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追放令嬢の人材ギルド、社会不適合者たちが実は最強でした  作者: 九葉(くずは)
第1章

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第7話 ミシェル誘拐未遂事件

役所との対決を乗り越え、ギルドには平穏が戻っていた。

……と、私は思っていた。


「ボス、今日はもう上がれ。残りの帳簿は俺がやる」


夜、閉店作業をしていると、グレイさんが声をかけてきた。

彼は最近、妙に過保護だ。

私がゴミ捨てに行こうとするだけで「座ってろ」と止めてくるし、外出する時は必ずついてくる。


「大丈夫ですよ。あと少しで終わりますから」


「……お前な。少しは危機感を持て」


グレイさんは呆れたように言ったが、その目は笑っていなかった。

窓の外、夜の闇を鋭い視線で見つめている。


「ライオネルの野郎は、もう後がない。何をしてくるか分からんぞ」


「平気ですよ。だって、私には最強の事務員さんがついてますから」


私は冗談めかして笑った。

グレイさんは「やれやれ」と肩をすくめ、奥の給湯室へ入っていった。

コーヒーのおかわりを淹れに行ったようだ。


私はその隙に、店先の看板を片付けようと外へ出た。

ほんの数歩。店の前の通りだ。

街灯もあるし、人通りだってゼロじゃない。


大丈夫。

そう油断したのが、間違いだった。


「――んっ!?」


看板に手をかけた瞬間。

何もないはずの空間が「揺らぎ」、そこから突然、黒ずくめの男たちが現れた。


魔法!?

いや、魔導具による「認識阻害」だ。

姿が見えなかったんじゃない、そこにいるのに「意識から外されていた」んだ。


「確保だ。静かにさせろ」


背後から伸びてきた太い腕に、口を塞がれた。

薬品のような甘い匂いが鼻をつく。

強力な睡眠薬……!


(うそ……っ!)


私は必死に暴れた。

けれど、男の力は強すぎる。

足が宙に浮く。


「暴れるな! 『傷物にするな』って言われてるが、手足の一本くらいなら構わねぇんだぞ!」


男がドスの利いた声で脅す。

依頼主の指示だ。ライオネル様。

私を社会的に抹殺できないなら、物理的に消してしまおうというの?

こんな高価な魔導具まで使って……!


「んぐっ……!」


私は男の腕に噛みついた。

「痛ぇ!」

一瞬、拘束が緩む。


「グレイさ――!」


叫ぼうとした瞬間、腹部に重い衝撃が走った。

ドガッ。

殴られたのだ。


「がっ……」


呼吸が止まる。

視界が明滅する。

痛い。苦しい。

体から力が抜けていく。


「手こずらせやがって……。おい、さっさと馬車に乗せろ」


男たちが私を引きずっていく。

ああ、ダメだ。

連れて行かれる。

意識が遠のく中、私は必死に手を伸ばした。


その時だった。


パリンッ!!


店の中から、何かが割れる音がした。

次の瞬間。


「…………」


音が、消えた。

風の音も、男たちの息遣いも。

世界が凍りついたかのような、圧倒的な殺気が空間を支配した。


「……あ?」


私を抱えていた男が、背後の異変に気づいて振り返る。


「おい、なんだテメェ――」


ドゴォッ!!


男の言葉は続かなかった。

男の体が、砲弾のように吹き飛び、路地のレンガ壁に激突してめり込んだ。


「は……?」


残りの二人が狼狽える。

私を支えていた手が離れ、私は石畳に崩れ落ちた。


カツ、カツ、カツ。


街灯の逆光の中に、人影が立っていた。

見慣れた、背の高いシルエット。

右手には、砕けたコーヒーカップの破片が握られている。


「……高いおもちゃを使ったな」


地獄の底から響くような、低く、凍てつく声。


「軍事用の『認識阻害香』か。……俺の感覚を二秒も狂わせたことは褒めてやる」


「グ、グレイさん……?」


私が掠れた声で呼ぶと、人影がピクリと反応した。

彼は私の腫れた頬を一瞥し、そして男たちに向き直った。


その瞬間。

殺気が、爆発した。


「だが、代償は高いぞ」


「ひっ……!」


男たちがナイフを抜く。

手練れだ。ただのチンピラじゃない。

でも、相手が悪すぎた。


「や、やれ! ただの事務員だろ!」


男の一人がナイフを突き出し、突進する。

グレイさんは動かない。

避けない。


男のナイフが胸に届く直前。

グレイさんの姿が、ブレた。


「遅い」


シュバッ!


「あがっ!?」


男の手首から鮮血が噴き出す。

グレイさんが投げたカップの破片が、正確に腱を切り裂いたのだ。


「ひ、ひぃぃぃ!」


もう一人が恐怖に駆られて逃げようとする。

グレイさんは無表情のまま、瞬時に間合いを詰めた。


「逃がすか」


ドゴッ。

重い蹴りが、男の膝を粉砕する。

「ぎゃああああ!」

悲鳴を上げる男の胸倉を掴み、グレイさんは軽々と持ち上げた。


「……おい」


「ひっ、助け……!」


「依頼主は誰だ」


グレイさんの顔が、街灯に照らされる。

無表情。

怒りすら通り越した、虚無の瞳。

その銀色の瞳を見た瞬間、男の顔が絶望に歪んだ。


「あ、あんた……まさか、『影』……!?」


男は何かを知っているようだった。

裏社会の人間なら知っている恐怖の象徴。

それが目の前にいることに気づいたのだ。


「い、言います! 言いますから命だけは!」

「誰だ」

「く、クライスト侯爵家の若様です! ライオネル様です! 『認識阻害を使ってでも連れてこい』って……!」


「……そうか」


グレイさんは短く呟くと、男の首筋に手刀を打ち込んだ。

男は糸が切れたように気絶した。


路地裏に、静寂が戻る。

転がる三人の男たち。

そして、その真ん中に佇むグレイさん。


怖い。

いつもの優しい彼じゃない。

私は震えが止まらなくて、動けなかった。


すると、グレイさんがこちらを振り向いた。

その瞳から、殺気がスッと消え、痛ましい色が浮かぶ。


「……ミシェル」


彼は駆け寄り、震える私を抱き起こした。

その手は、驚くほど優しかった。


「怪我は」

「お、お腹を、少し殴られて……あと、頬が……」

「……すまない」


彼は私を強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。

彼の心臓の音が聞こえる。

激しく脈打っている。

彼も、焦っていたのだ。魔導具で気配を消され、私の危機に気づくのが遅れたことを。


「俺がついていながら……こんな真似をさせた」


彼の声が震えている。

悔恨と、そして激しい怒りに。


「グレイさん、私……怖かった……」

「ああ。もう大丈夫だ。俺がいる」


彼は私の背中を大きな手で撫でた。

その温もりに、張り詰めていた糸が切れ、私は彼の胸で泣き崩れた。


しばらくして。

私が落ち着くと、グレイさんは私を抱き上げたまま立ち上がった。


「帰ろう。今日はもう休め」


「……あの人たちは?」


「衛兵に通報しておく。……それに、二度と悪さはできない体にしておいた」


さらりと言った言葉に背筋が寒くなったけれど、それは私を守るための非情さだ。

私は彼の首に腕を回し、顔を埋めた。


「グレイさん……ライオネル様は、どうしてここまで……」


「奴は一線を越えた」


グレイさんの声が、再び冷たくなる。


「ボスの経営を邪魔するだけなら、まだ遊んでやるつもりだった。だが、金に物を言わせてお前の体に触れた。……それだけは、万死に値する」


彼は夜空を見上げた。

その瞳には、私が初めて見る、冷徹な「断罪」の意志が宿っていた。


「……事務処理は終わりだ。これからは、俺のやり方でやらせてもらう」


「グレイさん……?」


「安心しろ。……奴には、社会的にも物理的にも、地獄を見せてやる」


お姫様抱っこをされたまま、私は彼の決意を聞いた。

ライオネル様。

あなたは、本当に怒らせてはいけない人を、本気で怒らせてしまったようです。

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