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追放令嬢の人材ギルド、社会不適合者たちが実は最強でした  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第18話 凶刃

「グレイさん!!」


私の悲鳴が、紫色の靄が晴れた路地に響いた。


彼は倒れていた。

うつ伏せに。ピクリとも動かない。

その体からは、まだシューシューと嫌な音を立てて、紫色の煙が上がっている。

毒が、彼の魔力を食い荒らしている音だ。


「嫌……嫌ぁッ!」


私は駆け寄り、彼を抱き起こそうとした。


「触れてはいけません!」


鋭い声と共に、私の腕が掴まれた。

レオナルド皇子だ。

彼はハンカチで口元を覆いながら、苦渋の表情で私を引き止めた。


「まだ毒が残留している。……君まで死ぬ気ですか」


「離して! グレイさんが……グレイさんが!」


私は皇子の手を振り払い、グレイさんの頬に触れた。

熱い。火傷のような熱さだ。

そして、皮膚の下をどす黒い何かが蠢いているのが見える。


「……ボス……」


グレイさんが、うっすらと目を開けた。

銀色の瞳が、濁っている。


「……無事、か……」

「無事です! 私は無事だから……!」

「そりゃ……いい……」


彼は微かに口角を上げようとして、ゴフッ、と大量の血を吐いた。

赤黒い血。それが私の白いドレスを染める。


「……バカな。致死量の『魔素解離毒マナ・ブレイカー』を吸って、まだ意識があるのか」


皇子が信じられないものを見る目で呟いた。


「隊長! 貴様、何をしたか分かっているのか!」


皇子は振り返り、腰を抜かしている衛兵隊長を睨みつけた。

氷のような殺気。

帝国兵たちが一斉に動き、隊長を取り押さえる。


「ひ、ひぃ! 私はただ、命令に従っただけで……!」

「連れて行け。……後でたっぷりと『尋問』してやる」


隊長が引きずられていく。

でも、そんなことはどうでもいい。

グレイさんが死んでしまう。


「殿下! 解毒剤は!? 帝国の毒なんでしょう!?」


私は皇子に縋りついた。

皇子は、痛ましげに首を横に振った。


「……ない」

「え……?」

「あれは最新鋭の試作品だ。解毒剤は帝国の研究所にしかない。……ここから早馬でも一週間はかかる」


「そんな……」


一週間?

今のグレイさんの呼吸は、もう虫の息だ。

一時間だって持つかどうか分からない。


「……すまない。私の監督不届きだ」


皇子が謝罪した。

完璧だったはずの皇子が、悔しそうに拳を握りしめている。

でも、謝罪なんていらない。

欲しいのは、彼を助ける方法だけ。


「い……や……」


リズちゃんが、へたり込んだまま泣いていた。

カイル君とフィーナちゃんも駆けつけてきたが、グレイさんの惨状を見て立ち尽くしている。


終わったの?

ここで?

最強の事務員さんが、私なんかを庇って?


『君には価値がないなんて、誰が言ったんだろうな』


彼の言葉が蘇る。

私に価値をくれた人。

私の居場所をくれた人。

私が「地面」だと言ってくれた人。


(……泣いてる場合じゃない)


私の奥底で、何かが冷たく、熱く燃え上がった。

私が諦めたら、彼は本当に死ぬ。

私は何だ?

ただ守られるだけの令嬢か?

違う。私は『適材適所ギルド』のマスター、ミシェル・アルレットだ。


「……リズちゃん」


私は涙を袖で乱暴に拭い、立ち上がった。


「え……?」


「泣くのは後。……仕事の時間よ」


私は震える指でフレームを作った。

今までの人生で、一番集中する。

彼の体の中を見る。

毒の正体を見る。

死神の鎌を、へし折るための「解」を見つける。


脳が焼き切れるような熱を感じる。

鼻血が垂れた。構わない。


「――【鑑定・最大出力フル・スキャン】!!」


視界が白く染まり、そして世界が「情報」に変わる。


----------------

【対象:グレイ・サイラス】

状態:瀕死(魔素解離毒による臓器不全)

余命:約40分


【毒物解析】

基本構造:合成バジリスク毒素

触媒:魔界花の根

増幅剤:水銀系化合物(人造)

……

----------------


見えた。

毒のレシピが、全て。


「リズちゃん! 聞いて!」


私は鑑定結果を早口で読み上げた。


「合成バジリスク毒素、魔界花の根、それと水銀系の化合物! ……これが成分よ! 中和できる!?」


リズちゃんがハッとして顔を上げた。

彼女の瞳から、怯えが消える。

天才薬剤師の目になる。


「……バジリスクと魔界花……。それなら、相反する『聖属性の薬草』と『ドラゴンの肝』があれば……!」


「聖属性の薬草!?」


「はい! 『聖女の涙』と呼ばれる花です! でも、あれは北の雪山か、迷宮の深層にしか咲かない……王都には……!」


「あるわ」


私は即答した。

頭の中のデータベースが高速回転する。

数日前、カイル君が言っていた言葉。


『迷宮の深層で、壁を壊して落ちちゃったら、すっげー綺麗な白い花を見つけたんだ!』


「カイル君!」


「は、はいッ!」


カイル君がビクッとして姿勢を正す。


「迷宮の深層! 地下20階層の『氷のエリア』! 前に話してた白い花、あれが『聖女の涙』よ! 今すぐ採ってきて!」


「えっ、でもあそこまで普通に行ったら往復で三時間は……!」


「普通に行くな! あなたが作った『近道』を使いなさい!」


「え?」


「壁も床も壊していい! 垂直に降りなさい! あなたの頑丈さと力ならできる! 30分で戻ってきて!」


無茶苦茶な命令だ。

でも、カイル君はニカッと笑った。


「……分かった! 任せて! 僕、壊すのは得意なんだ!」


ドォン!

カイル君が地面を蹴った。

石畳が爆ぜ、人間とは思えない加速で、彼は一瞬で街の向こうへと消えていった。


「次はフィーナちゃん!」


「は、はい!」


「リズちゃんが薬を作るまでの間、グレイさんの時間を止めて! あなたの『浄化の炎』で、毒の進行だけを焼き尽くすの!」


「で、でも……人体に使うなんて……もし失敗して、グレイさんを燃やしちゃったら……」


フィーナちゃんの手が震える。


「大丈夫。あなたはもう『破壊神』じゃない。……グランド・ロイヤルホテルの清掃長よ」


私は彼女の肩を強く掴んだ。


「シルクのハンカチを思い出して。グレイさんの命という、世界一繊細な布地から、毒という『汚れ』だけを取り除くの。……できるわね?」


フィーナちゃんが、ゴクリと唾を飲み込んだ。

そして、強く頷く。


「……やります!」


彼女はグレイさんの胸に手をかざした。

白い、優しい炎が灯る。

炎が毒の紫煙を舐め取り、グレイさんの苦悶の表情が少しだけ和らぐ。


「リズちゃん!」


「はい!」


「カイル君が戻るまでに、下準備を完璧にしておいて! ドラゴンの肝の代用品は、私が倉庫から探してくる!」


「分かりました! ……絶対に、助けます!」


リズちゃんが地下室へ走る。

私も倉庫へ走る。


誰も、泣いていない。

誰も、諦めていない。

それぞれの「適材適所」で、全力を尽くしている。


その光景を、レオナルド皇子が呆然と見ていた。


「……なんなのだ、これは」


彼は呟いた。


「子供に、亜人に、小娘だぞ……? システムも、指揮系統もない烏合の衆が……なぜ、これほど統率されている? なぜ、迷いがない?」


私は足を止め、皇子を振り返った。


「……これが、私の組織です」


私は言い放った。


「システムじゃありません。『信頼』です。……あなたの効率論では計算できない、私たちの絆の力です!」


皇子が、言葉を失う。

私は再び走り出した。


時間は40分。

いや、みんなの力を合わせれば、もっと稼げるはずだ。


待っていてください、グレイさん。

あなたが守ってくれたこの命と、あなたが育ててくれたこのギルドが。

今度はあなたを、死神の手から引きずり戻してみせます!

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