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紅茶店  作者: 方霧
2/21

あかの降臨

一人称と三人称が混じっていたので少し変えましたが、内容は特に変化ありませんので、悪しからず。

電車に乗り、昨日と同じ駅で降りる。

普段利用しない駅だが、程よく寂れた、昔ながらの駅だ。…何故か椅子だけが真新しい。試しに座ると、座り心地も良かった。木製特有の滑らかな手触り。

駅を出て、記憶を辿り、角を曲がると見覚えのある交差点が見えた。

昨日と同じ夕暮れ。昨日と同じ店の看板。

店の前に立ち、扉の取っ手に手を掛けた。


「いらっしゃい」


小さな、丸くて黒いレンズのサングラスをかけた店員は、そう言って新しい客を迎え入れた。

今日も綺麗な白髪だ。…サングラスは三つめだ。


「こんにちは」


二回目の来店。

きっと、まだ覚えられてはいないだろう。…それでも構わない。

昨日と違って、店内は人が多かった。四人席はすべて埋まり、昨日私が座った席の一帯も、ずらっとお客さんが並んでいた。おばさんが多く、賑やかで、みな楽しそうだ。勝手に出入り口近くのカウンター席に腰かけると、無言でメニューが手渡された。メニューを開くが、すぐに閉じる。

私は顔を上げた。


「すみません」


彼はこちらを振り向いた。


柏杜さん。

柏杜さん、だ。


「ディンブラをお願いします」


知っている紅茶を順に頼んでいこう。そう決めた。

かしこまりました、という応えの後。

確認が、付け加えられた。


「ミルクですね?」


柏杜さんはそう尋ねると、サングラス越しに、私の目を見てにっこりと笑った。

ああ、なんだ。覚えていてくれたのか。

はい。

私も笑った。


夕食どきの時間帯だからか、紅茶を飲み終える頃には、店内の他のお客は皆帰ってしまっていた。

曇っていたので夕暮れもなく、窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。


唯一の客は無言で空のティーカップを眺め、唯一の店員は無言で洗ったカップを拭いている。

そんな状態が続いた。


何かを話したい。

だが、何を話したものか。


悩みあぐねんでいると、視線はそのままに、柏杜さんが口を開いた。


「こういうのはどう」


「はい?」


「友達になるまで、一日に一つだけ、お互いに質問しあう」


「…」


沈黙。

真顔で、しばしサングラスを見つめていた。


沈黙が長いからか、柏杜さんが窺うようにこちらを見た。

目が合うと、ぎょっとしたような顔をされた。


「それ…」


柏杜さんは、ただならぬ雰囲気に怯えたように眉根を寄せたまま、黙って続きの言葉を待ってくれた。


「すっごくいいですね」


かすれた声で言った。


「………そう。良かった」


デジャヴ。


「そうと決まればさっそく聞きたいことがあります」


何事もなかったかのように、私は意気揚々と宣言した。


柏杜さんにとっては月並みで、今まで誰もに聞かれてきたことだろうけど。聞くまでもない事かもしれないけど。それでも直接聞きたいから。

再び、真剣なまなざしを向けた。


「はい。なんだろう」


カップを置いて、体ごと向き直ると、柏杜さんはにっこりと笑った。


「その…白髪で…目が赤いということは…。…世に言う……アルビノなんですか!?」


私は聞きたくてうずうずしていた問いを口にして、目を爛々と輝かせた。


しかし温度差は激しく、柏杜さんはぽかんとしていた。

ぽかんとした顔のまま、解答。


「違うよ?」


答えを聞いて、私もぽかんとした顔になった。


「うぇ?」


変な声まで出た。

動けないでいる私を、柏杜さんは面白そうにしばらく眺める。その光景をしばし堪能してから、解説を加えた。


「この前、すごい寝惚けながらシャワーを浴びたんだ」


「…」


「意識もおぼつかないなか、どうやらシャンプーではない何かで頭を洗ったみたいで」


「…」


「…気がついたらこの通り。本当は生粋の日本人たる黒髪だよ」


「そんな馬鹿な!!」


言われてみれば、見事なまでの白髪…にも見えるが、灰色が交じっている。

ならばアルビノであるはずがない。

叫んだまま塞がらない顎に鞭を打ち、はっ、と気を取り直して確認する。


「じゃあ、眼だけが赤いんですか」


「…うぅん…」


唸って、困ったように笑う。雰囲気から、なんとなく答えを察した。

申し訳なさそうな声で柏杜さんは答えた。


「あれはカラコンだよ。…髪に合うと思って。僕の心ににわかに湧いた、昨日限りの、ちょっとしたお洒落心?」


「たしかにとても似合ってましたけど!」


カラーコンタクト!その手があったか。


……ん?

………じゃあなんでサングラスをしていたんだろう?


溢れる質問をこらえる。このままでは質問攻めになってしまう。


「ほら」


証明とばかりに、柏杜さんが自らのサングラスに手を掛けた。

隠れていた瞳があらわになる。


生粋の。

日本人たる、黒色だった。

少し色素が薄いのか、光の加減で茶色にも見えるが、いずれにせよ赤色とはほど遠い。


「…なんだ」


いつの間にか立ちあがっていた私は、力が抜けたように椅子に腰を落とした。言葉を切って、ゆっくりと息を吐く。真意を測りかねたのか、やはり黙って、怪訝そうに続きを待つ柏杜さん。

隔たりのない、茶色い目を見つめた。


「その方が、格好好いです」


笑みが、自然と顔に浮かんでしまう。


「…!」


私の笑顔に、彼は驚いたような顔をした。


「柏杜さんは、格好好い」


言いたかったことが、言えた。

自然と、満面の笑みになってしまう。


「…」


対照的に、柏杜さんの表情はどこか冷えていた。

沈黙。

彼が口を開く。


「…それ「邪魔するわよー!…いいえ!邪魔じゃないわ!!」


柏杜さんが何かを言おうとした時、発言にかぶさるように、入店した誰かが叫んだ。叫びながら自分をフォローした。

出入り口を背にしていた私は甲高い声に驚き、委縮して後ろを向けず、固まってしまう。

突然の訪問者は側をすり抜け、店の奥へ颯爽と突き進んだ。ハイヒールの靴音が店内に小気味よく響く。

視界に入る。


真っ赤だ。


それが第一印象だった。

コーディネートが赤で統一されている。巻かれた黒髪は艶やかで美しく、透き通るように白い肌というものを、現実で初めて目にした。それらが全身の赤を際立たせていた。

真っ赤に濡れた唇は、不敵に笑顔を彩っている。


口調も振る舞いも見目麗しさも、まるで王族のようだった。


「匿いなさい、柏杜」


女王は高飛車に言い放った。

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