第17話 ギルド包囲網
パーティーから一夜明けた朝。
ギルドには、嵐の前の静けさが漂っていた。
「……ボス。今日は店を開けるな」
朝一番、グレイさんが厳しい顔で言った。
彼は窓の隙間から通りを監視している。
「何かあったんですか?」
「気配がおかしい。……いつもの『監視』じゃない。包囲されている」
その言葉に、私は息を呑んだ。
地下にいるリズちゃん、厨房にいるカイル君とフィーナちゃん。
みんなを守らなきゃいけない。
「分かりました。臨時休業にしま――」
私が看板を片付けようとした、その時だった。
ドンドンドン!!
激しくドアが叩かれた。
「王都警備隊だ! 開けろ!」
警備隊?
帝国の兵士じゃない。王国の、私たちの国の兵隊だ。
私はグレイさんと顔を見合わせた。
彼は小さく首を振り、「俺が話す」と前に出ようとした。
でも、私はそれを制して、自分でドアを開けた。
私がギルドマスターだ。責任は私が負う。
「……何のご用でしょうか」
ドアを開けると、そこには数十人の武装した衛兵が、店を取り囲んでいた。
先頭に立つのは、見覚えのない小太りの隊長。
その目は、明らかに敵意に満ちていた。
「ミシェル・アルレットだな。……貴様を『国家反逆罪』および『誘拐監禁』の容疑で連行する!」
「は……? 反逆罪?」
「とぼけるな! 帝国の重要人物である少女を拉致し、地下に監禁しているとの情報が入っている!」
隊長が高らかに令状を掲げた。
そこには確かに、司法省の印が押されている。
「待ってください! 彼女は自分から助けを求めて……!」
「問答無用! この店は帝国の機密を盗むスパイの拠点だ! 全員捕らえろ!」
スパイ。
なんて強引なこじつけ。
でも、理解した。
これは「法律」じゃない。「政治」だ。
リズちゃんの身柄を確保するために、帝国が王国内部の誰かと手を組んだのだ。
「ふざけるな」
低い声と共に、グレイさんが私の前に立った。
「スパイだ? 証拠はあるのか。……不当な捜査なら、冒険者ギルドが黙っちゃいねぇぞ」
「黙るのは貴様だ、元『影』!」
隊長が剣を抜き、グレイさんに突きつけた。
「貴様がかつて暗殺者だったことは知れている! 凶悪犯がギルドを隠れ蓑にしているとなれば、即時処刑も可能だぞ!」
衛兵たちが一斉に槍を構える。
相手は王国の兵士。
もしグレイさんが彼らを傷つければ、その瞬間に私たちは本当の「犯罪者」になり、この国にいられなくなる。
「……チッ」
グレイさんが舌打ちをした。
最強の戦闘力を持つ彼が、唯一戦えない相手。
それは「味方であるはずの自国の法」だ。
「さあ、その少女を引き渡せ! さもなくば、この店を破壊してでも突入する!」
隊長が合図を送る。
兵士たちが魔導杖を構え、攻撃魔法の詠唱を始める。
本気だ。
店ごと私たちを吹き飛ばす気だ。
「やめて……!」
私が叫ぼうとした時。
地下室の扉が開き、リズちゃんが飛び出してきた。
「やめてください! 私はここにいます!」
「リズちゃん!」
「ミシェルさんたちを傷つけないで! 私が……私が行けばいいんでしょう!?」
リズちゃんが泣きながら叫ぶ。
その姿を見た隊長が、下卑た笑みを浮かべた。
「ほう、出てきたか。……確保しろ!」
兵士たちがリズちゃんに殺到しようとする。
カイル君とフィーナちゃんが守ろうとするが、多勢に無勢だ。
グレイさんも、手出しができずに拳を震わせている。
絶体絶命。
その時。
「――待ちたまえ」
凛とした声が、戦場のような空気を切り裂いた。
衛兵たちが動きを止める。
包囲網の外から、漆黒の魔導車両が滑るように入ってきた。
降りてきたのは、プラチナブロンドの美青年。
レオナルド皇子だった。
「で、殿下……!」
隊長が慌てて敬礼する。
「騒がしいですね。……私の『友人』の店で、何ごとの真似です?」
皇子は優雅に微笑んでいるが、その目は笑っていない。
彼は私の元へ歩み寄り、立ちすくむ私の肩を抱いた。
「大丈夫ですか、ミシェル嬢。……怖かったでしょう」
甘い声。
でも、私は悟った。
この状況を作ったのは、間違いなく彼だ。
「……殿下。これが、あなたのやり方ですか」
私が睨みつけると、彼は耳元で囁いた。
「言ったでしょう? 欲しいものは必ず手に入れる、と」
彼は衛兵たちに向き直り、芝居がかった声で言った。
「隊長。その少女は、私が探していた『迷子』の侍女だ。……ミシェル嬢は、親切で保護してくれていただけだよ」
「は、はあ……。しかし、我々はスパイ容疑で……」
「私が違うと言っている。……それとも、帝国の皇子である私の言葉より、誰かの密告の方を信じるのかな?」
皇子の圧力に、隊長が脂汗を流す。
「い、いえ! 滅相もございません!」
「ならば、剣を収めなさい」
一瞬で、空気が変わった。
反逆者として殺されかけていた私たちが、皇子の一言で「皇子の友人」になった。
これが、権力。
グレイさんの暴力でも、私の人脈でもどうにもならなかった状況を、彼は一瞬でひっくり返したのだ。
「……さて、ミシェル嬢」
皇子は私に向き直り、リズちゃんを見た。
「この少女を『私の侍女』として連れ帰るか。……それとも、君が『スパイ』として処刑されるか」
彼は残酷な二択を突きつけた。
「ですが、もう一つだけ道があります」
彼は私の手を取り、跪いた。
衆人環視の中で。
「私と結婚しなさい。……そうすれば、君は帝国の皇族となる。外交特権で、この店も、従業員も、その少女も……全て私が保護しよう」
「……ッ」
究極の選択。
リズちゃんを渡せば、彼女はまた実験体に戻る。
渡さなければ、私たちは殺される。
でも、彼の手を取れば、全員助かる。
……私の自由と引き換えに。
「さあ、選んでください。……君の好きな『効率的』な選択を」
皇子が微笑む。
その背後で、グレイさんがギリリと歯噛みする音が聞こえた。
彼は動けない。
私が「YES」と言えば、誰も傷つかずに済む状況を作られてしまったから。
「ミシェルさん……」
リズちゃんが震えている。
カイル君も、フィーナちゃんも、不安そうに私を見ている。
私が犠牲になれば、みんな助かる。
それが「最適解」なの?
いいえ。
そんなの、適材適所じゃない。
私は、私の心に従う。
私は皇子の手を振り払おうと、口を開きかけた。
「お断りしま――」
その瞬間だった。
「……ええい、まどろっこしい!」
痺れを切らした隊長が、狂ったように叫んだ。
「皇子の機嫌など知るか! あの方の命令は『始末しろ』だ!」
隊長が懐から、防毒マスクを取り出して装着し、同時に黒い石を取り出した。
それを見た瞬間、レオナルド皇子の顔色が変わった。
「馬鹿な、それは対魔導士用の……!」
隊長が石を地面に叩きつける。
パリンッ!
石が砕け、そこから毒々しい紫色の霧が噴き出した。
ただの煙じゃない。
生きとし生けるものの魔力に反応して吸着し、肉体を内側から破壊する、帝国の禁忌兵器「毒霧」だ。
「なっ……!?」
皇子の想定外。
王国の協力者たちは、皇子を利用するだけ利用して、最後に全ての証拠(私たち)を消すつもりだったのだ!
紫色の死が、爆発的に拡散する。
風下には、私とリズちゃんがいる。
逃げ場はない。吸えば死ぬ。
「しまっ――」
私の視界が、大きな背中に覆われた。
グレイさんだ。
彼が私とリズちゃんの前に立ちはだかる。
「吸うなッ!!」
彼は自らの体から、猛烈な魔力を放出した。
障壁じゃない。
魔力の奔流だ。
「な、何をする気だ……!?」
皇子が叫ぶ。
紫色の霧が、グレイさんの魔力に引き寄せられるように、渦を巻いて彼に集まっていく。
「魔力に反応する」という毒の性質を逆手に取ったのだ。
彼は、自分自身を最強の「囮」にした。
「ぐ、がぁぁぁぁぁッ……!!」
苦悶の声。
致死量の毒霧が、全て彼の体に吸着し、皮膚を、内臓を焼き尽くしていく。
「グレイさん!!」
霧が晴れた時。
そこに立っていたのは、全身から紫色の煙を上げ、血を吐いて崩れ落ちる「最強の事務員」の姿だった。




