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その29 「悪事の末路は」

 ――指が震えていた。


 カシラを倒し、龍炎が静まったあと。

 私はゆっくりと自分の“相棒”へと視線を落とした。


 私の剣『クラウ・ソラ』


 かつて勇者として扱える武器が無かった私が、扱える武器を探す中でリサに言われた。


 「魔力を金属に流し込み、形を変えてみれば?」


 彼女は淡々とそう提案し、その晩は最後まで付き合ってくれた。


 試行錯誤の連続だった。

 うまく魔力が通らず金属が形を変えず、何度も何度もやり直した。


 ようやく私の剣として生まれてくれたのが――この『クラウ・ソラ』だった。


 魔王討伐も、この剣と一緒だった。

 裏切られた後、心が折れそうになった時も、毎日磨いて、握って、何度も気持ちを繋ぎ止めた。


 なのに――。


 私は折れた刃を拾い上げた瞬間、無意識に涙をこぼしていた。


 「……ごめん。無理させすぎたよね」


 刃に走ったヒビが、まるで「もう限界だった」と語っている。


 「エレナさん!船が着きましたよ!さっきの声はなんですか?」


 後ろからランの声が聞こえた。

 私は慌てて涙を袖で拭き、振り向く。


 「エレナさん!どうしたんですか!?それにこの……戦いの後は!?」


 「あ、いや……。黒の頭領カシラがさ、魔族ゲールから妙な魔法具を貰っててね。暴れたから倒しただけだよ」


 無理に笑って答えると、ランは安心したように――だけど、少しだけ悲しそうに私を見つめた。


 「エレナさん……その剣……」


 「あぁ……負担をかけすぎたみたいでね。ほら、ヒビも入ってたし……仕方ないよ」


 声が震えて誤魔化せていなかった。


 「エレナさん……」


 ランの目はすべてを見透かしていた。

 私は胸の奥に残った痛みを押し殺し、明るく笑ってみせる。


 「……まぁ、ヒヒイロカネも手に入れたし、後はコウヨとサエを捕まえれば全部終わりだろ?剣が無くても平気だ」


 ランは一瞬だけ眉を下げたあと、力強く頷いた。


 「――はい。戻りましょう。カエデさんも無事ですし!」


 私はクラウ・ソラを小手に戻したが、小手は二つに割れてしまって、元に戻らなかった。


 「あぁ。一旦、天霧へ帰ろう」


 私はカエデを抱え、ランとともに船へ向かう。

 その歩みは迷わず前だけを向いていた。



* * * * *



 オキ島の奥、朽ちかけた祠の裏手。

 潮の匂いが妙に濃く、波の音が鼓膜にまとわりつくほど近く聞こえる。


 コウヨとサエは、カシラと落ち合う予定の場所で立ち尽くしていた。

 しかし、待てど暮らせど足音ひとつ聞こえない。


 「……来ないわね」


 コウヨが小さく舌打ちをした。


 「コウヨ様、その…忍びの頭領が、そんな簡単に来れなくなるとは思えませんが……」


 「いいえ。アイツはね、自分で決めた待ち合わせには必ず来る男よ。それが来ないということは―― もう死んだんだろうね」


 サエの顔色がさっと青ざめる。


「し、死ん……そんな……エレナ達に…」


「あの女達、そこまでの力が合ったとは思わなかったわ。でも、所詮は使い捨ての忍びよ。替えが利く道具にすぎないわ」


 その冷淡な声に、サエは背筋を震わせた。

 しかし同時に、胸の奥がざわつき始める。


 (…私は、死ぬなんてごめんよ……)


 風がぴたりと止んだ。

 聞こえるのは、波打つ“ぐつ、ぐつ”というような不気味な音。


 「……っコウヨ様、今の音……?」


 「気にする必要ないわ。ただの潮騒よ。さぁーー」


 そう言って歩き出した瞬間――


 ズル……ズズ……


 地面の向こう、海へ続く崖下から、得体の知れない影がいくつも這い上がってきた。


 青黒い体表。

 濁った目。

 牙と触手を混ぜたような口器。


 これも大海獣の眷属――本の伝承通りの姿。


 「な、なに……?どうしてこんな……!」


 「……嵐が収まって、波が弱まったから近寄ってきた…」


 サエは何かを覚悟した表情だ。


 「サエ、走るわよ。今ならまだ――」


 「コウヨ様、後ろ……!」


 振り向くより早く、

 触手がコウヨの足首を絡め取った。


 「っ!?離しなさい!!」


 咄嗟にサエが刀を振るうが、刃が触れた部分から海水のような液がじわりと溢れ、金属を腐食させていく。


 「そ、そんな……!」


 「サエ!何をしているの!早く斬りなさ――」


 その言葉はすぐに悲鳴に変わった。

 触手に引きずられたコウヨは地面に倒れこみ、

 海獣の牙が肩口に食い込んだ。


 「イィィヤァァァァァ!」


 「コウヨ様!コウヨ様ぁっ!!」


 サエが手を伸ばす。


 しかし、別の触手がサエの手首に巻きつき、凄まじい力で引き寄せた。

 一瞬で武器を失い、もの凄い勢いで彼女も地面に叩きつけられる。


 「サエ!サエ助け――!」


 コウヨの叫びは波音にかき消された。

 サエは既に絶命していた。


 海獣たちは、餌を分け合うように二人へ群がり、その姿はすぐに見えなくなった。


 やがて――。


 波の音だけが、静かに島を包んだ。


 

* * * * *


 

 コウヨとサエが行方を絶ってから三日後――


 依然として見つからない二人を捜索するため、私たちは再びオキ島へ向かった。


 海は穏やかすぎるほどで、初めて訪れたあの日、荒れ狂っていた波とはまるで別物。

 嵐を払ったのは私だ。だからこそ、胸の奥に燻るものがある。


 「……あれを見て」


 レーナが指差す方向、砂浜から奥へ続く木立の手前に、黒く濡れた影がうごめいていた。


 海獣の眷属たち、以前、私が討伐した一体とは少し違う色をしているが、間違いない。


 「レーナ、後衛を頼む。ランは私と前へ」


 ムサシも頷き、カエデも無言で刀を握りしめた。

 その視線の奥に燃えるものは、冷たい感情のようで、しかし決して憎悪ではなかった。


 戦闘は長引かなかった。

 息を合わせた一斉攻撃で、眷属たちは砂浜の上へ沈黙していった。


 そして、祠の裏へたどり着いた時――

 波打ち際の岩場に、それは落ちていた。


 深紅の着物。

 そして、血と海水で濡れた一振りの刀。


 どちらにも、争った跡はほとんどない。

 あまりにもあっけなく、飲まれるように終わったのだと分かってしまう。


 悪事の末路は、こんなものなのだろう。


 「……」


 誰も言葉を発さなかった。


 カエデは一歩だけ進み、着物と刀を拾い上げた。

 その指は震えていたが、涙は流れなかった。


 「母と……姉妹同然だった人ですから」


 かすれる声で、それだけ言った。


 縁を切った。

 許すつもりもない。

 けれど、憎むこともできない。


 そんな痛みが彼女の沈黙に詰まっていた。


 「戻ろう。片はついた」


 ムサシの低い声に、皆頷いた。


 天霧への帰路、カエデは一言も発さなかった。

 

 帰還後、民衆の前でカエデとムサシは毅然と告げた。


 「黒の襲撃によって、コウヨ様と準巫女サエ様は……命を落とされました」


 母と姉を失った二人は、泣くでも、怒るでもなく、ただ誇り高くその役目を果たした。

 

 民は深い悲しみと共に、二人を支えようと寄り添った。


 横領を含むすべての悪事は隠密集団“黒”の仕業とされ、“天災”としての龍の戦いは記録された。

 カエデの母コウヨとサエの悪事は、その死と共に闇に葬られた。


 国の混乱を鎮静化させる方が先という事だろう。

 私でも同じことをすると思う。

 バイエルン帝国でも同じようにしていた事を思い出した。


 そして――

 赤龍イグレイズはレーナの土魔法で封じられ、蒼龍は話せるほどに回復していた。


 「赤龍イグレイズはこのまま義国に置いてよいぞ。我々で守ろう」


 ムサシの一言に私は頭を下げた。


 一方で、レーナはというと――


 「いや〜みんな感謝してくれてさ!避難所の名前、バンシュタルト保護施設に決まったんだって!すごくない!?」


 民に崇められ、完全に調子に乗っていた。

 しかし、私とランの知らないところで、彼女なりの奮闘と功績があったことは事実だった。


 義国での日々は静かに、確かに終わりに近づいていた。


 「早くドワーフ王国に戻って、エレナさんの剣を作り直してもらわなきゃですね」


 ランが呟く。

 蒼龍が大きく翼を広げた。


 私は頷き、オリハルコンの小手を撫でた。


 何か忘れているような気がするが、ここでの戦いは終わったと思う。

 けれどアルファスト大陸に戻っても、旅は続いていく。


 海風が頬を撫で、心の奥の痛みも、決意も運んでいくようだった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は12/9火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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