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紅茶店  作者: 方霧
11/21

「…あら!いらっしゃーい」


ぱあっと顔を輝かせて、瑪瑙めのうが迎え入れてくれた。


「ちわ」

「姉様―!!」


冥令めいれいは駆け寄って、瑪瑙の右腕にしがみついた。がっちりとしがみつきすぎて、もはや彼女が瑪瑙の腕の一部のようだ。他の店員さんもその光景は見慣れているのか、くすくすと笑いながら温かく見守ると、すぐ各自の作業に戻った。店内に客らしき人は、私たち以外に見当たらなかった。


店の奥にいたのに、長くなった右腕を引きずりながら瑪瑙の方から近寄ってきてくれたので、慌てて挨拶をする。


「…こんにちは。…あの、瑪瑙さん…」


おずおずと切り出した私に笑顔を向ける瑪瑙。

表情は明るいが、やはり顔色が良くないように見えた。


「こんにちは。久しぶりね、三篠みすずちゃん。…なにかしら?」


「ここ…瑪瑙さんのお店、って…」


「ええ、そうよ。前に言った通り、あたしが店長。…どうかした?」


「…いえ、有名なお店だったので、ちょっとびっくりしただけです」


ようやく笑いのおさまった冥令に連れられてやってきたのは、若者の間で特に人気の有名店だった。

こともなげに、ここ。と言った冥令の言葉に、思わず耳を疑ってしまった。

思い返してみると、最初に貰ったスカートが入れられた紙袋は、この店のものだった気がする。


「瑪瑙さん、すごいです」


目をきらきらさせて見つめた。

この店の紙袋自体もまた有名で、デザインが凝っているのでそのまま他の用途に使う人も多いのだ。街中でも持っている人をよく見かける。


「ちがうでしょう、すずちゃーん」


瑪瑙の右腕が、こちらを見て不服そうな声を出した。言わんとされた事に、はっとして気がついた。


「あ、そうだった…でも、いきなりは…」


もごもごとためらっているのを見かね、右腕は視線を上に移し、本体に報告する。


「すずちゃんが、敬語と“さん”付けをやめるって、今朝約束してくれたんだ」


「あらそうなの!ぜひそうして頂戴」


すんなり。


「えっ」


なんということもなく、ため口の許可が下りた。

そして、にこにこと益々上機嫌になった瑪瑙と冥令に押され引かれ、店の奥へと進むことになった。


「…おれは…」


完全に存在を忘れられていた智者ともひとが、後ろでぼそりと呟いた。





店にある服は、注文をもらった客の“あまり”だそうだ。


その人専用の服を作る場合は、まず、こういうデザインにしてほしい、という客からの要望について話し合い、注文をもらう。続いてそれに沿ったデザインを何パターンか作り、一番気に入ったものを選んでもらう。そうして選ばれなかった他の何着かを店内に安価で並べるのだ。

余りと言っても、余分に作るのは二,三着程度。しかも誰かが欲しいと思ったデザインは、別の人にも需要があるらしく、必ずさばけるらしい。

もちろんそれは、全て秀逸な作品に仕上げる瑪瑙達の手腕があるからこそに違いない。


注文は比較的高値で受け付けるが、その分、店内の服は手頃な値段になっている。注文をするのは多くがマダムだが、子供服、男物も取り扱っているため、店内のバリエーションは豊富だ。

よって年齢層も性別も関係なく、幅広く人気がある。


客層に偏りなく、次第に店内に人が増えていく中、いつの間にか瑪瑙と冥令が私に合う服を選び、試着し、智者が評価するという一定のサイクルが出来上がった。結局三人に見繕われ、買える限りの服を買うことになった。


「あと、はい。これ。」


私の買った服を紙袋に収めると、瑪瑙は紙袋と一緒に、別の服を差し出した。

青を基調としてデザインされたワンピースだった。


「…え、それは…?」


「実は内緒で、三篠ちゃんに合う服をデザインしてたの。丁度今朝仕上がったから…。一刻も早く着て欲しくて」


にっ、と笑うと、服を手に持って更にこちらへ詰め寄る。


「私の…?」


嬉しくて胸が熱くなる。

自分が知らないうちに、誰かが、自分のために何かをしてくれていたという事実が、こんなにも嬉しい。

胸がいっぱいになると同時に、申し訳ない気持ちもこみあげてきた。


「す、すごく嬉しい。ありがとう、瑪瑙。けど、そんな…。もう二着もただでもらってるし…」


「いいのよ!前にあげたのは、あたしが着ることがなかった服から選んだお古だし、これも私が好きで作ったんだから。遠慮しないで」


「え…でも…」


「…そうね。そこまで言うなら、一つお願いを聞いてくれたらあげる、っていうのはどう?」


こくこくと私が何度も頷いたのを見ると、人差し指を口に当て、瑪瑙は不敵に笑った。


「これに着替えてから店を出てくれないかしら」





…恥ずかしい。

絶対浮いている。

絶対目立っている。


歩きながら、緊張で汗を流している私に気がつき、冥令がおかしそうに笑った。


「どうしたの、すずちゃん。顔がこわばってるよ?」


つられて私の顔を覗き込んだ智者はため息をついた。


「…そんな顔している方が人目をひくぞ。まあ、いつものへらへらした顔もどうかと思うけど」


いつもなら反論するものだが、今はそれどころではなかった。

瑪瑙の店を出てから話し合い、このまま三人で柏杜はくとさんの店に行く事になった。どうやら二人も最近は店を訪れていないらしく、久々に会う柏杜さんの事を思ってか、そわそわしているように見えた。電車だとひと駅程度の距離なので、瑪瑙の店から歩くことにする。


十年以上も、パーカーなしで街中を歩いていない。道行く人が、ちらちらとこちらを見ている気がする。

覆うものが無いので、人の視線が気になって仕方がない。

悶々としながらうつむいて歩いていると、右側から声を掛けられた。


「んー…確かに見られているかもしれないけど…それはすずが可愛すぎるから仕方が無いんだよ?…ね、他のひとなんて気にしないで」


そう言う冥令を見上げると、頭に手を置かれた。


「ぼく達がいるでしょ」


満面の笑みだった。

顔が熱くなる。なんでみんな、こんなに優しいのだろう。


「勝手におれを入れんな。…恥ずかしい奴だな」


左側からした声に振り向くと、智者は顔をそむけた。


「なに、ともくん。もしかして照れてる?」


「照れもするだろ!こんなのが姉かと思うと!」


怒鳴りながら振り返った顔が少し赤みを帯びていた。

照れてたのか。


「そういえばともくんも服買えばよかったのにー。掘り出し物が揃ってたのに勿体ないなあ」


私の服を見ながら、冥令は自分の分もしっかり押さえていた。それと同時に、いくつか智者に服を勧めていたが、結局智者自身は何も買わずじまいだった。

責めるように横目で見る冥令を、しれっと見返す智者。


「おれはいいよ、べつに」


「またそんなこと…。ぼくに似て顔もスタイルも良いんだからさあ…ね?すずちゃん」


頭上の会話から突然下にふられて、一瞬怯んでしまった。二人が同時にこちらを見た。


「あ、うん」


同意すると、冥令は嬉しそうに前になおり、智者は無言でむこうを向いた。


「…家にあるので十分だから、要らねえの…っ」


しばらくして、あらぬ方に顔を向けたままで答えた弟を、姉がにやにやと見やった。けれど、すぐにつまらなそうな顔になった。


「まだ言うんだ。ねえ、すずちゃんからもなんか言ってやってよ。こういう服が似合うのに、とかさ」


ほらほらと背中を軽くたたかれながらせかされる。


「えっ、えぇと…」


じっと、むこうをむいたままの智者を見つめる。冥令も眠そうな無表情に戻って、同じ様に智者を見つめていた。

しばらく無言で考える。


「んー…」


「…」

「…」


先刻と同様に、上から同時に見つめられる。


「わからない…」


二人同時に、残念そうな顔になった。


「智者なら何着ても格好良くなるだろうから…」


「…」

「えー?」


冥令が不満そうな声を上げた。


「またそれかぁー。つまんないなーもー。たまにはけなしてやってよー」


完全に不貞腐れてしまった。

慌てて何か言おうとするが、他に言いようもないから困ってしまう。

一人であたふたとしていると、けだるそうにしていた冥令がその様子に気がつき、突然噴き出した。笑いながら、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。


「もういいよ。わかったわかった!本心だから仕方ないよねー。……と、ん?」


ころころ笑いながら、空いている方の手で自分の鞄を探っていた冥令が、ふと立ち止まった。

合わせて、私と智者も立ち止まる。振り返ると、あれー?と言いながら、まだ鞄をごそごそしていた。


「どうかした?」


「ん。ぼく用の薬忘れたみたい。ちょっと家に戻って取ってくるよ。すぐはくちゃんの店行くから、先行って待ってて」


「あ、わかった」


言うが早いか、角を曲がって、さっさと駅に向かって消えてしまった。

私と智者はそのまま柏杜さんの店へ向け、まっすぐ歩を進める。

しばらくお互いに無言で歩いていたが、智者が沈黙を破った。


「おまえさ…」


言いにくそうに、口をもごもごさせている。


「誰に対してもそうなの?」


かなり小声だったが、かろうじてそう聞こえた。


「え、なにが?」


聞き返すと、智者は眉根を寄せて、不機嫌そうな顔で私を睨んだ。


「…なんでもねえ!」


再び沈黙が訪れる。智者に習い、私も元通り前を向いて、先ほどと同じように無言で歩きだした。

どういう意味なのだろう。

今日の智者は、朝から様子が変だ。


もういちど、智者が口を開く。


「そういえば、ちゃんと聞いてなかったけど」


いつも通りのしれっとした顔をこちらに向けた。


「なんで柏杜と友達になりたいとか思ったんだ?」


ここで、ストーカーしようと思ったんだ?と、言わないところが智者の真面目な性格を表している。


「…初めて会ったとき」


智者の真面目さに応えてか、つられてか、無意識に冥令にしたのとは違う返答をしていた。

もっと具体的に。

もっと根本的な。


「目があった瞬間」


言葉を探しながらなので、ぽつりぽつりとした言葉になる。

智者は何も言わない。


柏杜さんの顔を思い浮かべた。


「ほほえんでくれたから」


私の目を見つめたまま、細めてくれた。


逸らすでもなく

見開くでもなく

すがめるでもなく



…温かかった。



「すぐに険しい顔に戻ったけどね…でも、そんな反応…日本に来てからは初めてで」


あの笑顔が焼き付いて離れない。


電車に乗ってから、もうこちらを見ようとはしなかった。それでもぼうっとしてしまって、きらきらと美しい頭髪ばかり見つめていた。気がついたら――…



ああ、と智者は声を漏らした。その声で、意識が現実へと戻る。


「あいつは昔からそうなんだよ。誰に対しても、目があったらまず、とにかく微笑むんだ」


横顔を盗み見ると、そう言った彼の顔にも笑みが浮かんでいた。困ったように笑っていた。

正面に向き直ると、思わず私も笑顔になった。


「そう。きっと誰に対してもそうなんだな、って思った。みんなに優しんだって」


驚いた顔をした智者が、こちらを見た気がした。


「その“みんな”に入れたことが、すごく嬉しかった」


満たされた。

初めて、世界に少し馴染めた感じがした。



私は今、どんな顔しているのだろう。



左側から、じっ、と見られる。


「じゃあ…その“みんな”に入れてもらえて満足なら、それで良かったじゃないか」


それが理由なら、それで終わりで、いいじゃないか。


「友達になる必要なんて、ないじゃないか」


様子が気になって顔を伺うと、心底理解できないというような、それでも真剣な顔で、じっと見つめられていた。すぐに顔を戻した。


「さあ…」


いつもと違う。本当に、どうしたんだろう。

そう思うも、答えを探して、気持ちをめぐらせる。


知らないうちに、妙な緊張は完全にほどけていた。


そうだ。自信を持とう。


当初の目的を思い出した。

柏杜さんに早くこの姿を見て欲しい。

フードを捨てたなら、受け入れてくれるだろうか。そう簡単には、いかないのだろうか。

それとも

瑪瑙の言うとおり、もう受け入れてくれていたのだろうか。


思い出を巡らせる。


柏杜さんに、早く会いたい。





***





静かに、三篠からの答えを待っていた。


「さあ…」


おれの顔を見て、不思議そうな顔をした。そう言ったきり、しばらく黙っている。

無言で答えを探す彼女は、懐かしむような目をしていた。その哀愁漂う横顔から、目が離せなくなる。


「人間て、欲深いからかなあ」


こいつほど“欲深い”という言葉が似合わない人間に、おれは今まで会ったことが無い。


「もういっかい、もういっかいって。親しくなれば、もっと近くにいれば、もっとあの笑顔に出会える機会が増えるかなって。もっと優しさに触れられるかなって」


それは。

それは“みんな”から、より突出した“特別”になりたい、ということなんじゃないのだろうか。

特別な――


「それで気がついたんだ。この人と“友達”になりたいっていう気持ちに」


特別な、存在に。


「本当に、“友達”――?」


「え?」


聞こえなかったものか、三篠がこちらを振り向いた。

はっと、おれは口をつぐむ。何を言いかけたんだろう、おれは…。


「なんでもない」


今日はどうにも調子がおかしい。きっと三篠のペースに乗せられているからだ、と思い至る。

軽く頭を振った。


「まああの柏杜だからな!お前がストーキングしたくなる気持ちもわかる」


「まだそれいってるの智者…」


しかし、実際、柏杜を慕っているという面からすれば、おれとこいつは同士みたいなものだ。


「智者も柏杜さん信奉者なんだから、同士でしょう?」


同じ事を考えていたらしい。なんだかおかしくなって笑ってしまった。

すると三篠も嬉しそうに笑った。


「そうだな。いい加減お前の事も名前で呼んでやろう」


「わあ!それでこそだよ智者!名前で呼び合ってこそ友達!」


一層嬉しそうな顔になる。

試しに名前をよんでみよう。


「み…」


「…」


「…みささ?」


「みすずだよこの成金眼鏡」


「ひでえ!だから成金じゃねえって!」


「間違えるたびに、ひとつ悪あだ名命名」


はははっと、三篠が笑った。ばからしくなって、つられておれも笑う。

しばらく二人で笑い合ってから前方に目を向け、思わず立ち止った。


「あれ?どうしたの」


立ち止まったおれの目線の先を追い、三篠もその人影に気がついた。


あと20メートル程度で柏杜の店。

その柏杜の店から更に20メートル程度のところで


柏杜自身が立ちすくんでいるのが見えた。


こちらを凝視している。


「はくっ…」


喜んで、名前を呼んで駆け寄ろうとするが、違和感を感じ、店の前の辺りで足を止めた。

三篠も隣まで走ってきて、やはりそこで歩みをとめた。同様に、異変を感じ取っているようだ。


「柏杜さん…?」


驚愕した形相、とでもいおうか。それは、おれが今まで見た事のない柏杜の顔だった。

足元には、買い出しに行ってきたらしい、荷物が落ちていた。

三篠が近寄ろうとすると、柏杜は突然駆け出した。それからおれ達の傍をすり抜け、乱暴に鍵を開け、自らの店に飛び込み、強く扉を閉めた。


ばたんっ


「柏杜…!?」


おれと三篠は、慌ててそのあとを追った。

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