そうだ、冒険に出よう! ――と思った時が、私にもありました……
旅行へ行く前の準備をしている時が、一番楽しかったなぁ……とw(子供の頃の思い出w)
家の中庭で日向ぼっこをしていた公爵家の末っ子、リヒト五歳は、ふと(そうだ、冒険に出よう)と、「そうだ! 京都へ行こう!」的なノリで思った。
日向ぼっこをしていたお子様用の椅子から飛び降り、トコトコと家の中へと走り出す。その後ろを数人のメイドと、護衛がついて行く――大移動である。
リヒトは『前世の記憶』を生まれながらに有した『転生者』だ。
中身は大人、見た目は子供――どこかの名探偵のようだが、名推理を披露するほどの頭脳は持ち合わせていない。
ごくごく普通の、ちょっぴりオタク思考な無害な人間だ……たぶん。
だがしかし。異世界転生をしたからには、異世界を満喫したくなるのが、オタクというもの。
ただ、今のリヒトは公爵家のお坊ちゃま。しかも五歳児である。そう簡単に出歩けるものではない。現に今も、数人の人間がリヒトを見守るように、微笑ましそうにトコトコ歩くリヒトの後をついている。
前世一般人だったリヒトではあるが、今の生活のコレ――メイドや護衛が後ろをついてくるのは、歩けるようになってからずっとなので、慣れてしまった。
平民常識が貴族の常識に塗り変えられていく……慣れって、こわい。
リヒトは領地を出たことがない。それどころか、家の敷地の外にすら自力で出たことが――ない!
だだっ広い屋敷。部屋の窓から敷地を囲う塀すら見えない。
門なんて遥か彼方だ。辿り着いたことすらない。
いつも途中で別の物に意識が取られるか、疲れて護衛に抱っこされて屋敷に戻るかである。
馬車ですら、二十分近く揺られてやっと門に辿り着くぐらいの広さだ――さすが公爵家。
屋敷内ですら、行ったことのない部屋があるし、うっかり迷子になる広さだ。さす(略)
ふぅふぅ息を吐きながら子供部屋に戻ったリヒトは、メイドに扉を開けてもらい、中へ入る。
子供用の小さな机へ向かい、上に置いてあった『お絵かき帳』にリヒトにしか分からない『家の地図(敷地)』をクレヨンで色分けして描き出す。
お絵かき帳もクレヨンも、過去の偉大なる『転移者』や『転生者』がもたらした技術の産物である。
閑話休題……
お絵かき帳の真ん中に大きな黒い四角――これはお屋敷だ。現在地。
右側にある細長い三つの四角は使用人の寮。
その四角を囲うよう、紙面全体に緑色の“ぐしゃぐしゃ”、“ぐりぐり”がある。これは『緑』――草木や芝で、所々にあるピンクや黄色は花だ。
大きな四角の下、緑色の間にある灰色の『∩』――多分、石畳。馬車が通る道である。
(真ん中が、お家……東の方にあるのが使用人棟でぇ……南の方に……多分、正門……が、ある……はず。……裏門……?)
そして紙面の上の方に黒と深緑のクレヨンで描かれた“ぐしゃぐしゃ”――(北側……『森』があるって聞いた。お家に森って……)
「よし! 『もくてちし』は……ここッ!」
黒と深緑の“ぐしゃぐしゃ”に、リヒトは赤いクレヨンで“ぐるぐる”っと丸を書いて、満足そうに頷く。
(いつもは明るい南側の庭園だからな! 今回は、行ったことのない北側だ!)
フンス! と、鼻息が出る。
言い間違いをしたことに気づいていないリヒトにメイドたちは(あら、かわいい)と、ほっこり。知らぬが仏である。
クレヨンを机の上に置いたリヒトは、クローゼットへ向かう。
クローゼットの戸をメイドに開けてもらったリヒトは、辺りをキョロキョロし、あるモノを見つけると、ぱぁぁぁと顔を明るくした。
そして「うん、しょ……っと!」と、小さなリュックを引っ張り出す。
魔法はある。だが使えない。
五歳のリヒトの腕には『魔力吸引の腕輪』と云う『魔道具』がついている。『魔力暴走』を起こさないためだ。
魔法の練習は、『十歳以上でなくてはならない』という法律がある。
その昔、知識無しに転生者(当時三歳)が興味本位で魔法を使おうとし、魔力暴走を起こしてしまった痛ましい事故や、魔力暴走を使ったテロがあったためだ。
「やるな」「ダメ!」と言われたらやりたくなるのがお子様……。好奇心は猫をも殺す。
実際にやるな。猫どころか、人死が出た。飛散で悲惨である。
そうでなくても貴族――特に高位貴族は魔力が膨大だ。魔力暴走など起こったら被害が甚大になる。
そのため、リヒトは『異世界転生あるある』の『魔力量を増やす=魔力を消費する』と云うことができなかった。『魔力吸引の腕輪』をつけているからだ。
『魔力吸引の腕輪』は一定の魔力量で推移させる魔道具。
子供のうちは成長と共に魔力が増える。魔力暴走を起こさせない程度の魔力を維持するよう、魔力を吸引し、対になっている『箱』に『魔石』をドロップする―― 一石二鳥である。
因みに――『魔力封じの腕輪』と云うモノもあるが、こちらは魔法を使えないよう、封じるモノで、刑罰の一種になる。罪人に装着させるモノだ。閑話休題。
魔法を物理的に封じられているリヒトは、八歳上、五歳上の姉たちが魔法の練習をしているのを見て「ぐぬぬぅ〜!」と歯噛みした。
(異世界ファンタジーなのに! 魔法が! 使えない……! 年齢の壁よ……ッ!)
――大人しく『本』を読むことにした。知識は裏切らない……!
特に五歳上の姉は、リヒトが魔法に興味があるのを知ると、七歳から習う魔法の勉強(座学)で習ったところをリヒトに教え(自慢)、十歳の誕生日には「今日から魔法が使えるのよ!」と、誕生日プレゼントである魔法の杖を見せびらかした。
「むっふー!」と涙目で地団駄を踏みながらも、中身の大人な部分が(次女ちゃん、可愛いかよ)となっていた。温度差が激しい。
――なので、『異世界あるある』の【アイテムBOX】が使えない。『マジックバッグ』が作れない。マジックバッグは高価なので、お子ちゃまには持たせてくれない……。ナイナイ尽くしである。
だからクローゼットから取り出した『小さなリュック』は、ただのリュックだ。
(――持ち物は……飲み物、食べ物……)
「あ! ライト! あとは〜……」
リヒトは、おもちゃ箱から愛用している剣を取り出し、リュックの横へ。それからベッドサイドに置いてある小さな魔道具と、お気に入りの猫のぬいぐるみを持ってくる。
「すいとー、すいとー……すいとー、どこぉ?」
「水筒でしたら調理場ですね」
「りょーりちょー! サンドイッチとクッキー、もらえるかな?」
「(リュックに入れるのかしら?)聞いてみましょう」
「うん!」
メイドの助言に、リヒトは『食料確保』のため調理場へ向かう。
*
アフタヌーンティーの準備をしている調理場へ、猫のぬいぐるみを小脇に抱えたリヒトがトコトコやってきた。
後ろには、もれなくメイドと護衛がついてきている。
猫のぬいぐるみを胸元で大事に抱え、入口から調理場の中をひょっこり覗くリヒト。それに気づいた見習いの少年が、入口に近づいてくると、リヒトに声をかけた。
「リヒトさま、どうかしましたか?」
何故か、料理人たちは皆、厳つい――筋骨隆々である。
その中で見習いの少年は若いこともあり、小柄で細く、威圧感がないので、ちょいちょい調理場にやってくるリヒトとの窓口になっている。
「んとね、すいとー、ほしいの!」
「水筒ですか? 何を入れます?」
「むぎちゃ!」
「麦茶ですね! ……坊ちゃまの好きなチョコと、ナッツのクッキーも持ってきますね……!」
「クッキー! サンドイッチも!」
「“つなマヨ”とキュウリのサンドイッチですね! ……ちょっと待っててください」
「はーい♪」
『食料』GETだぜ☆
*
子供部屋に戻ったリヒトは、机の上にクッキーとサンドイッチ、大好きな麦茶が入った水筒、おもちゃの剣、小さな魔道具、お気に入りの猫のぬいぐるみを置いた。
(よし! 食べ物と飲み物は確保した! ――これらをリュックに詰めて……。剣はベルトに差して、ランタンは持つ。お供は……リュックだな。顔を外に出してぇ……っと)
小さなリュックにクッキーとサンドイッチと水筒を詰め、その上に猫のぬいぐるみを座らせるように入れる。
顔を出させるのは、猫のぬいぐるみにもお外の景色を見せるためだ――淋しいからじゃない……!
「――できたー!」
リュックを「うんしょ……!」と背負ったリヒトは、剣を腰のベルトに差し、お絵かき帳に描いた地図を慎重に破いて折りたたみ、ポケットに。
(完成! 完璧! ――いざ……ッ!)
ガチャっと扉の開く音に、ランタンを手にしたリヒトが振り返る。そこには、黄金に輝く髪を頭の高い位置で結い上げた、動きやすいパンツスタイルの美少女――十歳の姉セレスティアが魔法の杖を片手に立っていた。
「ずいぶんと、面白い格好をしているわね? リヒト」
「ティアねーさま……?!」
(ナンテコッタ……! 検問所が歩いてきやがったぞ?! ――魔法の授業中だと思ったのに……!!)
リヒトにとっての最大の難関――次女の登場である。
「ね、ねーさま……まほーのべんきょー、じゃ……」
「これからよ。でも、その前にリヒトの顔を見ておこうと思って……」
姉セレスティアは杖を腰に差し、ポニーテールを揺らしながらリヒトに近寄ると――――むにゅ。
「にぇ、にぇーしゃま?」
セレスティアは、両手でリヒトのほっぺを触った。
「……はぁ〜〜……むにむに〜(かわいい……)」
「むんにゅ〜〜!!」
ムニムニムニ〜
問答無用で“むちむち”、“もちもち”のリヒトのほっぺを揉む――もちろん、ちゃんと力加減はされている。姉の優しさだ。
「――よし……!」
「……」
満面の笑みを浮かべるセレスティアと、五歳児とは思えない虚無顔で床に座るリヒト――いつもの儀式である。
――因みに。ずっと様子を見ていたメイドたちは、姉弟の交流を微笑まし気に見ていた。(ご姉弟、本日も大変、仲がよろしゅうございます……!)と。
「それじゃあ、リヒト。危ないことは、してはダメよ?」
弟の“可愛い”をチャージしたセレスティアは、お姉さんらしく忠告をして、満足気に部屋を出て行った。
「…………ねーさま……ひどい……」
(……検問官、しつこすぎる……)
リュックを下ろしたリヒトは、中から水筒を取り出し、麦茶をグビッと一口。
「はぁ……ちかれちゃ……」
姉セレスティアの猛攻(?)に、ライフがゼロになったリヒトは、猫のぬいぐるみを抱きしめ、ウトウト……。奇しくも、お昼寝タイムである。
リヒトは、ふかふかの絨毯の上に、そのままコテンと転がる。
(うぅ……まだ、そとにも、でて、ない……のにぃ……)
「すぅ…すぅ……」
リヒトはリュックを枕に、夢の世界へと旅立つのであった。
(そうだ、冒険に出よう! ――と思った時が、私にもありました……)
数ある短編の中からお読みいただき、ありがとうございます。
公式企画、初参戦!
書こうと思ってから僅か三日(思った日も入れると四日)で書き上がった……。ノリってこわいw
(……長女が出てこなかった……)
この後、リヒトは、ちゃんとメイドさんにベッドに運ばれましたw




