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追放令嬢の人材ギルド、社会不適合者たちが実は最強でした  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第16話 月下の勧誘

「……はぁ」


私はダンスホールの喧騒から逃れ、夜風の吹き抜けるバルコニーへと出た。

冷たい空気が、火照った頬を冷ましてくれる。

でも、胸のモヤモヤは消えない。


グレイさん。

彼は今、ホールの壁際で、彫像のように立っているはずだ。

私と目を合わせず、他人行儀な「従者」として。


『生きる世界が違う』


レオナルド皇子の言葉が、棘のように刺さっていた。

確かに、グレイさんは影の世界の人かもしれない。

でも、それが何だというの?

私は彼のおかげで、光の当たる場所に戻ってこられたのに。

どうして彼は、自分から離れようとするの?


「……逃げ出したのですか? 愛しいお姫様」


背後から、流麗な声がした。

振り返ると、レオナルド皇子がワイングラスを二つ手に持ち、優雅に歩み寄ってくるところだった。


「……殿下」


「中は空気が悪い。君のような純粋な花には、毒気が強すぎる」


彼は私にグラスを差し出した。

断ることもできず、私はそれを受け取る。


「単刀直入に言いましょう、ミシェル嬢」


皇子は手すりに肘をつき、眼下に広がる王都の夜景を見下ろした。


「君は、あの男――グレイに情を抱いている。違いますか?」


「……否定はしません」


「美しい話だ。傷ついた令嬢と、それを支える忠実な騎士。物語ならハッピーエンドでしょう」


皇子はクルリとグラスを回した。

その瞳が、冷徹な光を帯びて私を射抜く。


「ですが、現実は違う。……彼は君の『足枷』だ」


「足枷……?」


「そうだ。彼は君の過去の傷を舐め、慰めるだけの存在だ。『今のままでいい』『無理をするな』と、君を甘やかす。……それは優しさではない。君の無限の可能性を殺す、麻薬のようなものだ」


皇子は一歩、私に近づいた。


「私は違う。私は君に『翼』を与える。君の能力を極限まで引き出し、世界を変える力を与えられる。……過去を慰める男と、未来を創る男。どちらを選ぶべきかは、明白でしょう?」


圧倒的な正論だった。

グレイさんは、確かに私に「無理をするな」と言う。

「今のままでいい」と言ってくれる。

それは、成長を止める甘言なのかもしれない。

皇子の言う通り、私は彼に甘えて、小さな世界に閉じこもっているだけなのかもしれない。


でも。


「……殿下。あなたは一つ、勘違いをしています」


私は顔を上げ、皇子を真っ直ぐに見つめ返した。


「勘違い?」


「グレイさんは、傷を舐め合うだけの相手じゃありません」


脳裏に浮かぶのは、彼の姿。

埃まみれになって椅子を修理する背中。

徹夜で書類のミスを直してくれる横顔。

そして、私が泣いている時に、黙って差し出してくれた紅茶の温かさ。


「彼は、私が歩くための『地面』を整えてくれた人です」


「地面?」


「ええ。私が転ばないように、躓かないように、見えないところで支えてくれた。……だから私は、前を向いて歩けるようになったんです」


私は胸に手を当てた。


「翼があっても、帰る場所じめんがなければ、人は飛び続けられません。……私にとっての『世界一輝く場所』は、帝国の玉座ではありません。彼が淹れてくれた紅茶の香りがする、あの小さな事務所なんです」


言い切った。

もう迷いはない。

どれだけ効率的でも、どれだけ多くの人が救えても。

彼がいない未来なんて、私には必要ない。


皇子はしばらく沈黙し、やがて、ふっと溜息をついた。


「……呆れた。そこまで非合理的な選択をするとは」


彼はグラスを飲み干し、冷ややかな目を向けた。


「君は『愛』という不確定な変数を過大評価している。……それが君の限界か」


「限界で構いません。私は人間ですから」


「……なるほど。交渉は決裂ですね」


皇子は踵を返そうとした。

その時。


「……聞いたか、『影』」


皇子が、誰もいないはずのバルコニーの柱に向かって声をかけた。


「君の主人は、随分と君を買い被っているようだぞ」


ドキリとした。

柱の陰から、音もなく人影が現れる。

黒い従者服。

グレイさんだ。


「……グレイさん!?」


いつからそこに?

いいえ、ずっといたのだ。

私がバルコニーに出た時から、護衛として気配を消して。


グレイさんは、バツが悪そうに頭を掻いた。


「……耳が痛い話です、殿下」


「護衛が盗み聞きをするのは仕事のうちでしょう? ……どうだ、今の言葉を聞いて。重荷ではありませんか?」


皇子が挑発する。

グレイさんはゆっくりと私の方へ歩いてきた。

その表情は、さっきまでの「無機質な従者」ではない。

いつもの、少し困ったような、でも温かい「グレイさん」の顔だ。


「……ああ、重荷だ」


グレイさんは私の目の前で立ち止まり、苦笑した。


「俺みたいな薄汚いおっさんを『帰る場所』だなんて言いやがって。……責任重大すぎて、胃が痛くなりそうだ」


「グ、グレイさん……」


「だがな」


グレイさんは、スッと皇子を睨み据えた。

その瞳に、強烈な意志が宿る。


「ボスの命令は絶対だ。……彼女が俺を必要だと言うなら、俺は地獄の底まで彼女の『地面』になってやる」


彼は私の隣に立った。

一歩後ろじゃない。

横に。パートナーとしての位置に。


「……やっぱり、離してやる気は失せましたよ、殿下」


グレイさんの宣言に、皇子は僅かに眉をひそめた。

計算外の「非合理」を見せつけられた顔。


「……そうですか。残念です」


皇子は肩をすくめた。


「美しい絆ですが……脆い。実に脆い」


彼は意味深な言葉を残し、バルコニーの出口へと向かった。


「今日のところは引き下がりましょう。……ですが、地面ごと崩れ落ちれば、翼を使って飛ぶしかなくなる。違いますか?」


「……!」


「私は欲しいものは必ず手に入れる主義だ。……手段は選ばない」


皇子は最後に冷たい視線を残し、闇の中へと消えていった。


残されたバルコニーには、私とグレイさんの二人きり。


「……グレイさん」


「……なんだ」


「聞いてたんですね」


「……全部な」


彼はそっぽを向いたけれど、耳が少し赤い。


「……悪かったな。勝手にいじけて、距離を置いて」


「本当ですよ! 『ミシェル様』だなんて、二度と言わないでくださいね!」


「善処する」


彼の手が、そっと差し出された。

繋ぐためではない。エスコートのために。


「帰ろう、ボス。……少し酔ったと言えば、早退できる」


「……はい」


私は彼に腕を預けた。

パーティー会場を横切る時、私たちは完璧な「主人と従者」を演じた。

皇子の視線を感じる。貴族たちの好奇の目も。

でも、怖くなかった。

預けた腕から伝わる体温が、私たちが「パートナー」である何よりの証拠だったから。


馬車に乗り込み、扉が閉まった瞬間。

グレイさんが、私の手をギュッと握りしめた。

私も、強く握り返した。


言葉はいらなかった。

ただ、繋いだ手の温もりだけが、迫りくる嵐への唯一の希望だった。

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