。とあっさり返された。それから不思議そうに首を傾げられた。


「えっと、誰だっけ?…智者知ってるなら、知り合いだよね?」


「あ、初対面です。三篠みすずと申します」


「ああ、そうなんだ。…物覚えが悪いものだから、また忘れちゃったのかと思った。…うん。ぼくのことはめいって呼んで?」


そのぼんやりした言葉に、あっけにとられる。


「…あ、やっぱり一人称違和感あったかな。…小さい頃、ともくんといろいろお揃いにしてたら抜けなくなっちゃって。言葉づかいも、”ぼく”も…」


よく入れ替わって遊んでたんだよ?と、再び語尾を上げながら、逆の方に首を傾げる。表情は眠そうなまま、変わることが無い。

開店後、一緒にお茶を飲んで話をしていても、顔に変化が訪れることはなかった。

…瑪瑙が来るまでは。


開店してすぐに、店はお客で埋まった。私と冥令は、一番奥の四人がけの席に座ることにした。この際勢いだ、と、友達になりたいと申し出ると、二つ返事で了承された。

見た目も中身も素敵な人だ。

ボブというのだろうか、漆黒の、細い黒髪に短髪がよく似合う。良く首を傾げるが、その動きに合わせてさらさらと流れ、キューティクルが光る。

そうこうしているうちに現れた瑪瑙。


そして今、冥令の、ティーカップを持ってない方の手が捕えているのは、瑪瑙の左腕だった。


「めいさんは智者と一緒に住んでるんですか?」


私が尋ねると、冥令はティーカップを置き、両手で瑪瑙の腕をがっしり掴んでから、正面の席に座る私へ顔を向けた。


「ううん。アパートで、隣の部屋に住んでる。扉が開閉する程度の音なら聞こえる、壁の薄さ」


「…そんなこと言って、めいがあそこが良いって言ったんじゃないか」


不満そうな声が、隣から発せられた。

四人がけの、私の隣には智者が座っていた。

額が赤くなっている。さっき、階段へ続く扉を冥令が突然開けたせいで、その真後ろにいた智者は対処できず、角の部分を顔で受け止めてしまった。その時のものだ。痛そう。


「文句があるわけじゃないよ。本当ことだから。…まったく、これだからともくんは」


やれやれ、と顔を左右に振る冥令。もちろん表情はそのままに。

挑発されて、智者が眉間にしわを寄せると同時に、珍しく静かになっていた瑪瑙が、優しく冥令に声をかけた。


「…ねえ。感動の再会はさっき済ませたでしょう。そろそろ離れても良くないかし「嫌です!」


即答。

ばっ、と瑪瑙に顔を向けると、さっきまでの無表情が嘘のような、切なそうな顔になった。

目で訴えている。それでも負けじと、困った顔をしながらも瑪瑙は抵抗している。

私と智者は黙って見守っていた。


「いや、でもね…、ほら、人も多いし、暑いし…」


「…」


目で懇願している。


「…恥ずかしい、っていうか…ね?」


「…」


「両腕が動かせないでしょ?二人とも…」


「…」


「えっと…」


「…」


「…うん」


瑪瑙が折れた。


争いごとに強そうに見えるが、昨日も、瑪瑙が折れる形で智者との抗争は終焉を迎えていたことを思い出す。


「瑪瑙さんは3人のお姉さんなんですね」


私の言葉に、真横の智者が鬱陶しそうに顔をしかめた。


「…やめろよ。違うよ。姉なんて、一人居るだけでも十分しんどいのに」


「そうね。違うわ」


笑顔だから肯定するかと思ったのに、驚いたことに瑪瑙もまた、さらりと否定した。


「4人の、姉よ」


温かく微笑む。

すぐには理解できず、反応できなかった。


「愛情表現がひねくれている、姉思いの柏杜はもちろんだけど、憎たらしいけど誰よりも身内想いの智者も、皆に優しいけどあたしに一番に懐いてくれる冥令も、あたしのスカートが似合ってる、素直で可愛い三篠ちゃんも、みんなあたしの、愛しい弟と妹」


「…」

「…」

「…」


それにしてもスカート似合ってて良かった。上がパーカーなのがちょっと残念だけど。などと、幸せそうに、にこにこと喋っているのは瑪瑙だけで。

ほかは、3人とも黙ってしまった。


そこへ、お茶をお盆に載せてやってきた柏杜が静かに呟く。


「………恥ずかしい奴」


背けた顔は、瑪瑙以外の3人と同様、真っ赤に染められていた。

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