屑の王太子がざまぁされた後、次なる求婚者達も屑でした。
「アシュリーテ。久しぶりだな。婚約者が変…辺境騎士団へ行ったんだって?よろしかったら私と婚約してくれないだろうか」
アシュリーテ・リデルク公爵令嬢は驚いた。
爽やかな笑顔を浮かべながら、手を差し伸べてきたのは、隣国の皇太子ベレド。
ベレド皇太子は背が高く黒髪碧眼の凄い美男だ。
以前、王立学園に留学した事があり、その時にアシュリーテはベレド皇太子と親しくなった。
アシュリーテにはハロルド王太子という婚約者がいたのだが、彼はあまりにも女癖が悪かった為に屑の美男と認定され、屑の美男をさらって教育するという変…辺境騎士団にさらわれてしまった。
国王陛下が息子を見限って変…辺境騎士団へ依頼したらしい。
離宮に閉じ込めて病という事にして殺すよりは、と苦渋の決断だったとアシュリーテは聞いている。
今日は王立学園の卒業式、婚約者がいなくなってしまったので、兄レイドにエスコートを頼んで出席したのだ。
アシュリーテは銀髪碧眼で、自分の美貌には自信があった。
歳は18歳。今日を持って貴族なら誰しも行く王立学園を卒業する。
元婚約者ハロルド王太子の事を愛していた。
幼い頃に婚約を結ばれた時はとてもまっすぐで、優しい人だったのだ。
だが、王立学園に入ってから変わった。
平民の女性二人と付き合い身体の関係があり、三人目に目をつけた時に、もう駄目だとアシュリーテも国王陛下も思ったのだ。
何であの人は変わってしまったの?
王立学園であの人に、近づく平民の女達が悪いのだわ。
だから、わたくしは二人の女性達を殺した。
退学に追い込んで病という事で殺した。
わたくしはハロルド様を愛していたの。
あの人と、一緒に王国の未来を語ったわ。
あの人と共に見た夕焼けが忘れられない。
わたくしはあの人を愛していたの。
でも、あの人は平民の女性達二人と付き合って、わたくしの事をないがしろにしたわ。
どうしてなんで?王太子というだけで、美男というだけでのぼせ上った女が悪いのよ。
わたくしの大事なハロルド様は、屑の美男として、変…辺境騎士団へ行ってしまった。
どうしてなんで?わたくしでは駄目だったの?
心の傷は癒えない。
両親も兄レイドもとても心配してくれて。
でも、今日は王立学園の卒業パーティ。
婚約者がいなくなっても、出席しなけれならない。
兄レイドと共に華やかな銀のドレスを着て、出席する。
そこで声をかけられたのだ。
帝国のベレド皇太子に、
アシュリーテは、にこやかに、
「貴方様は婚約者がおいででしょう。
ベレド皇太子は、
「ブルティリア・ルデス公爵令嬢の事か。勿論、ブルティリアと結婚する。
君とも結婚する。
正妃はブルティリア。
側妃はアシュリーテ。
ブルティリアは帝国の事を良く解っているからな。彼女を正妃にするのは当然だ。優れた令嬢を側妃に求めて何が悪い。どうせ今から婚活したってろくな相手が見つからないだろう。帝国に来るがいい。歓迎するぞ」
「お断りします」
帝国の皇宮は殺伐としていると噂で聞いている。
ブルティリアの事もアシュリーテは知っていた。
ベレド皇太子と共に留学していたからだ。
美しく、とてもプライドが高い女性で、アシュリーテの事を目の敵にしていた。
留学中、ベレド皇太子がアシュリーテと勉学の事で親し気に付き合っていたからである。もちろん、その場にハロルド王太子も、ブルティリアもいたのだが。
絶対に帝国の皇宮に入るのは嫌だわ。
酷い目に遭うのは目に見えている。
ベレド皇太子は、
「君だって私の事を好きなのだろう。ハロルドより余程、イイ男だ。そんなに照れなくてもいい」
「照れてなんていません。王国育ちのわたくしが、帝国の皇宮で苦労するのが目に見えているからです。お断りします」
「私が守ってやろう。愛しい側妃が泣いているのを見ていられる程、酷い男ではない」
「守っていただく前に、そういう環境に身を置きたくはありませんわ」
「でも、君と私との愛があれば、苦難は乗り越えていけるだろう」
「愛なんてありません。確かに留学中は親しく話をさせて頂きました。こちらの王国の歴史を学びたいとおっしゃったので。力になりましたわ。でも、それだからって貴方の事を好きとかそういうのは一切ございません」
「照れなくても、私は君の事を愛している。君が帝国の皇宮で暮らしやすいよう全力で力を尽くすよ」
「ですから。帝国に行きたくありません」
「拒否する顔もなんて素敵なんだ。まぁいい。私は諦めない。一旦、帝国に帰らなくてはならないが、今度来る時は、手土産を持ってリデルク公爵家に伺うよ。もちろん、帝国の皇太子である私に恥はかかせないだろうね」
手の甲にキスを落とすとベレド皇太子は、
「次、来る時は君が私の愛を受け取る時だ。楽しみにしている。照れ屋なアシュリーテ」
去って行くベレド皇太子の背に向けて、
ハイヒールをぶつけたい気持ちになった。
人の話をまったく聞いていないわ。
照れ屋さんってどういうこと?
わたくし、あの人を好きっていいましたっけ?
兄のレイドが呆れたように、
「どうしようもない男だな。だが、至急婚約者を決めないと、今度、あの男がやって来た時に、断りづらくなる」
「そうですわね。でも、いい家の男性は皆、婚約者がおいででしょう」
そう、同じ年ごろの高位貴族の男性は大抵、結婚しているか婚約者がいたりするのだ。
爵位が下位の貴族ならまだ、見込みがあるかもしれない。
至急、婚約者を決めないと、帝国に行くなんて嫌。
ふと、背後から声をかけられた。
「あの、アシュリーテ様。私とダンスを踊って下さいませんでしょうか」
ユリウス・ヴァルデン伯爵令息。
爵位は下で伯爵家。クラスが違ったので、あまり交流した事がない男性だ。
黒髪碧眼のおとなしそうな彼は、アシュリーテに手を差し出して、
共にダンスを踊る。
アシュリーテに向かって、ダンスを踊りながら、
「私は今、婚約者がいないのです。ずっとアシュリーテ様に憧れておりました。どうか、私を婚約者候補に考えて頂けないでしょうか。私は跡継ぎです。アシュリーテ様がヴァルデン伯爵家に嫁いできて下さったら両親が喜びます」
アシュリーテは即答を避けた。
彼の事を良く知らない。
調べてみる必要があるわ。
ダンスを踊り終わって、
ユリウスは、
「改めて婚約の申し込みにそちらのリデルク公爵家に伺います。その時、良い返事がもらえると有難いです」
と言われた。
兄レイドに、
「ユリウス・ヴァルデン伯爵令息に婚約をしたいと言われたわ。ただわたくしは彼の事を知らない。お兄様、調べて頂けないかしら」
レイドは頷いて、
「調べてみよう。任せておいてくれ」
ユリウスの事を至急、調べて貰うことにした。
翌日、思わぬ客があった。
ブルティリア・ルデス公爵令嬢が訪ねてきたのだ。
わざわざ隣国である帝国から、馬車に乗って護衛騎士四人を引き連れ、
客間に通すと、アシュリーテはレイドと共にブルティリアと対面した。
ブルティリアは出された紅茶を優雅な手つきで飲んでから、一言。
「貴方、ベレド皇太子殿下と結婚するのかしら」
アシュリーテは、慌てたように、
「お断りしようと思っております。わたくしに帝国の皇宮生活は無理だわ」
「それならいいけれども。ベレド皇太子殿下に言われたわ。貴方を側妃に迎える事になったと。でも、わたくしが正妃、貴方が側妃。貴方がベレド皇太子殿下と側妃として結婚するのなら、覚悟することね。わたくしね。彼の事を愛しているの。側妃なんて許せない」
アシュリーテは思った。
自分もハロルドの事を愛していた。
だから、浮気相手の平民の女達を始末したのだ。
ブルティリアは自分に似ている。
確実にアシュリーテを殺すだろう。
アシュリーテは、
「わたくし、帝国に行きませんわ。ベレド皇太子殿下の事なんてなんとも思っておりません」
「あらそう?ベレド皇太子殿下は嬉しそうに、貴方に愛されているって言っておりましたけれども」
睨まれた。
背筋がぞっとする。
ブルティリアは立ち上がり、
「わたくしは失礼するわ。二度と貴方と会わない事をわたくしは望むわ」
そして、こちらを見てにぃと笑って、
「まぁ貴方と再びお会いしても、病ですぐに貴方は亡くなるでしょうから、長い付き合いにはならないわね」
優雅にブルティリアは出て行った。
絶対に帝国になんて行きたくない。
アシュリーテはそう思えた。
ユリウスに対してレイドが調べてきた。
彼は普段はとてもおとなしく優秀な男性なのだが、婚約者だった伯爵令嬢から婚約を解消されたそうだ。
その原因が、彼が物に当たって壊すという面を持っているということだ。
ユリウスの部屋の机はへこんだ後がある。
彼はイラつくと物に凄く当たるのだ。
それが怖いと伯爵令嬢が婚約解消を申し出た。
だから今、彼は婚約相手がいないのだ。
アシュリーテはレイドに向かって、
「彼の物に当たるという癖がいつ、人に向かうか解りませんわ。わたくし、そのような恐ろしい方と婚約を結びたくありません」
レイドも頷いて、
「そうだな。婚約者候補から外そう」
しかし、翌日、花束を持ってユリウスが訪ねてきた。
「私の気持ちを知って頂きたくて、訪ねて参りました。どうか、私と婚約を結んで下さい」
アシュリーテは差し出された花束を受け取らず、
「申し訳ないのですが、わたくし、貴方と婚約を結ぶつもりはありませんわ」
「何故です?私の爵位が貴方の家より低いからですか」
「いえ、別の理由があるのです。貴方には心当たりがあるでしょう」
「私が乱暴だからですか。確かに私は物に当たる癖があります。でも、それは物だけです。人に暴力をふるったことはありません」
「でも、わたくしはそれが怖いのです。いつかエスカレートするかもしれない。前の婚約者であった令嬢も貴方のその癖が原因で婚約解消を申し出たのではありませんか」
ソファの端にウサギの縫いぐるみが置いてあった。
ユリウスはイラついたように、そのウサギを思いっきり蹴り飛ばした。
蹴られたウサギは窓に当たり、首がもげてしまった。
「申し訳ありません。あまりにも悲しくてついウサギの縫いぐるみに当たってしまいました。私は決して貴方に暴力は振るいません」
ぞっとした。
絶対に危ない。そうアシュリーテも思った。
兄レイドもそう思ったらしく。
「ユリウス、すまないが。婚約申し込みは受け付けられない」
ユリウスは、
「諦めたくないっ。私はアシュリーテ様を絶対に幸せにしてみせる」
そこへ、使用人が来訪を知らせる前に、ベレド皇太子が強引に客間に乱入してきた。
「何を揉めているんだ?」
ユリウスがベレド皇太子に向かって、
「貴方は誰です?関係ないでしょう」
ベレド皇太子は胸を張り、
「私はアシュリーテと婚約するのだ。大いにアシュリーテと関係ある」
アシュリーテは慌てたように、
「お断りします。帝国になんて行かないわ」
「照れる事はないだろう。本当に照れ屋でなんて可愛いんだ」
「照れてなんていません。ブルティリア様にも釘を刺されましたわ。帝国に来たら命が終わります」
ベレド皇太子はハァとため息をついて、
「まったくブルティリアは嫉妬深い女だ。魅力的な私が悪いのだが。君の事は絶対に守ってみせる。だから帝国へ行こう」
ユリウスが叫んだ。
「私と結婚して下さい。絶対に大切にします」
アシュリーテはイラついた。
だから言ってやった。
「貴方達、どちらとも婚約も結婚も致しませんわ。人の話を聞かないベレド様とも、物に当たる危ない性格のユリウスとも結婚致しません。わたくしはわたくしの選んだ人と結婚致します。お帰り下さい」
二人を睨みつけて、アシュリーテは、
「何が照れ屋さんよ。照れていないわ。わたくしを守る?帝国の皇宮の奥殿は女性だけの世界よ。正妃の力が強いと聞くわ。口先だけ。守れるはずないでしょう。
それに、ユリウスっ。物に当たるなんて、物は大事にしなければならないでしょう。それなのに。その暴力をいずれわたくしが受けるのもまっぴらごめんよ。お帰り下さい。大至急。二度とわたくしの前に姿を見せないで」
二人を追い返した。
そしてどっと疲れた。
兄レイドが、
「大変だったな。これだけ強く言ったんだ。あの二人は二度と、我がリデルク公爵家に関わらないだろう」
アシュリーテは、
「婚約者を新しく探さねばなりませんね。わたくし、いつまでもこの家にいる訳にはいきませんから。そういえば、お兄様も。そろそろ見つけないと。わたくしの結婚を見届けるまで婚約者は必要ないって、公爵家の跡継ぎがそれではまずいですわ。良い令嬢が残っておりませんでしょう」
レイドは眉を寄せて、
「お前と私は血が繋がっていない。互いに連れ子同士の結婚だ。私はずっとアシュリーテの事を思っていたよ。アシュリーテがちゃんとした結婚をするまで、私の相手は必要ない。爵位は下位でもいいが、良い相手が見つかるといいな。全力で一緒に探そう」
優しい兄レイド。
ずっとずっとハロルドの事、ばかり見ていた。
ハロルドが浮気をして心が傷ついて、苦しくて苦しくて。
浮気性のハロルドに一番腹を立ててくれたのがレイドだった。
その優しさに何度救われた事か‥‥‥
アシュリーテはレイドに向かって、思い切って告白した。
断られたらどうしましょう。でも、今、言わないときっとわたくしは一生後悔する。
「お兄様はずっとわたくしの事を心配して傍で支えて下さったわ。わたくしがハロルド様に傷つけられた時も慰めて下さった。わたくしはお兄様になにも返せてはいないわ」
息を吸い込んで、まっすぐにレイドを見つめた。
「お兄様さえよろしければ、わたくしと結婚して下さいません?勿論、領地にいる両親の許可が必要でしょうけれども」
受け入れてくれるの?お兄様。
ああ、お願い。受け入れて。わたくしはきっとお兄様の事が好きなんだわ。
いつも冷静なレイド。そんなレイドは珍しく真っ赤になって、
「私でいいのか?本当に私で???」
「ええ、お兄様はずっとわたくしの傍にいて、わたくしの為に心を砕いて下さいました。わたくしはお兄様さえよろしければ、結婚したいわ」
胸がドキドキする。
レイドが抱き締めてくれた。
「これからは、レイドと呼んで欲しい。愛しているよ。ずっと昔から。ずっとお前だけを見つめていた。どうかこれから、よろしくお願いするよ」
想いが通じた。涙が零れる。
ああ、わたくしは幸せになれる。やっとやっと幸せになれるわ。
レイドの腕の中で、アシュリーテは初めて心から平穏を感じた。
両親に報告したら、
父は、「アシュリーテを嫁に出さずに済むのなら、それはそれで。父としては嬉しいぞ」
アシュリーテにとって父は血の繋がった父だ。
父が母のリデルク公爵家に婿入りしたのだ。
母には既に、レイドという息子がいた。
母であるリデルク公爵夫人は、アシュリーテに向かって、
「レイドがなかなか相手を決めなかった訳は知っていたから、ハロルド王太子殿下との婚約がなくなった時点で、さっさとアピールすればよかったのよ。本当にヘタレなんだから。でも、めでたく決まってよかったわ。アシュリーテ。レイドをよろしく頼むわね」
と喜んでくれた。
アシュリーテがレイドと婚約を発表した。
帝国のベレド皇太子から、
ただ、一通の手紙だけ送られてきた。
愛しい愛しいアシュリーテ。
君が兄君と結婚するなんて、本当に驚いた。
君は私を愛しているはずなのに、本当に奥ゆかしい、恥ずかしがり屋な女性なのだな。
そこがまた、最高に愛しいんだが。
まぁいい。今回は近々祝いの品を贈らせて貰おう。
ただ、兄君の事が飽きたなら、いつでも私の懐は空いている。
今宵も君はきっと私の事を思って枕を涙で濡らすのだな。
なんて可哀そうに。
いつでもどこでも君の事を思っているよ。
愛しのベレド皇太子より
アシュリーテは無言で引き出しにその手紙を仕舞った。
いやもう、見たくはないわ。
本当に薄気味悪い勘違い男。
帝国って言葉だけで虫唾が走りそう。
その様子を見ているレイドが、笑いながら、
「相当、皇太子の事が嫌いみたいだな」
「ええ、大嫌いよ。縁がなくなってせいせいするわ。あ、お祝いが贈られてきたら、礼状を書くのも嫌だわ」
近々、あのブルティリア・ルデス公爵令嬢と結婚するらしい。
恐ろしい女性なので、他の女性を皇宮に入れたら、すぐに病死になるだろう。
つくづく、縁が切れてよかったと思うアシュリーテであった。
ユリウスは、二人の婚約を聞きつけて、祝いの高級な食器セットを贈ってくれた。
ただ、レイドが調べた所によると、彼の部屋はめちゃくちゃに破壊されていたらしい。
丁重に礼状は書いたが、あまり関わりになりたくない相手だわとレイドと共にそう話をした。
レイドと一緒に、のんびりとテラスでお茶を飲む。
あれ程、愛したハロルドの事を最近、思いだすことが無くなった。
愛しいレイドが傍にいて、今、幸せだから‥‥‥
そう、わたくしはやっと幸せを感じる事が出来た。
それは愛しいレイドが傍にいてくれるから。
レイドの顔を見つめれば、にっこりと微笑んでくれた。
彼の背後に咲く庭の薔薇が綺麗で。
アシュリーテはレイドの顔を思わず見惚れた。
やっと訪れた平穏に、心から感謝をするアシュリーテであった。




