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追放令嬢の人材ギルド、社会不適合者たちが実は最強でした  作者: 九葉(くずは)
第1章

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第5話 元婚約者からの招待状

「……悪趣味ね」


私は届いたばかりの封筒を手に、眉をひそめた。

漆黒の封筒に、金色の蝋で封がされている。

差出人は、クライスト侯爵家。

つまり、元婚約者のライオネル様だ。


「どうした、ボス。眉間に皺が寄ってるぞ」


カウンターで新聞を読んでいたグレイさんが顔を上げる。

私はため息をつきながら、その封筒をテーブルに放った。


「夜会の招待状よ。今週末、王城のホールで開かれる定期舞踏会への」


「へえ。未練がましく復縁要請か?」


「まさか。宛名を見てください」


私は指差した。

そこには、美しいカリグラフィーでこう書かれていた。


『下街の平民 ミシェル・アルレット殿』


「……なるほど。喧嘩を売られてるな」


グレイさんが呆れたように鼻を鳴らした。

通常、夜会の招待状には爵位や家名を書く。

わざわざ「下街の平民」と書き、貴族たちが集まる場に呼びつける意図は一つ。

私を見世物にして、嘲笑うためだ。


「どうするんだ? 破り捨てて燃やすなら、いい種火になるぞ」


グレイさんがライターを取り出す。

魅力的な提案だけど、私は首を横に振った。


「行くわ」


「は? 正気か? サンドバッグになりに行くようなもんだぞ」


「逃げたら、負けを認めたことになるもの」


私は拳を握りしめた。

それに、嫌な予感がするのだ。

最近、うちのギルドに対する根も葉もない悪評――「違法な魔法を使っている」「洗脳している」といった噂が流れ始めている。

十中八九、ライオネル様の仕業だ。


ここで私が堂々としていないと、カイル君やフィーナちゃんにまで迷惑がかかる。

「後ろめたいことがあるから逃げた」なんて言わせない。


「私は今の仕事に誇りを持ってる。それを、あの人の前で証明してみせるわ」


私が宣言すると、グレイさんはやれやれと肩をすくめた。

そして、ゆっくりと立ち上がる。


「……仕方ない。ボスが行くなら、護衛が必要だな」


「え? グレイさんが来てくれるんですか?」


「お前一人じゃ、会場に入った瞬間にハイエナの餌食だ。……それに、俺も少し腹が立ってきた」


グレイさんは封筒の「下街の平民」という文字を、冷ややかな目で見下ろした。


「うちのボスを侮辱するってことは、俺の見る・・・・を馬鹿にされたってことだからな」


          ◇


そして、夜会当日。


私は古着屋で一番マシなドレス(と言っても、数シーズン前の地味な紺色)を買い、髪を結い上げて事務所で待っていた。

アクセサリーは、祖母の形見の真珠のネックレスだけ。

貴族令嬢たちと比べれば見劣りするだろうけど、清潔感と背筋の伸びだけは誰にも負けないつもりだ。


「グレイさん、準備できましたか?」

「ああ。今行く」


二階から、足音が響く。

階段を降りてきた人物を見て、私は言葉を失った。


「…………え?」


そこにいたのは、いつもの猫背で無精髭のおじさんではなかった。


髭は綺麗に剃られ、ボサボサだったロマンスグレーの髪はオールバックに整えられている。

着ているのは、仕立ての良い漆黒の燕尾服。

背筋はピンと伸び、その立ち姿は研ぎ澄まされた剣のように美しい。


「だ、誰ですか……?」


「失礼な。専属事務員のグレイだ」


彼は悪戯っぽく片目を閉じた。

その仕草だけで、心臓が跳ねるほど様になっている。


「その服、どうしたんですか? すごい高級品に見えますけど」


「ああ、昔の……もらい物だ。タンスの肥やしになってたのを引っ張り出した」


彼は袖口を整えながら言う。

もらい物?

その生地、王族が使うような最高級のシルクに見えるのだけど。

それに、カフスボタンには獅子の紋章が刻まれている。あれは確か、王家の古い紋章……?


「……グレイさんって、実はとんでもない身分の方だったりしません?」

「まさか。ただのしがない事務員だ。……行くぞ、エスコートしてやる」


彼が左腕を差し出す。

その所作があまりに自然で、私は吸い寄せられるようにその腕に手を添えた。


「はい……お願いします」


          ◇


王城の舞踏会場は、華やかな光と音楽に満ちていた。

シャンデリアの輝き、グラスが触れ合う音、香水の香り。


私たちが足を踏み入れると、入り口近くの空気が一変した。


「あれは……アルレット家の追放令嬢?」

「なんて地味なドレス。平民になったと聞いていたけど、本当だったのね」


さっそく、嘲笑を含んだ囁き声が聞こえる。

私は顎を引き、顔を上げた。

ここで俯いたら負けだ。


その時、人混みが割れた。

現れたのは、煌びやかな衣装に身を包んだライオネル様と、その腕に寄り添う派手な美女だった。


「ようこそ、ミシェル。……いや、今はただのミシェルだったかな」


ライオネル様が、扇子で口元を隠して笑う。

隣の美女――新しい婚約者の伯爵令嬢も、私を値踏みするように見下ろしている。


「よくその程度の格好で来られたものだ。下街の埃っぽい匂いがするよ」


「……ご招待ありがとうございます、ライオネル様」


私は無視して、カーテシーではなく、経営者としての会釈をした。


「私の店は繁盛しておりますので、ご心配には及びません」


「繁盛? ああ、あの『ゴミ拾い』のことか」


ライオネル様が大声で言った。

周囲の貴族たちが注目する。


「聞いたぞ。Dランクの冒険者や、制御不能の竜人族を集めているそうだな。……相変わらず、君の『鑑定』は狂っているようだ」


「狂ってなどいません。彼らは優秀です」


「優秀? ハッ! 数値が低いクズを集めて何になる! それは国家のリソースの浪費だ。君のような無能が経営者ごっこをしていること自体が、社会の害悪なんだよ!」


彼の声が会場に響き渡る。

クスクスという笑い声が波紋のように広がる。


けれど、私は引かなかった。

真っ直ぐにライオネル様の目を見る。


「害悪、ですか。ではお聞きしますが、ライオネル様。あなたの領地の薬草園、今期の収益はいかがですか?」


「な……なんだと?」


「私が紹介した『数値の低い庭師』を解雇した後、薬草の品質が落ちて取引停止になったと伺いましたが」


ライオネル様の顔が引きつる。図星だ。


「それに、うちの『Dランクの冒険者』は、先月だけで三つの村を魔物から救い、感謝状を頂いています。竜人族の少女は、ホテルの清掃コストを十分の一に削減しました。……これが『浪費』ですか?」


私は一歩踏み出した。


「私は『数値』ではなく『成果』を出しています。経営者として無能なのは、数字に固執して利益を損なっている方のことではありませんか?」


会場が静まり返った。

元婚約者に対し、平民が正論で殴りかかったのだ。


「き、貴様……!」


ライオネル様の顔が真っ赤になる。

プライドを傷つけられた彼は、理性を失った。


「平民風情が、口答えするなあああ!」


彼は逆上し、私を打とうと手を振り上げた。

貴族が平民に暴力を振るう。

その瞬間、私の勝ちが決まった――と思ったけれど。


ガシッ。


振り下ろされた腕は、私の頬に届く前に空中で止まった。


「……おやめください、侯爵令息」


「なっ!?」


私の隣に控えていたグレイさんが、ライオネル様の腕を掴んでいた。


「だ、誰だ貴様! 離せ!」

「これは失礼。私の主人の顔に、虫が止まっていたもので」


グレイさんは涼しい顔で腕を離し、ハンカチで自分の手を拭った。

その動作が、あまりに優雅で、そして無礼だった。


「き、貴様……無礼だぞ! どこの家の者だ!」


「私は彼女のギルドで事務を務めております、グレイと申します」


グレイさんは一礼した。

その角度、間の取り方。

全てが完璧な「宮廷礼法」だった。

怒鳴り散らすライオネル様とは対照的な、静寂を纏った美しさ。


「じ、事務員だと? 平民が私に……!」


「平民の戯言とお聞き流しください。……しかし、これ以上騒がれては、ご自身の品位を損なわれますよ?」


グレイさんは、スッと目を細めた。

その瞬間。

会場の空気が、ピリリと凍りついた。


殺気ではない。

もっと根源的な、生物としての「格の違い」。

かつて王の影として国を背負ってきた男の威圧感が、音もなく広がったのだ。


ライオネル様が、ヒッと息を呑んで後ずさる。


「な、なんだ、その目は……」


「ただの、事務員ですよ」


グレイさんはふわりと微笑んだ。

その笑顔は、大人の余裕と色気に満ちていて――。


「きゃあ……素敵……」

「あの方、本当に事務員?」

「あの立ち振る舞い、どこかの大貴族の隠居なさった方では……?」


周囲の令嬢たちが、頬を染めてざわめき始めた。

暴力を振るおうとしたライオネル様に対し、それを優雅に制した謎の美紳士。

どちらが「上」かは、誰の目にも明らかだった。


「くっ……!」


ライオネル様は周囲の冷ややかな視線に気づき、顔面蒼白になった。

これ以上ここにいれば、恥の上塗りになる。


「……ふん! 行くぞ!」


彼は新しい婚約者の手を引き、逃げるようにその場を去っていった。

その後ろ姿は、惨めそのものだった。


会場に残されたのは、私たちと、グレイさんを見つめる熱い視線の山。


「……グレイさん」


私は彼の袖を引いた。

心臓がドキドキしている。


「ありがとうございます。でも、目立ちすぎです」


「……あー、疲れた」


グレイさんは、小声で呟くと、こっそり腰をさすった。


「慣れない敬語は肩が凝る。……帰るぞ、ボス。湿布を貼り替える時間だ」

「もう……!」


私は吹き出した。

さっきまでの完璧な紳士はどこへやら。

でも、今のこの「おじさん」な彼の方が、私にとっては百倍頼もしくて、愛おしい。


私たちは腕を組み、堂々と会場を後にした。

背後から聞こえる称賛の声を、心地よく聞きながら。

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