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追放令嬢の人材ギルド、社会不適合者たちが実は最強でした  作者: 九葉(くずは)
第1章

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第2話 パン屋志望の少年は、どう見ても重戦士です

グレイさんを拾ってから数日が経った。

埃と蜘蛛の巣にまみれていた廃倉庫は、劇的な変貌を遂げていた。


「……すごすぎる」


私は一階の事務所スペースを見渡して、ため息をついた。


磨き上げられた床板。

脚が折れていたはずの椅子は、継ぎ目すら分からないほど完璧に接合されている。

ガタついていた窓枠は補強され、隙間風一つ入らない。


これ、全部グレイさんの仕業だ。


「グレイさん、あなた本当にただの事務員ですか? 職人ギルドに喧嘩売れますよ」


カウンターの奥で、気だるげに新聞を読んでいるおじさまに声をかける。

彼は髭を綺麗に剃り、私が古着屋で見繕った白いシャツと黒ベストを着ていた。

黙っていれば、どこかの知的な老紳士か、ベテランの執事に見える。


……まあ、腰には湿布を貼っているし、新聞の切り抜きは「安売り情報」だけど。


「あん? 別に大したことはしてない」


グレイさんは面倒くさそうにページを捲った。


「椅子の脚は添え木して固めただけだ。現地の廃材で寝床を確保するのは、まあ……昔よくやった」


「現地ってどこですか。戦場ですか」

「さあな」


彼は煙に巻くが、鑑定で見えた【家事:SS】は本物だった。

彼のおかげで、今日から胸を張って営業できる。


表には看板も出した。

『人材斡旋ギルド・適材適所』。

――あなたの本当の輝く場所、見つけます。


「さあ、記念すべき最初のお客様は誰かしら!」


私はエプロンの紐をギュッと締め直し、入り口を見つめた。

立地は最悪。でも、手書きのビラは市場で配った。一人くらいは……。


カランコロン。


控えめなドアベルが鳴った。


「い、いらっしゃいませ!」


入ってきたのは、おどおどとした様子の少年だった。

年齢は十五歳くらい。

痩せっぽちで猫背、サイズの合わない服を着ている。

目元は赤く、今にも泣き出しそうだ。


「あの、ここ……仕事を紹介してくれるって、ビラを……」


消え入りそうな声。

私はすぐに営業スマイルを浮かべ、彼を手前の椅子に案内した。


「ええ、ようこそ! ギルドマスターのミシェルです。どうぞ掛けて」


少年は、壊れ物を扱うように慎重に椅子に座った。

グレイさんが無言で温かいお茶を出す。


「ひっ、あ、ありがとうごじゃいます……」


少年がお茶を受け取ろうとした時だ。

カチャ、カチャカチャ……。

カップとソーサーが触れ合い、小刻みに震えている。

緊張しているのだろうか?


「それで、相談というのは?」


私が聞くと、少年――カイル君は、膝の上で拳を握りしめた。


「ぼ、僕、パン屋になりたいんです!」


「パン屋さん、ですか」


「はい! 子供の頃からの夢で……焼きたてのパンで、みんなを笑顔にしたくて……。でも、どこの店も雇ってくれなくて。三軒回って、全部半日でクビになりました」


カイル君は涙目で訴える。


「『お前がいると店が壊れる』って……。僕、不器用だけど、パンが大好きなんです! お願いします、どこか雇ってくれる店を紹介してください!」


切実な願いだった。

平和なパン屋への憧れ。それは彼の優しい性格の表れだろう。


私は頷き、彼に許可を求める。


「分かりました。では、カイル君の『適性』を見せてもらってもいいかしら? 私の目は、あなたの隠れた才能を見抜くことができるの」


「て、適性……? はい、お願いします」


彼は素直に目を閉じた。

私は深呼吸をして、いつものフレームを指で作る。

もし適性があれば、調理系の「暖色」か、職人系の「緑色」が見えるはず。


「――【鑑定】」


スキル発動。

世界の色が反転する。


カイル君の体から浮かび上がる光を見る。


(……あ)


私は息を呑んだ。


そこに「暖色」も「緑」もなかった。

パン職人の適性を示す輝きは、限りなく透明に近い、くすんだ灰色。


----------------

【対象:カイル】


適性職業:

パン職人:E(破壊的)

接客:D

計算:D


重戦士タンク:S

物理耐性:A+

筋力潜在値:S(制御不能)

----------------


(うそ……)


灰色の奥に、燃え上がるような「深紅」と、硬質な「鋼色」が渦巻いている。

それは、最前線で敵の攻撃を一身に受け止める、鉄壁の守護者の輝き。


重戦士タンク

しかも、Sランク。

このひょろひょろの、カップを持つ手すら震えている少年が?


私は鑑定を解除し、こめかみを押さえた。

これは……伝えにくい。

パンで人を笑顔にしたい少年に、「あなたは盾として殴られるのが向いています」なんて。


「あ、あの……ミシェルさん?」


カイル君が不安そうに私を見る。

その時、ピシッ、という小さな音がした。


彼が握りしめていたティーカップに、ヒビが入っている。


「あっ……!」

「カイル君、落ち着いて」


「ご、ごめんなさい! またやっちゃった……!」


彼は慌ててカップを置こうとしたが、焦りで指に力が入りすぎたらしい。


バリンッ!


カップの取っ手が粉砕された。

それだけじゃない。彼が体を起こそうとして手をついたテーブルが、ミシッ、と不穏な音を立てる。


「カイル君!」

「ち、違うんです、わざとじゃなくて、僕……!」


パニックになった彼は、立ち上がろうとしてテーブルの端を掴んだ。


「ど、どうしよう、弁償しなきゃ……!」


バキィッ!!


「え?」


凄まじい破壊音が店内に響いた。

厚さ三センチはある頑丈なオーク材のテーブル。

その角が、カイル君の手の形に「へし折れて」いた。


まるで、ビスケットを割るみたいに簡単に。


「…………」


カイル君は、自分の手の中に残った「テーブルの破片」を見て、顔面蒼白になっている。


「あ、あ、あああ……」


「……ねえ、カイル君。パン屋をクビになった理由って、もしかして」


「き、生地を優しく捏ねようとしたら、捏ね鉢が割れちゃって……オーブンの扉も取れちゃって……」


なるほど。

潜在的な筋力Sが、緊張やパニックでリミッター解除されて暴走しているんだ。

普段はおどおどして動きを抑えているけど、焦ると全部壊してしまう。

それではパン屋は務まらない。


「うう、ごめんなさい! 僕なんて生きてるだけで迷惑で……!」


泣きじゃくるカイル君。

私は掛ける言葉を探した。

でも、その前に影が動いた。


「……おい」


それまで空気になっていたグレイさんが、無音でカイル君の背後に立っていた。

カイル君がビクッとして振り返る。


「ひぃっ!?」

「暴れるな。店が崩れる」


グレイさんは、カイル君の肩にポンと手を置いた。

ただそれだけなのに、パニックで震えていたカイル君の体が、スッと落ち着く。

絶妙な力加減で「制止」されたのだ。


「修理の手間が増えたな」


グレイさんは壊れたテーブルを見て、やれやれと溜息をつく。

カイル君が縮こまる。


「ご、ごめんなさい……!」


「安心しろ。請求は出世払いでいい」


「え……?」


「嬢ちゃんの目は正しいぞ、坊主。お前のその馬鹿力、パン屋じゃただの『災害』だが、迷宮なら『才能』だ」


グレイさんは、まるで世間話でもするように淡々と言った。


「いいか。重戦士ってのはな、別に器用に武器を振るう必要はねぇんだ」


「え……そ、そうなんですか?」


「ああ。でかい盾を持って、ただ仲間の前に立っていればいい。お前みたいに頑丈で力がありゃ、突っ込んでくるオークだって片手で止まる」


グレイさんは、カイル君の華奢に見える腕を指差した。


「パン生地みたいに繊細に扱う必要はない。手加減もいらん。向こうから来るのを、ただ全力で受け止めればいいだけだ。……どうだ? 毎日『壊すな』って怒られるより、思い切り力を出して『ありがとう』って言われるほうが、楽だと思わねぇか?」


「……壊しても、いいの?」


「魔物の骨ならな。いくらでもへし折っていい」


カイル君が、自分の手を見つめた。

今まで「呪い」だと思っていたその力が、誰かを守るための「ギフト」になるかもしれない。


「僕……パンで笑顔には、できないけど……」

「魔物から守ってあげれば、みんな笑顔になるわ」


私が引き継ぐ。

力強く、彼の目を見て言った。


「私が保証する。あなたは、誰よりもみんなを守れる、最強の盾になれるわ」


カイル君は、ゴシゴシと涙を拭った。


「……行ってみます。冒険者ギルド」


彼は立ち上がった。

今度は何も壊さないように、慎重に。

でも、その表情からは怯えが消えていた。


「ありがとう、ミシェルさん。……あと、グレイさん」


カイル君は深々と頭を下げ、店を出て行った。

扉を閉める手つきはまだ危なっかしかったけれど、確かに「戦士」の背中だった。


「……ふう」


私は椅子にへたり込んだ。

最初のお客様は、パン屋志望の破壊神だった。


「グレイさん、ナイスフォローでした! あの肩の抑え方、プロっぽかったですよ?」


「……暴れる酔っ払いを止めるのと同じだ」


グレイさんは誤魔化すようにテーブルの破片を拾い上げた。


「それにしても……嬢ちゃんの鑑定眼、恐ろしいな」


「え?」


「一目見ただけで、あいつの『本質』を見抜いた。……筋肉の付き方は誤魔化せても、魂の色までは隠せねぇってことか」


グレイさんが、珍しく真面目な顔で私を見た。

その銀色の瞳に、僅かな光が宿っている。


「良い仕事をしたな、ボス」


ボス。

その響きに、胸が温かくなる。


「……はい! この調子で、次のお客様も幸せにしましょう!」


私は壊れたテーブルを見て、苦笑いした。

修理費のほうが高いかもしれないけど、それでも。

誰かの人生の「正解」を見つけられたなら、安いものだ。


こうして、「適材適所」ギルドの記念すべき第一号案件は、

のちに『不動の城塞』と呼ばれることになる、伝説の重戦士の誕生で幕を開けたのだった。

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