第11話 国公認ギルドの多忙
ライオネル様の一件から数ヶ月。
季節は完全に春になり、王都の桜並木が満開を迎えていた。
『王室御用達・人材斡旋ギルド 適材適所』
ピカピカの看板を掲げた我が店は、今日も朝から大盛況だ。
開店と同時に、相談者の列が途切れない。
「次の方、どうぞー」
「あ、はい! 予約していたマイルズです!」
カウンターで受付をするのは、新しく雇った事務員の女の子。
奥のブースでは、プリシラ様が貴族からの厄介な依頼を、優雅な微笑みだけで捌いている。
地下の工房では、フィーナちゃんが魔法で清掃用具のメンテナンス中。
みんな、自分の仕事を完璧にこなしている。
組織として、あまりにも順調だ。
「……はぁ」
私は二階の執務室で、窓の外を見下ろして溜息をついた。
「どうした、ボス。幸せすぎて溜息が出たか?」
向かいのデスクで、グレイさんが書類の山を崩しながら言った。
彼は相変わらず「腰が痛い」と言いつつ、私の十倍の速度で決裁印を押している。
「幸せですよ。……でも、ちょっと寂しいんです」
「寂しい?」
「最近、私が直接『鑑定』をする機会が減っちゃったなって」
以前は、一人ひとりの目を見て、その人の色を探していた。
でも今は、ギルドが大きくなりすぎて、私は経営判断や、王宮との調整役ばかり。
現場は優秀なスタッフに任せきりだ。
「贅沢な悩みだな。……組織が回ってる証拠だ」
「分かってますけど……。私はやっぱり、人の『輝く瞬間』を一番近くで見ていたいんです」
私が頬を膨らませると、グレイさんは苦笑して立ち上がった。
「なら、茶でも淹れてやる。……少し休め」
「あ、ありがとうございます」
彼が給湯室へ向かおうとした、その時だった。
ズゥゥゥゥン……!
地響きのような、低く重い音が通りの向こうから聞こえてきた。
地震? いいえ、違う。
これは、馬の蹄の音じゃない。もっと人工的な、エンジンの駆動音のような――。
私は慌てて窓を開けた。
「……な、何あれ」
通りの向こうからやってきたのは、異様な「鉄の塊」だった。
漆黒のボディ。装飾は金ではなく、冷たい銀色。
馬がいない。車輪が自ら回転し、青白い排気ガスのような魔力光を吐き出しながら進んでくる。
帝国の「魔導車両」だ。
噂には聞いていたけれど、実物がこんなに威圧的なものだなんて。
周囲の人々が、恐怖と畏敬の念を抱いて道を開ける。
その「黒船」のような車は、真っ直ぐに私の店の前で停車した。
「……ガレリア帝国か」
いつの間にか、グレイさんが私の隣に立っていた。
その声が低い。
いつもの気だるげな様子は消え、獲物を狙う猛獣のような鋭い目をしている。
「帝国? どうしてこんなところに……」
「外交使節団が来てるとは聞いていたが……まさか、王城より先にここに来るとはな」
車の扉が開いた。
降りてきたのは、全身を機械的な鎧で覆った兵士たち。
そして、その中心に立つ一人の青年。
輝くようなプラチナブロンド。
冷徹な知性を感じさせるアイスブルーの瞳。
仕立ての良い軍服風の礼装に身を包み、その胸には帝国の紋章である「双頭の鷲」が輝いている。
彼は店を見上げ、そして二階の窓にいる私と目が合った。
ニコリ、と。
作り物のように完璧な笑顔を向けられた。
「……行くぞ、ボス。招かれざる客だ」
グレイさんが私の肩を抱き寄せ、視線を切るようにして一階へと促した。
◇
店内は静まり返っていた。
受付の子も、依頼人たちも、入り口に立つ「異物」のオーラに圧倒されて動けないでいる。
「ようこそ、『適材適所』へ」
私は努めて冷静に声をかけた。
青年――帝国からの来訪者は、優雅な動作で帽子を取り、一礼した。
「お初にお目にかかります。ミシェル・アルレット嬢ですね」
声まで完璧だ。
深みがあり、聞き取りやすく、そして有無を言わせぬ響きがある。
「私はレオナルド・フォン・ガレリア。……ガレリア帝国の第二皇子であり、今回の外交特使を務めております」
皇子様。
予想以上の大物だ。
周りの客たちが「ひっ」と息を呑む音が聞こえる。
「こ、これは丁寧なご挨拶を……。一介のギルドマスターに、何のご用でしょうか」
「単刀直入に申し上げましょう。私は、無駄が嫌いですので」
レオナルド皇子は、カツカツと軍靴の音を響かせて私に近づいた。
グレイさんがスッと前に出ようとするが、私は手で制した。
まずは話を聞かなくては。外交問題にするわけにはいかない。
彼は私の目の前で立ち止まり、懐から一枚の紙を取り出した。
「このギルドを、買い取らせていただきたい」
「……はい?」
「金額は白紙です。好きな数字を書き込むといい。国家予算レベルでも構いませんよ」
彼はまるで、市場でリンゴを買うような気軽さで言った。
店内の空気が凍りつく。
「か、買い取る……? 申し訳ありませんが、売却の予定はありません」
「なぜです? 君のメソッドは素晴らしいが、規模が小さすぎる。王国の古い体制では、君の『鑑定眼』を活かしきれていない」
レオナルド皇子は、私の店の中を見渡した。
その目は、値踏みをするような冷徹さを含んでいる。
「パン職人を重戦士に? 竜人を清掃員に? ……発想はユニークですが、個人の手作業に頼りすぎだ。帝国ならば、そのノウハウを体系化し、万単位の人材を最適化できる」
「万単位……」
「ええ。君の力で、世界中の非効率をなくせるのです。……どうです? この店の権利を私に譲り、君は帝国の『人材管理局長』として迎えたい」
圧倒的な提案だった。
私の夢は「適材適所」を広めること。
彼の提案に乗れば、それは一瞬で叶うかもしれない。
かつてのライオネル様とは違う。彼は私の能力を認め、最大限に評価してくれている。
けれど。
私は首を横に振った。
「……光栄なお話ですが、お断りします」
「ほう?」
「私は、人を数字やシステムとして管理したいわけじゃありません。……一人ひとりの悩みを聞いて、その人が笑顔になれる場所を一緒に探したいんです」
効率が悪くても。
泥臭くても。
それが、私のやりたい「適材適所」だから。
「……なるほど。あくまで『個』にこだわると」
レオナルド皇子は、残念そうに……いいえ、むしろ楽しそうに目を細めた。
「想定通りです。君は情に厚い人だ」
彼は一歩、私との距離を詰めた。
パーソナルスペースを侵食される。
「ならば、プランBだ。……ギルドはいらない。君だけ(・・・)が欲しい」
「えっ……」
彼は私の手を取り、その甲に口づけを落とした。
貴族の挨拶。
でも、その視線は熱っぽく、捕食者のように私を捉えて離さない。
「ミシェル嬢。私と結婚して、帝国に来てくれないか?」
「け、結婚!?」
「君の遺伝子と能力は、我が帝国にとって得難い資源だ。……私が君を、世界で一番輝く場所へ連れて行ってあげる」
求婚。
甘い言葉だが、そこには「資源」という言葉が混じっていた。
背筋が寒くなる。
彼は私を見ているようで、私の「機能」しか見ていない。
その時。
ザッ。
一陣の風が吹いたかと思うと、私の視界が遮られた。
広い背中。
グレイさんが、私と皇子の間に割って入っていた。
「……離れろ」
地獄の底から響くような声。
グレイさんは皇子に触れてはいない。
だが、その体から放たれる濃密な殺気が、見えない壁となって皇子を押し留めている。
カチャッ。
背後の帝国兵たちが武器に手をかけようとして――止まった。
いいえ、動けないのだ。
グレイさんの殺気に当てられ、生物としての警報が「動けば死ぬ」と告げている。
「おやおや。……随分と躾のなっていない従者ですね」
レオナルド皇子は、一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに余裕の笑みに戻った。
だが、その額には一筋の汗が流れている。
「営業妨害だ。……お引取り願おうか、殿下」
グレイさんの全身から、冷たい威圧感が溢れ出している。
いつもの「事務員」の顔じゃない。
国を揺るがす要人を前にしても、一歩も引かない「守護者」の顔だ。
「怖いですね。……ですが、暴力では何も解決しませんよ?」
レオナルド皇子は、硬直する兵士たちを手で制した。
「今日はご挨拶まで。……ですが、諦めませんよ」
皇子は私に向かって、優雅にウィンクをした。
「君は必ず、私のものになる。……君という『最高の人材』を使いこなせるのは、この男(事務員)ではなく、私だ」
彼は踵を返し、風のように去っていった。
黒い魔導車両が重低音と共に去った後も、店には重苦しい緊張感が残っていた。
「……グレイさん」
私は彼の背中にしがみついた。
彼の背中が、怒りで微かに震えているのが分かったから。
「……ボス。明日から、一人で出歩くなよ」
グレイさんは低い声で言った。
「あいつは、ライオネルとは違う。……本気で、お前を『収穫』しに来てるぞ」
その言葉に、私は知る。
私の平穏な日常が、再び大きな波に飲み込まれようとしていることを。
そして今度の敵は、国一つ分の重さを持っていることを。




