クッキーとアイギス
俺、アイギス・刹那は学園の生徒会室で途方にくれていた。セリアと、九尾の守り手の部下たちが座っていた。
自分の人生が輝いているのが当たり前だった。優秀な長である俺に付いてくる可愛い部下たち。
時には厳しい訓練を処した。時にには士気を高めるためにアイギス会(飲み会)を開いた。それも全て部下のためを思って……。
「アイギス様……、あなたの仕事ぶりは尊敬出来ます。ですが、あなたは人として間違っています。人は暴力では動きません……」
「アイギス様、時間外労働というものはご存じないのですか? 私が休みの日にも連絡をし、あまつさえ、休日出勤に駆り立てる……。頭おかしいのですか?」
「アイギス様……自分だけ仕事が出来たとしても、部下に伝わらないとわからないです。いいですか、あなたがいるとチームに嫌な空気が流れるんです。作業効率が70%まで落ちます。お願いです。このチームから抜けてください」
「アイギス様――、ご存知ですか? あなたは確かに完璧な人間です。それを……他人に求めないでください。あげく、私たちが出来なかったらため息を吐いて『俺がやる』と言わないでください……、あれ、本当に嫌です。ひぃ、怒らないでください!」
と、そこで、生徒会長のセリアが扇子をぱんっと叩いた。
「本当にあなたたちには迷惑かけたわ。あとは私の従者の指示に従ってほしいわ。……ちゃんとした補填はします。ですので、この国を嫌いにならないでください」
「そんな、セリア様が頭を下げないでください!」「セリア様は天使です! 僕たちはセリア様のためだけに頑張りました!」「次のリーダーがカムイ様なので大丈夫です。あの人は部下に適切な指示を与えてくれて、褒めて伸ばしてくれます!」「残業がないんですよ!」「しかもおやつ付き!」
俺は固まっていた。時間が過ぎるのを待っていた。俺が育てた『九尾の守護者』は消えてなくなってしまった。刹那家がこの帝都で力を無くしたからだ……と思ったら違った。
単純に俺がリーダーとして不適切という評価をセリアと母上から頂いた。
どうやら、俺と右腕のジョシュアだけで仕事を回していた。というよりも、ジョシュアしか俺に付いてこれなかった。……最近の妖狐どもは……と、愚痴っていたばかりだったのに。
扉がパタンと閉まる。生徒会室は俺とセリアだけとなった。
「……集団訴訟。アイギス、その意味は分かっているわね。」
「だがしかし――」
「――アイギス」
猫族特有の喉の奥からカッという音を鳴らす威嚇。セリアが本気で怒っている証拠だ。
俺は素直に「すまない、セリア。全部俺の不手際だ。俺は責任を取って、父の左遷先に向かおう。……自分を見つめ直して――」
大きなため息を聞こえてきた。
「はぁ〜〜。それは絶対に駄目。あなたはね、自分が思っている以上に優秀過ぎる人なの。でもそれは上に立つ人間の優秀さじゃないの。あなたは一人で考えても絶対に答えがでない。だから、帝都からでることは許されないわよ」
「帝都から出ることが許されない? そ、それは」
「ええ、あなたは変わる必要があるのよ。……ねえ、もしもあなたの奥様が先にご飯を食べていたら?」
「そんなの有りえないだろ?」
「……もしも、勝手に出かけていたら?」
「非常識だ。俺の許可が必要だ」
……セリアが頭を抱えていた。俺は……また間違えた答えを言ったのだろうか?
「アイギス。……私はあなたの親友です。あなたは私に対して一切、下心がなく、まるで男性の友人のように接してくれる唯一の人です」
「……ん? それは当たり前のことだろ。セリアは親友だ。それ以外に何がある?」
セリアはもう一度深い溜息を吐いた。
「本当にあなたは……。私はあなたという存在に何度も救われました。心も身体もです。だから、私は絶対にあなたを見捨てません」
「よくわからないけど、お願いする。俺は自分の何が悪いかわからないんだ……」
「大丈夫です。まずはこの3ヶ月間、ビオレッタ邸には出入り禁止です。指定の宿泊所で――」
ん? これは一体何が起こるんだ?
***
「ジョシュア……狭いぞ。なんて狭いんだ! 俺の部屋はどこなんだ!」
「ああ、もううるさいな! アイギス様、いいですか、ここはアパートです! 他の人が住んでいるので迷惑がかかります!」
「風呂はどこだ? トイレはどこだ? 服もないぞ?」
俺は困惑していた。あの後、セリアの護衛に首根っこを掴まれて、学園から引っ張られた来たのはこのボロアパートだった。
この部屋に放り込まれ、俺は途方に暮れていた。気がついたら夕方になっていた。
誰かがご飯を持ってくる。そう思っていたらジョシュアがやってきたのであった。
「……だから、僕はご飯なんて作りません! いいですか、セリア様から猫聖魔術で加護を頂きました。アイギス様は僕の命令に逆らえません! だから――」
「そうか、やっぱりお前も……俺のパワハラの被害者だったのか……」
俺は本当に無能だ。ジョシュアは俺が特に目をかけていた。こいつは素質と努力する才能の塊だ。行く行くはリーダーを任せられる人材だった。
「いや、正直、僕は……、キツかったから成果を得られた、と思っちゃう妖狐ですから。えっと、そんなに嬉しそうな顔をしないでください! 事実、アイギス様はパワハラしていましたから!」
「それがよくわからないんだ。……ジョシュア、すまん。俺と一緒に考えてくれないか?」
ジョシュアの目が大きく見開かれた。
「え? あ、その、アイギス様、熱はないですよね? ロゼッタさんとの婚約が破棄寸前っていうのが結構効いたんですか?」
「わからん。だが、このままでは駄目だっていうのがわかった」
ジョシュアがぼそりと「……そっか、だからセリア様は……庶民と同じ目線で…………」など言っていたがわけがわからない。
俺は畳の上にゴロンと寝転がった。お行儀が悪い、と叱られることはない。
……どうすればいいかわからないなら、色んな人と触れ合ってみるのがいいのか?
俺は狭い世界でしか生きていなかった。クラスメイトの顔が思い出せるか? ……誰一人思い出せない。担任の先生でさえ興味がない。
そんなことを考えていたら腹の虫が鳴った。
「ご飯、自分でどうにかしなければいけないんだな……。ご飯ってどうやって作るんだ」
ジョシュアが静かだった。ちらりと見ると、ジョシュアはすすり泣きをしていた。なんだ、どこかぶつけたのか? 全く、これだから八尾は……いや、ジョシュアは優秀な……元部下だった。
じゃあ俺とジョシュアの関係はなんなんだ?
「ジョシュア……なあ、俺とさ……、その……」
なんだ、この緊張は? 心臓がドキドキする。人と対等に話すのがこんなにも怖いのか?
それでも――俺は……一歩でも前に――
「俺と友達になってほしい。……わからないことが多すぎるんだ」
「……はい……構いませんよ。……僕を、いじめっ子から守って……、なんでもないです。……アイギス様――」
「アイギスだ。友達なら敬語などいらない」
「……アイギス……君。うん、君付けがいいね。じゃあ今から買い物に行こう! 商店街、すごく楽しいですよ」
よくわからないが、心の中で熱い気持ちが湧き上がった。
****
ジョシュアと別れて、買い物からアパートへ帰宅すると、胸がぽっかりと空いたような気がした。
……熱い気持ちが湧き上がる。……浮かれている場合じゃない。
俺は料理というものを経験する必要があった。……ロゼッタが……俺に毎日作ってくれたお弁当。
先ほど、食材店に行って俺は仰天した。あんなにも多くの食材があるとは思わなかった。お弁当に入れられていたものは全て調理して違う姿に変化した後だったんだ。
「……とにかく料理をしてみよう。俺が好きな肉じゃがを――」
***
「うるせえよ馬鹿野郎!!! てめえは死にてえのか!」
突然アパートの扉を開けられた。酒瓶を持った大男が立っていた。俺は今まで感じたことのない恐怖を覚えた。
絶対にこの男には勝てない。英雄と思える圧だった。
男が出ていった瞬間、俺は安堵の息を漏らし、全身から汗が出ていた。
「……少しうるさかったか。まいったな。料理ってこんなに難しいのか」
フライパンの中に入っている肉じゃがは消し炭となっていた。せっかくジョシュアと選んだ食材が勿体ない。俺は消し炭を食べようとしたら、むせてしまって、さっきの男がやってきたのだ。
俺は何もない部屋で膝を抱えて座り込んだ。身支度で金を全て使った。食材はもうない。
空腹で胃が暴れている。どうにか空腹を紛らわそうと水を飲む。
……考えろ、考えるんだ。以前の俺だったら、勝手に料理は出てくるものだ、と思っていた。
金はもうない。母上は働いて稼げと言った。
「……あっ」
俺は制服の中に――ロゼッタが作ってくれたクッキーがあるのを思い出した。
先ほど、買い物で買った皿の上にクッキーを載せ、悪戦苦闘しながらお湯を沸かす。食材屋でサービスでもらった、インスタントコーヒーというものをカップに適当に入れてお湯を注ぐ。
「……は、ははっ、俺にもコーヒーが入れられた」
俺は正座をして、手を合わせる。
クッキーを少しだけ齧る。脳が爆発しそうだった――
「うまい……、なんてうまいんだ……」
このまま全部欲望のまま食べたい気持ちを鋼の理性で抑える。代わりにコーヒーを口に含む。粉を入れすぎて少し苦い……、それでも、いつものコーヒーよりも何故か美味しく感じられた。
また一口クッキーを食べる。
小麦の香り、アーモンドの香り、バターの香り、俺はいままでこんなすごいモノを食べていたのに、全然気が付かなかった。なんだ、これは?
「ぐッ……、ばかやろう、男なら、泣くなアイギス」
クッキーを食べる度に――ロゼッタとの思い出が頭によぎる。俺は……ロゼッタに何を与えられた?
俺は、どれだけロゼッタにひどい事を言ったんだ?
ロゼッタのことを考えると――胸が痛い、本当に痛い。身体を貫かれた時よりも痛い――
なのに、俺はロゼッタのことを考えると、温かい気持ちになれるんだ。
クッキーを食べるごとに後悔が連続してやってくる。涙はもはや止められなかった。
どうしいいかわからないなんて、もう言えない。
ただ、ロゼッタに「ごめん」と言いたかった。
でも、そんなものは自分が楽になるだけだって、なぜか理解出来た。
「なんだよ……、俺、ロゼッタのこと、好きだったんじゃないか……」
初めて意識した好意。それが分かった瞬間、俺の胸に痛みが更に鋭くなり……、悔しくて、悲しくて……、申し訳なくて……、俺は血が出るほど拳を握りしめていた。
涙で畳が濡れる。
いつしか、カーテンのない窓から朝日が昇ろうとしていた――
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