奇譚収集家と魔力の属性
いつもの喫茶店。
ランチタイムを過ぎた店内に客の姿は少なく、四人がけのボックス席に僕たちはゆったりと腰かけた。
注文したホットコーヒーをひと口すすってから、僕は渡されたメモに目を落とした。
・どんなジャンルの本が好きか?
・読む派か、書く派か?
・名前と、普段なんと呼ばれているか?
・何月何日生まれの何座か?
・どんな土地で育ったか?
・生活のリズムは?
「小説を書いてみたいって思ってます、って答えたんです」
視線を正面に戻すと、女の子が興奮気味の目でこちらを見ていた。
西野直美、大学生。
そして、最近奇妙な力を身につけたという。
「風の属性で、闇の要素が強いって言われました」
そう言って、彼女はアイスカフェモカのストローに口をつけた。
グラスの中身は、すでに半分以上なくなっている。
僕の名前は鈴村トバリ。
本当は漢字で十葉裡と書くのだが、すんなり受け取られないことが多いのでカタカナで表記することにしている。
それにカタカナの方が、こういう仕事がしやすいと気づいた。
仕事とは言っても、本職ではない。いわゆるライフワークというやつだ。
僕は会社員として働きながら、趣味で怪奇譚を収集している。
僕が追うのは小泉八雲のような民俗学的な怪談ではなく、生きた超常現象なのだが。
人は、自分の想像を超えたものを直視できない。
超自然的な力を信じない者は、目の前で超常現象が起きていても、それを認識できず、理解可能な自然現象として解釈し直してしまうのだ。
よほど大きな現象でないかぎり。
何が言いたいかというと、世の中には小さな超常現象、つまり、魔法の力が存在しているということだ。
そして、そういうオカルトじみた話は、なぜかカタカナの名前のもとに集まる傾向がある。
「それで」と僕は言った。「その属性を診断されたあとは、不思議な力が使えるようになった、と?」
「そうなんです」
この女子大学生は、アマチュアの物書きが集まる即売会、いわゆる大規模なフリマイベントで魔力診断なるものを受けたというのだ。
映画やマンガでおなじみのやつかと思ったが、いくつかの質問に答えることで判定してくれたという。
メモの内容は、その中で覚えているものを書き出してもらったものだが、実際はもっと多くの質問をされたらしい。
「その力についても、教えていただけますか?」
「眠ると、異世界に転生できるんです。逆に、今この時間が夢の中って感じですよ」
そう言って西野さんは笑った。
「ずいぶん楽しそうですね。不安とかはないんですか?」
「異世界で体験したことを、書こうと思ってるんです。小説として」
「なるほど。それはいいアイディアですね」
その後はフリマイベントのことをいくつか質問して、あとは当たりさわりのない話をして彼女の精神に異常がないことを確認した。
「興味深いお話でした」と僕は笑顔を浮かべて立ち上がった。「ぜひ今後もお話を聞かせてほしいです」
物理世界には影響しないタイプの異能。
誰に迷惑をかけるわけでもない。
それを小説に書くことも、なんの問題もないだろう。
しかし……
「小説が書けたら読ませていただけますか?」
「もちろんですよ!」
コーヒー代は僕が払っておきますと伝えると、西野さんは機嫌よく帰っていった。
「万詩殲景」
小さく呪文を呟いて、僕は左手の中にあるそれを見た。
ほとんど透明な、小さな苗木のようなものが、うっすらと光を帯びている。
さっき立ち上がった際、彼女の首筋から抜き取ったものだ。
これは、彼女自身の力ではない。
何者かが植えつけたもののようだ。
西野さんはもう、異世界には行けないかもしれない。
しかし、きっと小説は書けるだろう。




