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紅茶店  作者: 方霧
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「え、幼馴染なんですか」


柏杜はくとさんは、そう、と肯定した。カウンターの向こうで、目線は手元に落したまま、お代りのお茶を淹れてくれている。

カウンター席に、奥から智者ともひと瑪瑙めのう、私の順に座って、柏杜さんに淹れてもらった紅茶を飲んでいる。窓の外はもう真っ暗だが、これから取り立てて用があるわけでもない。お茶も店の奢りということだったので、遠慮なく戴いて、ゆっくりすることにした。

智者と瑪瑙の、無言の激しい攻防が収まった後、柏杜さんがそれぞれをそれぞれに紹介した。その間、なんで俺が。という感じを滲ませた、朗らかな笑顔をずっと浮かべていた。

現在は作業中だからか無表情だ。


「あたしと柏杜、智者と智者の姉の、4人がね」


瑪瑙は私を見ると、美しく微笑んでそう言った。

他の二人と違い、瑪瑙は私に好意的だ。嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、その人間離れした美しさに緊張もしてしまう。目が合わせられず、僅かに瑪瑙の顔から目を逸らすと、向こう側に智者の横顔が見えた。あれからずっと口を閉ざしたまま、怖い顔で目の前を睨め据え続けている。眉間に皺の跡がついてしまいそうだ。

柏杜さんと親しい間柄であることが改めて確認できてから、二人にも俄かに興味が湧いた。是非友達になりたいものだ。そう思って、二人を交互にじっと見つめる。


「ところで昨日からちょっと思ってたんだけど、あんたたち…」


瑪瑙が半目になって、下を向いている柏杜さんの頭部を睨んだ。私は揺らがせていた視線を瑪瑙に固定する。

その綺麗な手を、どんっ、とテーブルに叩きつけた。


「一日一問ずつとか…っ!何みみっちいこと言ってるの!!馬鹿なのっ?!」


「え…」


意外な言葉に、驚いて声を漏らした。あの提案がまさか馬鹿呼ばわりされるとは露ほども思っていなかった。昨日、というのはおそらく柏杜さんが説明したからだろう。柏杜さんを見ると、黙ったまま顔を上げ、不機嫌そうな顔で姉を睨み返した。


「余計な事を…」


咬みつくような唸り声をあげる柏杜さん。


「…私はすごくいい案だったと思ったんですが」


戸惑う私に、瑪瑙が苦笑を向けた。


「あなた柏杜と友達になりたいんでしょう?そんなことしてたら、いつまで経っても普通の会話なんてできないと思うけど」


「………ん?…言われてみれば!」


馬鹿だこいつ…。

智者が、前を向いたままぼそりと呟いた。何かを悟った様な眼をしていた。


「俺はそれで構わないんだけど?」


いつの間にか笑顔に戻っていた柏杜さんは、にこやかにそう言い放つと、ティーポットに灼熱のお湯を注いだ。


何かからふっきれたように、柏杜さんは私に対して、接客用の態度を一切止めた。笑顔も、あからさまに影を背負ったものになった。

本音を言ってもらえている分、距離が近くなった気がして嬉しくなり、私の気持ちはずっとふわふわしている。冷たい言葉を浴びるほどに明るい顔になるさまは、はたから見ると不気味なはずだ。その証拠に、私の反応を見る度、智者は眉をひそめ、その表情を一層険しくしていった。

弟の悪言を聞いて、呆れ顔をする瑪瑙をちらちらと横目で見ていると、私の視線を察して、その白くて細い首を傾げた。


「なあに?」


「あの、」


不意に目が合って、どきりとする。疑問の色を浮かべて綺麗に開かれた眼に、見惚れそうになる。それでも怯むと後が続かなくなるので、思い切って言った。若干目は逸らしたままで。


「瑪瑙さんと智者とも、友達になりたいです」


「待て!なんでおれだけ呼び捨てなんだ!!」


今まで何に対しても無反応だったのに、唐突に智者が立ち上がって、がなった。

敢えて言うところはそこなのか。

瑪瑙は目を丸くして固まっていたので、智者の相手をすることにする。


「年が同じくらいだからいいかなと」


私の答えに嘲るような笑みを浮かべると、眼鏡を光らせて、ふんっ、と鼻で笑った。


「何を言っているんだ。おれは今年で23だぞ。お前どこからどう見ても高校生かそこらじゃないか」


そういえば、と柏杜さんも会話に便乗する。


「年聞いてなかったね。結局何歳なの?」


勝ち誇った顔の智者から柏杜さんの顔へ視線を移す。


「智者と同い年です。1月で23になりました」


空気が凍った。


「「え」」


一拍置いて出た、瑪瑙と智者の声がかぶった。


「へ、へえー…」


柏杜さんはさらに一拍置いてそう言うと、ひきつった笑いを顔に浮かべた。


「年上だったん…ですね。俺、今年で21にな…りました…」


柏杜さんの口調が控え目になった。


「あ、気にしないで下さい。今まで通りでお願いします」


両手を前に出し、頭をふるふると横に振る。


「私が柏杜さんに対して敬語なのは、そうしたいからというだけですので」


「…そう。ならいいけど」


口調は元通りになったが、柏杜さんは何とも言えない顔になった。


「おれには認められない点が多くあるが」


納得しかねているらしい智者は、苛々したように口をはさむ。


「私が智者には敬語を使わない事に関して?」


「自覚があっただと!?」


「あ、それはそうと。…認められない事といえば、私にも智者に対してひとつあるんだけど」


「本当にさん付けどころか敬語を使う気配がさっぱり見えないな!…ていうか少しはおれの話を聞け!おれを気にしろ!!」


ぎゃんぎゃんと喚く智者の頭を瑪瑙が左手で押さえつけ、私に笑顔を向けた。


「あたしも智者もお友達大歓迎よ。可愛い子はみんな大好きなの。よろしくね」


そう言って、にっこり笑う。

勝手におれを巻き込むなっ、とあらぶる獣を押さえつける左手はそのままに、瑪瑙はもう片方の手で、私の頭を優しく撫でてくれた。

余りの事に感動しすぎて、優しい微笑みに見入ったまま硬直してしまう。


「…はい…っ」


何といってこの感情を表せばいいのか分からず、あぐあぐしている間に、柏杜さんが全員分のお代りの紅茶を配り終えた。そのままカウンターの中にある椅子に座り、会話に参加した。


「…それで認められない事って何なの」


「あ、はい」


それを聞いて我に返り、瑪瑙の手を頭に載せたまま前を向く。


「紫色の頭髪は異様である、と」


「金髪碧眼に言われたくないわ!それに…っ」


そこまで言って、暴れていた智者の動きが止まった。柏杜と瑪瑙は、そう言えば、という顔をして智者を見る。二人とも、どうやらまだ智者が紫頭である理由を知らないようだ。全員の視線が一点に集中した。当の本人は下を向いているので、どんな表情をしているのか読み取ることができない。

突如、暗い声が聞こえた。


「…すきで………」


ぼそりと呟く。


「…なにもすきでこんな頭になってわけじゃない…っ!」


よくみれば肩がぷるぷると震えている。それきり黙ってしまった。


「じゃあどうして?」


柏杜さんが、私に対するよりも幾分か優しく、柔和な表情で訊いた。

尋ねた相手が柏杜だったからか、智者は、うっ、と詰まって、荒くしていた息を抑えた。堅く閉ざしていた口を僅かに動かしながら、言葉を選ぶように切り出す。


「それは…。…少し前の夜…シャンプーした、と思ったんだけど」


デジャヴ。

またか。


「それがシャンプーじゃなかったみたいで…風呂から上がったら…こんなことに。…しかも!」


がばっ、と顔を上げた智者。瞳が潤んでいるように見えなくもない。

哀れにも見えるが、頭は瑪瑙に抑えられたままなので、ちょっと面白い。


「黒でも染められないんだ!おれだって…こんな色………まだ白なら……はく……おそろい………よかっ…」


叫ぶうちに、声も姿勢もだんだんと意気消沈して行き、最終的には元の形に戻っていた。

おとなしくなった智者を、全員が生温かい目で見守る。


「…まあ、智者も柏杜さんを大好きだ、ということはひしひしと良く伝わりましたが」


「…誤解を招くような言い方をするなあ」


私の冷めたセリフに、柏杜さんが苦笑する。瑪瑙は押さえつけていた手で、智者の頭を慰めるように撫でてやっている。物言わぬ紫犬はされるがままだ。因みに私の頭部も撫でられ続けている。


「ともは柏杜がかわいいのよ。私たちの中で、一番年下だから」


うふふ、と瑪瑙は嬉しそうに笑った。確かに思い返してみると、兄が弟を大事にするような、守ってやる、という雰囲気の接し方だった。


「俺達は、家族なんだよ」


柏杜さんがさらりと、けれど意味深い言葉で締め、自らが淹れた紅茶を口に含んだ。


談笑はその後しばらく続いた。

私たちが紅茶を飲み終わっても、智者はずっとカウンターに伏せたままだった。

ただ、ティーカップだけは、いつの間にか空になっていた。

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