あかの降臨
一人称と三人称が混じっていたので少し変えましたが、内容は特に変化ありませんので、悪しからず。
電車に乗り、昨日と同じ駅で降りる。
普段利用しない駅だが、程よく寂れた、昔ながらの駅だ。…何故か椅子だけが真新しい。試しに座ると、座り心地も良かった。木製特有の滑らかな手触り。
駅を出て、記憶を辿り、角を曲がると見覚えのある交差点が見えた。
昨日と同じ夕暮れ。昨日と同じ店の看板。
店の前に立ち、扉の取っ手に手を掛けた。
「いらっしゃい」
小さな、丸くて黒いレンズのサングラスをかけた店員は、そう言って新しい客を迎え入れた。
今日も綺麗な白髪だ。…サングラスは三つめだ。
「こんにちは」
二回目の来店。
きっと、まだ覚えられてはいないだろう。…それでも構わない。
昨日と違って、店内は人が多かった。四人席はすべて埋まり、昨日私が座った席の一帯も、ずらっとお客さんが並んでいた。おばさんが多く、賑やかで、みな楽しそうだ。勝手に出入り口近くのカウンター席に腰かけると、無言でメニューが手渡された。メニューを開くが、すぐに閉じる。
私は顔を上げた。
「すみません」
彼はこちらを振り向いた。
柏杜さん。
柏杜さん、だ。
「ディンブラをお願いします」
知っている紅茶を順に頼んでいこう。そう決めた。
かしこまりました、という応えの後。
確認が、付け加えられた。
「ミルクですね?」
柏杜さんはそう尋ねると、サングラス越しに、私の目を見てにっこりと笑った。
ああ、なんだ。覚えていてくれたのか。
はい。
私も笑った。
夕食どきの時間帯だからか、紅茶を飲み終える頃には、店内の他のお客は皆帰ってしまっていた。
曇っていたので夕暮れもなく、窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。
唯一の客は無言で空のティーカップを眺め、唯一の店員は無言で洗ったカップを拭いている。
そんな状態が続いた。
何かを話したい。
だが、何を話したものか。
悩みあぐねんでいると、視線はそのままに、柏杜さんが口を開いた。
「こういうのはどう」
「はい?」
「友達になるまで、一日に一つだけ、お互いに質問しあう」
「…」
沈黙。
真顔で、しばしサングラスを見つめていた。
沈黙が長いからか、柏杜さんが窺うようにこちらを見た。
目が合うと、ぎょっとしたような顔をされた。
「それ…」
柏杜さんは、ただならぬ雰囲気に怯えたように眉根を寄せたまま、黙って続きの言葉を待ってくれた。
「すっごくいいですね」
かすれた声で言った。
「………そう。良かった」
デジャヴ。
「そうと決まればさっそく聞きたいことがあります」
何事もなかったかのように、私は意気揚々と宣言した。
柏杜さんにとっては月並みで、今まで誰もに聞かれてきたことだろうけど。聞くまでもない事かもしれないけど。それでも直接聞きたいから。
再び、真剣なまなざしを向けた。
「はい。なんだろう」
カップを置いて、体ごと向き直ると、柏杜さんはにっこりと笑った。
「その…白髪で…目が赤いということは…。…世に言う……アルビノなんですか!?」
私は聞きたくてうずうずしていた問いを口にして、目を爛々と輝かせた。
しかし温度差は激しく、柏杜さんはぽかんとしていた。
ぽかんとした顔のまま、解答。
「違うよ?」
答えを聞いて、私もぽかんとした顔になった。
「うぇ?」
変な声まで出た。
動けないでいる私を、柏杜さんは面白そうにしばらく眺める。その光景をしばし堪能してから、解説を加えた。
「この前、すごい寝惚けながらシャワーを浴びたんだ」
「…」
「意識もおぼつかないなか、どうやらシャンプーではない何かで頭を洗ったみたいで」
「…」
「…気がついたらこの通り。本当は生粋の日本人たる黒髪だよ」
「そんな馬鹿な!!」
言われてみれば、見事なまでの白髪…にも見えるが、灰色が交じっている。
ならばアルビノであるはずがない。
叫んだまま塞がらない顎に鞭を打ち、はっ、と気を取り直して確認する。
「じゃあ、眼だけが赤いんですか」
「…うぅん…」
唸って、困ったように笑う。雰囲気から、なんとなく答えを察した。
申し訳なさそうな声で柏杜さんは答えた。
「あれはカラコンだよ。…髪に合うと思って。僕の心ににわかに湧いた、昨日限りの、ちょっとしたお洒落心?」
「たしかにとても似合ってましたけど!」
カラーコンタクト!その手があったか。
…
……ん?
………じゃあなんでサングラスをしていたんだろう?
溢れる質問をこらえる。このままでは質問攻めになってしまう。
「ほら」
証明とばかりに、柏杜さんが自らのサングラスに手を掛けた。
隠れていた瞳があらわになる。
生粋の。
日本人たる、黒色だった。
少し色素が薄いのか、光の加減で茶色にも見えるが、いずれにせよ赤色とはほど遠い。
「…なんだ」
いつの間にか立ちあがっていた私は、力が抜けたように椅子に腰を落とした。言葉を切って、ゆっくりと息を吐く。真意を測りかねたのか、やはり黙って、怪訝そうに続きを待つ柏杜さん。
隔たりのない、茶色い目を見つめた。
「その方が、格好好いです」
笑みが、自然と顔に浮かんでしまう。
「…!」
私の笑顔に、彼は驚いたような顔をした。
「柏杜さんは、格好好い」
言いたかったことが、言えた。
自然と、満面の笑みになってしまう。
「…」
対照的に、柏杜さんの表情はどこか冷えていた。
沈黙。
彼が口を開く。
「…それ「邪魔するわよー!…いいえ!邪魔じゃないわ!!」
柏杜さんが何かを言おうとした時、発言にかぶさるように、入店した誰かが叫んだ。叫びながら自分をフォローした。
出入り口を背にしていた私は甲高い声に驚き、委縮して後ろを向けず、固まってしまう。
突然の訪問者は側をすり抜け、店の奥へ颯爽と突き進んだ。ハイヒールの靴音が店内に小気味よく響く。
視界に入る。
真っ赤だ。
それが第一印象だった。
コーディネートが赤で統一されている。巻かれた黒髪は艶やかで美しく、透き通るように白い肌というものを、現実で初めて目にした。それらが全身の赤を際立たせていた。
真っ赤に濡れた唇は、不敵に笑顔を彩っている。
口調も振る舞いも見目麗しさも、まるで王族のようだった。
「匿いなさい、柏杜」
女王は高飛車に言い放った。