第14話 薬草オタクの少女
一夜明けて、朝。
地下倉庫の簡易ベッドで、リズが目を覚ました。
「……っ!」
彼女は飛び起き、反射的に自分の手首を庇うように縮こまった。
いつもの「朝の点呼」と「電気ショック」がないことに驚いているのだ。
「おはよう、リズちゃん。……朝ごはん、食べる?」
私がトレイを持って入室すると、彼女はポカンとして、それからおずおずと頷いた。
温かいスープとパン。
彼女はそれを、涙を流しながら完食した。
「味がする」と言って。
食後、少し落ち着いた彼女に、私は改めて向き合った。
「さて、リズちゃん。……あなたの能力について、詳しく教えてくれる?」
「……はい」
リズは膝の上で手をギュッと握りしめた。
「私、帝国で『聖女候補』として集められたんです。でも、治癒魔法が全く使えなくて……『欠陥品』だって」
「欠陥品……」
「はい。だから、せめて頭脳だけでも役に立てって、薬の研究室に入れられました。……来る日も来る日も、新しい薬の調合実験をさせられて」
彼女は自嘲気味に笑う。
「でも私、魔力がないから、魔法薬を作る時に失敗ばかりで……。だから、いつも怒られてました。『魔力も込められないゴミを作るな』って」
なるほど。
帝国のポーション作成は「魔法」で行うのが主流だ。
魔力がない彼女は、そこで苦労したのだろう。
でも、昨日の私の【鑑定】では、彼女の適性はSSSランクだった。
何かがおかしい。帝国の評価軸がズレているのだ。
私はもう一度、彼女を見る。
「――【鑑定】」
----------------
【対象:リズ】
適性職業:
薬剤師:SSS
研究開発:SS
保有スキル:
【成分解析眼】
※物質の構成要素を視覚的に理解・分解する能力。
----------------
「……リズちゃん。あなた、素材の『中身』が見えるの?」
「え? あ、はい。……草を見ると、どんな成分が入ってるか、文字みたいに浮かんで見えます。……気持ち悪いですよね」
「ううん、凄いわ!」
私は思わず身を乗り出した。
彼女の能力は「魔法」じゃない。「科学」だ。
魔力で強引に薬を作るのではなく、素材の性質を理解して組み合わせる、論理的なアプローチ。
「リズちゃん。……ちょっと、実験してみない?」
「じ、実験……?」
彼女の顔が恐怖に歪む。トラウマだ。
「怖いことじゃないわ。……ちょっと、お薬を作ってみるだけ」
「む、無理です! 私、道具もないし、また失敗したら……」
「失敗しても誰も怒らないわ。電気も流れない。……ただ、あなたの好きなようにやってみてほしいの」
私は彼女の手を握った。
「私、見たいな。あなたが『作りたい』と思うお薬を」
◇
私たちは地下室に籠もったまま、準備を始めた。
外に出るのは危険すぎるからだ。
「おーい、ミシェルさん! 裏口から失礼しまーす!」
元気な声と共に、カイル君が地下への階段を降りてきた。
その背中には、泥だらけの薬草の山。
彼は最近、戦闘だけでなく「採取」にも目覚めている。
「グレイさんに言われて、朝イチで森に行ってきたよ! 薬草いっぱい!」
「うわ、泥だらけ……。でも、ありがとうカイル君」
そこへ、地下で掃除をしていたフィーナちゃんが近づく。
「あらあら。『クリーン』!」
彼女が手をかざすと、白い光が薬草を包み込んだ。
一瞬で泥や雑菌が消滅し、ピカピカに洗浄された薬草だけが残る。
相変わらず、完璧な仕事だ。
その光景を見ていたリズが、目を見開いた。
「……すごい」
彼女はフラフラと薬草に近づき、震える手で一本を手に取った。
「雑味が……ない。完璧な純度の薬草……」
彼女の目が、怯えた子供の目から、研究者のそれに変わる。
「これなら……不純物を取り除く工程がいらない。魔力がなくても、成分同士の反応だけで……」
「やってみて、リズちゃん」
私が鍋と水を渡すと、彼女は少し躊躇ってから、コクリと頷いた。
入り口ではグレイさんが腕組みをして、無言で見守っている。
リズの手つきは、震えながらも正確だった。
フィーナちゃんが浄化した薬草を選別し、カイル君が力任せに(でもリズの指示通りに)粉砕した木の実を混ぜる。
「……ここで、かき混ぜて。右に三回、左に二回」
リズの声が、次第にはっきりとしてくる。
鍋の中の液体が、濁った緑色から、透き通った黄金色へと変化し始めた。
「……魔力触媒はいらない。素材の力だけで、結合させる……」
彼女はブツブツと呟きながら、没頭している。
そこにはもう、実験体の悲壮感はない。ただの「薬作りが好きな少女」の顔があった。
「……完成」
出来上がったのは、小瓶に入った美しい金色の液体。
市販の回復薬は、普通は緑色で苦い。
でもこれは、まるで蜂蜜のように澄んでいて、甘い香りがする。
「……鑑定してみろ、ボス」
グレイさんに促され、私はフレームを作った。
「――【鑑定】」
----------------
【アイテム:特製ハイポーション】
品質:Sランク(最高品質)
効果:即効性の完全回復。副作用なし。
特記事項:魔力不使用のため、幼児や魔力欠乏症患者でも使用可能。
----------------
「え……ええええ!?」
私は叫んだ。
Sランク!?
王都の市場でも、金貨十枚はくだらない最高級品だ。
しかも「魔力不使用」。これは、魔力酔いを起こしやすい子供やお年寄りにとって、革命的な薬だ。
「すごい……。これ、帝国の技術を超えてるわよ!」
「ほ、本当ですか……?」
リズが信じられないという顔をしている。
「帝国では、こんなの『ゴミ』だって言われました。魔力がこもってない薬なんて、二流だって……」
「一流よ! 超一流!」
私は興奮して彼女の手を握った。
「あなたは欠陥品なんかじゃない。……『常識』を変える天才だったのよ!」
私の言葉に、リズの瞳が揺れた。
彼女は自分の作った小瓶を見つめ、それからカイル君とフィーナちゃんを見た。
「僕が採ってきた薬草が、こんな凄い薬になるなんて!」
「私の洗浄魔法も、役に立ったんですね!」
二人が無邪気に喜んでいる。
リズの頬に、一筋の涙が伝った。
「私……役に、立てた……?」
「ええ。ここは『適材適所』ギルドだもの」
グレイさんが、リズの頭をポンと撫でた。
「素材を集める筋肉バカ、不純物を消す掃除屋、そして成分を理解する調合師。……お前らが揃えば、帝国の最新鋭工場だって目じゃねぇよ」
「グレイさん、筋肉バカって酷くない!?」
「事実だろ」
笑い声が起きる。
リズも、つられて小さく笑った。
それは、彼女がこの店に来て初めて見せた、年相応の少女の笑顔だった。
「……楽しい」
彼女はポツリと呟いた。
「薬を作るのが……こんなに楽しいなんて、知らなかった」
恐怖と強制の中でしか働いたことのなかった彼女が、初めて「創造」の喜びを知った瞬間だった。
私は胸が熱くなった。
やっぱり、私の目に狂いはなかった。
彼女はここで輝ける。
レオナルド皇子の言う「システム」なんかじゃなく、人の温かさの中で。
◇
一方その頃。
王都の一角にある、帝国の迎賓館。
「……ほう」
レオナルド皇子は、部下からの報告を聞き、優雅にチェスの駒を進めた。
「脱走した実験体704号が、あのギルドの地下に?」
「ハッ。生体反応を確認しました。……ただちに回収部隊を突入させますか?」
「いや、待て」
皇子は窓の外、ミシェルの店がある方向を見つめ、口角を上げた。
「面白い。……あの『ゴミ』を、彼女がどう料理するのか見物だ。ミシェル嬢の組織論の実践テストとしては、申し分ない素材だ」
彼は楽しそうに笑う。
まだ彼は知らない。その「ゴミ」が、帝国の常識を覆すSランクポーションを生み出したことを。
「泳がせておけ。……果実は、熟してから収穫したほうが美味しい」
「は?」
「明後日は、王城での外交記念パーティーだ。……ミシェル嬢も招待されている」
皇子はテーブルの上のクイーンの駒を手に取った。
「そこで、まとめて頂くとしよう。……ミシェル嬢も、その優秀な部下たちも、全て我が帝国の『コレクション』に加えてやる」
彼のアイスブルーの瞳は、冷徹な狩人の色をしていた。
私たちが手に入れた小さな希望が、すでに彼の掌の上にあるとも知らずに。




