第10話 最高のパートナーと、新しい日常
ライオネル様との一件から、数ヶ月が経った。
季節は巡り、柔らかな陽射しが降り注ぐ春。
『王室御用達・人材斡旋ギルド 適材適所』
ピカピカに磨き上げられた看板が、今日も誇らしげに掲げられている。
かつて廃倉庫だったこの場所は、今や王都で一番の「駆け込み寺」となっていた。
そして同時に、王宮からの「極秘案件」が持ち込まれる裏の相談所でもあった。
「次の方、どうぞー!」
私が声を上げると、待合室から一人の女性が立ち上がった。
深々とフードを被っているが、そのドレスが上質なものだとすぐに分かる。
彼女は椅子の前に立つと、意を決したようにフードを外した。
「……お久しぶりですわね、ミシェルさん」
「あなたは……」
私は息を呑んだ。
そこにいたのは、あの夜会でライオネル様の隣にいた、新しい婚約者の伯爵令嬢だったからだ。
確か、プリシラ様。
「帰れとおっしゃるなら帰りますわ。……私の家は、クライスト侯爵家に連座して没落寸前。評判も最悪ですもの」
彼女は唇を噛みしめ、自嘲気味に笑った。
かつての高慢な態度はなく、あるのは疲れと、それでも消えない瞳の強さだけ。
「何を言っているんですか」
私は笑顔で椅子を勧めた。
「うちは『適材適所』。過去の経歴なんて関係ありません。……働きたいという意志があるなら、あなたは大切なお客様です」
プリシラ様は目を見開き、そして震える声で「……ありがとう」と呟いて座った。
「私、何もできませんの。刺繍も下手ですし、愛想笑いも苦手で……。ただ、プライドが高いだけの役立たずですわ」
「本当にそうでしょうか?」
私はいつものフレームを作った。
彼女の「プライド」。それは欠点だろうか?
いいえ、それはきっと――。
「――【鑑定】」
世界の色が変わる。
彼女から溢れるのは、一本芯の通った、紫色の高貴な輝き。
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【対象:プリシラ】
適性職業:
マナー講師:S
クレーム対応係:SS
対貴族・交渉代理人:A
潜在能力:
【鋼のメンタル】
※理不尽な相手にも一歩も引かない胆力。
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「……すごい」
私は感嘆の声を上げた。
彼女の「プライドの高さ」は、「誰に対しても怯まない強さ」だったのだ。
「プリシラ様。あなたにぴったりの仕事があります」
「えっ? こ、こんな私に?」
「はい。冒険者ギルドの受付および『対貴族交渉係』です」
荒くれ者の冒険者を黙らせ、無理難題を言ってくる貴族を礼儀正しく追い返す。
彼女の気高さと度胸があれば、最高の適任者だ。
「貴族相手に喧嘩……いえ、交渉をする仕事? ……ふふ、面白そうですわね」
プリシラ様は、初めて心からの笑顔を見せた。
彼女もまた、自分の居場所を見つけたのだ。
◇
「おーい、ミシェルさーん!」
お昼休み。
元気な声と共に、ドアが開いた。
巨大な猪の魔物を肩に担いだカイル君と、その後ろを掃除道具を持ったフィーナちゃんが歩いてくる。
「カイル君! また魔物をそのまま持ち込んで! 床が汚れるでしょう!」
「あ、ごめん! つい嬉しくて!」
「もう……。『クリーン』!」
フィーナちゃんが白い光を放つと、床に落ちた泥が一瞬で消滅する。
彼女は今やグランド・ロイヤルホテルの清掃長だ。
カイル君も、Sランク冒険者として国中の憧れの的になっている。
「よう、坊主。またでかくなったか?」
奥からグレイさんが出てきて、カイル君の頭をガシガシと撫でた。
カイル君は「やめてよグレイさん!」と笑いながらも嬉しそうだ。
「グレイさん、これお土産! 迷宮で見つけた『腰痛に効く薬草』!」
「……お前、最高だな。王宮から送られてきた高い薬より効きそうだ」
みんなでテーブルを囲み、グレイさんの手料理(絶品シチュー)を食べる。
「美味しい!」「おかわり!」
笑い声が倉庫に響く。
かつて「無能」と捨てられた私たちが、こうして家族のように食卓を囲んでいる。
私は幸せを噛み締めながら、ふとグレイさんを見た。
彼はカイル君の話を聞きながら、穏やかに微笑んでいる。
あの「虚無の瞳」をしていた暗殺者の面影は、もうどこにもない。
◇
夜。
閉店作業を終え、静寂が戻った店内。
私はカウンターの掃除をしていた。
「あれ……?」
グレイさんがいつも座っているソファの隙間に、何かが挟まっている。
薄い本のようなものだ。
「グレイさん、何か落としてますよ?」
「ん? あ、待てミシェル! それは……!」
奥の給湯室から、グレイさんが珍しく血相を変えて飛び出してきた。
でも、遅かった。
私はその冊子を拾い上げてしまっていた。
表紙には『王室御用達・最新ジュエリーカタログ』の文字。
そして、付箋が貼られたページには、シンプルな、でも最高級のダイヤモンドの指輪。
そこには、赤ペンで『資産価値良し』『ボスの指サイズ:左薬指〇号(推測)』とメモ書きがしてあった。
「…………」
「…………」
沈黙。
グレイさんが、顔を真っ赤にして立ち尽くしている。
あの「影」と呼ばれた男が、耳まで赤い。
「……あー。それはだな。……将来的な、資産運用の、だな」
「資産運用、ですか?」
私はニヤニヤするのを抑えきれなかった。
「私の指のサイズで、運用するんですか?」
「……う」
グレイさんは観念したようにため息をつき、ガシガシと頭を掻いた。
「……まだ、早いかと思ってな。もう少し店が安定してから渡そうと……」
「もう十分、安定してますよ?」
私はカタログを閉じて、彼に近づいた。
「最高の事務員さんが、計算してくれたんでしょう? なら、間違いありません」
「……ミシェル」
グレイさんは苦笑して、私の手を取った。
その手は温かくて、少しだけ汗ばんでいて、とても人間らしかった。
「俺はずっと、自分の価値なんて『どれだけ人を殺せるか』だと思ってた。……でも、お前が教えてくれたんだ」
彼は私の目を真っ直ぐに見た。
「俺の価値は、お前の隣で、お前を守り、共に生きることにあるんだと」
「グレイさん……」
「君には価値がないなんて、誰が言ったんだろうな」
彼は私の手の甲に、敬愛を込めた口づけを落とした。
「今の俺が一番価値を感じているのは、世界でただ一人。……ミシェル、君だけだ」
涙が滲んだ。
かつて婚約者に否定され、全てを失った私。
でも今、私は世界一幸せな「場所」にいる。
私は涙を拭い、満面の笑みで答えた。
「はい! ……私も、あなたのことが大好きです。最高のパートナーさん!」
時計の針が時を刻む。
明日はまた、たくさんの人が「自分の居場所」を求めて扉を叩くだろう。
でも大丈夫。
私には「真実を見抜く目」と、背中を預けられる最強の彼がいる。
私たちの「適材適所」な毎日は、まだ始まったばかりだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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