第13話 最強事務員の焦燥と、逃げ込んできた「重要機密少女」
「……排除する」
機械的な声と共に、魔導兵の剣が振り下ろされた。
標的は、地面に倒れた泥だらけの少女。
躊躇も、慈悲もない。
ただプログラムされた通りに動く、死の刃。
「――ッ!」
私は悲鳴を上げる暇もなかった。
動いたのは、私の背後にいた「彼」だ。
ガギンッ!!
硬質な音が路地裏に響く。
魔導兵の大剣が、空中で止まっていた。
それを止めたのは、グレイさんが懐から抜いた、一本の短い護身用ナイフ。
重量差は歴然。けれど、グレイさんの足は一歩も引いていない。
「……人の家の裏で、勝手な掃除をするな」
低く、地を這うような声。
グレイさんの瞳から、先ほどまでの迷いは消えていた。
あるのは、敵を屠る冷徹な「影」の光。
「障害を確認。……排除」
魔導兵は表情一つ変えず、さらに力を込める。
腕の筋肉――に見える部分が、ブウンと駆動音を上げて膨張した。
人間じゃない。中身が、機械だ。
「下がってろ、ボス。……コイツは『人間』じゃねぇ」
グレイさんはナイフを受け流し、流れるような動作で懐に入り込んだ。
「システム化、ね。……なるほど、痛みを感じないってのは便利だ」
ドゴッ。
グレイさんの掌底が、兵士の顎を打ち抜く。
普通なら脳震盪で倒れる一撃。
だが、兵士は首をガクンと揺らしただけで、即座に無表情のまま反撃の拳を繰り出してきた。
痛覚がない。恐怖もない。
ただ任務を遂行するだけの殺戮人形。
「チッ、痛みはノイズか」
グレイさんは紙一重でかわす。
そして、冷ややかに言い放った。
「だがな……痛みを知らねぇ奴に、命のやり取りはできねぇよ」
グレイさんの姿がブレた。
次の瞬間。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
三閃。
銀色の軌跡が走り、魔導兵の関節――肘、膝、首筋の動力パイプが、同時に切断された。
「ガ……ガガ……」
魔導兵は操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。
火花が散り、赤い目が明滅して消える。
「……ふぅ」
グレイさんはナイフを懐にしまい、倒れた兵士を見下ろした。
「恐ろしいな。関節を壊すまで止まらんとは」
「グレイさん、怪我は!?」
「ない。……それより」
彼は視線を足元の少女に向けた。
そして、彼女の手首にある金属の輪を見て、鋭く目を細めた。
「……マズいな。発信機付きの『魔導拘束具』だ」
「発信機!?」
「ああ。このままだと、数分で増援が来るぞ」
グレイさんは即座に自分の上着を脱ぎ、少女の手首を何重にも包み込んだ。
さらに、懐から取り出した粉末(おそらく魔力阻害剤)を振りかける。
「これで一時的に信号は遮断できるが、長くは持たん。……店の中へ運ぶぞ。地下室なら結界が張ってある」
◇
ギルドの地下倉庫。
かつて資材置き場だったそこは、今はフィーナちゃんの清掃用具置き場兼、休憩スペースになっている。
濃密な魔力が漂うこの場所なら、外部からの探知は難しいらしい。
少女をソファに寝かせ、私はお湯とタオルを持ってきた。
「……う、うぅ……」
少女が呻き声を上げ、薄く目を開けた。
焦点の合わない瞳が、私を捉える。
「……ひッ!?」
彼女は跳ね起きた。
ソファの隅に縮こまり、ガタガタと震えながら自分の腕を抱く。
「ご、ごめんなさい! 解析室に戻ります! だから、電気を流さないで……!」
「落ち着いて! 私たちは敵じゃないわ!」
私は両手を見せて、敵意がないことを示した。
「ここは王国のギルドよ。帝国の兵士はもういないわ」
「……おうこく?」
少女はキョトンとして、それから恐る恐る周囲を見渡した。
冷たい実験室ではないことに気づき、少しだけ肩の力が抜ける。
「あなた、名前は?」
「……リズ。実験体番号、704号」
実験体。
その言葉に、胸がざわついた。
私は無意識に、指でフレームを作っていた。
彼女の状態を知らなきゃいけない。適切な処置をするために。
「――【鑑定】」
スキル発動。
世界の色が変わる。
そして、私は口元を手で覆った。
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【対象:リズ(実験体704号)】
適性職業:
薬剤師:SSS(神域)
解析官:SS
状態:
【魔力枯渇】【栄養失調】【全身打撲】
【精神摩耗(レベル:危険)】
履歴:
・一日18時間の強制労働(3年間)
・睡眠・食事の制限による効率化実験
・失敗時の電気ショック罰則(累積400回以上)
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「……っ」
涙が、ボロボロとこぼれた。
酷すぎる。
履歴の欄を埋め尽くす、「効率化」という名の虐待。
彼女は人間として扱われていない。
ただの、性能の良い「部品」として、使い潰されようとしていたんだ。
「お姉さん……泣いて、るの?」
リズが不思議そうに私を見た。
「……酷い。こんなの、あんまりよ」
私は涙を拭いもせず、彼女の痩せこけた手を握った。
冷たくて、傷だらけの手。
薬品で爛れた指先。
「痛かったでしょう。辛かったでしょう。……よく、逃げてきたね」
「……え?」
「あなたは部品なんかじゃない。……人間よ」
私の涙が、彼女の手に落ちた。
リズは、ポカンとしていた。
やがて、その瞳が揺らぎ、大粒の涙が溢れ出した。
「私……痛がっても、いいの……?」
「いいのよ。痛い時は痛いって言っていいの。……それが、生きているってことだもの」
「う、うわぁぁぁぁぁん!!」
リズは私の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
私は彼女を強く抱きしめた。
その背中はあまりにも小さく、折れそうに細かった。
その光景を見ていたグレイさんが、静かに壁に拳を当てた。
彼もまた、怒っているのだ。
これが、レオナルド皇子の言う「理想郷」の正体。
『感情などノイズです』
『世界中で適材適所が行われる』
ああ、そういうことか。
個人の感情を無視し、適性だけで人間を縛り付け、効率のみを追求する世界。
そこにあるのは「幸福」じゃない。
ただの「機能」だ。
私が店で一人ひとりと向き合うのを「非効率」だと彼は笑った。
でも、効率を突き詰めた先にあるのが、この泣きじゃくる少女の姿なら。
私は、そんな未来なんていらない。
「……グレイさん」
「ああ」
グレイさんは、私の言いたいことを悟ったように頷いた。
「私、決めました。……帝国には行きません」
私はきっぱりと言った。
「あんな『システム』の一部になるくらいなら、私は一生、泥臭い手作業でいい。……目の前の一人を救えないで、何が世界平和ですか」
グレイさんが、ニヤリと笑った。
その笑顔は、さっきの無力感に苛まれていた時のものではない。
いつもの、頼りがいのある相棒の顔だ。
「……そうこなくっちゃな、ボス」
彼はリズに近づき、しゃがみ込んだ。
「安心しろ、嬢ちゃん。……ここのボスは、一度拾った『備品』を絶対に捨てねぇ。お前は今日から、この店のお客様だ」
「……お客様?」
「ああ。……まずは、その手錠を外す方法を探そうか」
窓の外、夜の闇はまだ深い。
レオナルド皇子は、きっとまだ諦めていない。
むしろ、この襲撃の失敗を知って、次の一手を打ってくるだろう。
でも、もう迷いはない。
私は戦う。
私の大切な「非効率」な日常と、人の心を守るために。




