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その28 「"黒"の最後」

 カシラの手にあった黒い魔法具は、禍々しい脈動を放っていた。

 嫌な魔力が肌を刺す。


 「それをどうする気だ、カシラ」


 返答の代わりに、カシラは魔法具を口へ運んだ。


 「やめ――!」


 私が言い終えるより早く、カシラは黒い石塊を噛み砕き、そのまま喉の奥へと飲み込んだ。


 ゴグッ……!


 次の瞬間、


 「グゥオオオオオオオオ!!」


 地面を震わせる咆哮。

 黒い魔力の奔流が、彼の体から溢れ出すように噴出した。空気が歪み、木々までも押し返される。


 「っ……ゲールの仕業か……!?」


 ゲールという魔族は、レーナの父親の遺体に寄生していた魔法使いだ。

 魔物の改造や融合を好む忌まわしい研究者。

 先日、封印の洞窟でレーナが討伐した。

 その置き土産がこんなところで使われていたとは。


 「……!」


 砂煙が巻き上がり、視界が真っ白になる。

 咆哮は止んだが、静寂が逆に不気味だった。


 やがて、煙がゆっくりと晴れていく――。


 私は、そこに立っていた“それ”を見て、思わず息を呑んだ。


 ヒューマンの姿は欠片もない。

 巨躯は三倍近くに膨れ上がり、漆黒の外殻は岩のように硬そうだ。

 真紅の眼がギラギラと光り、

 頭には巨大な二本の角。

 そして――左右三本、計六本もの腕がだらりと揺れている。


 「……魔王……?」


 私が呟いた瞬間、


 「ウガァァァァアアアアア!!」


 耳を裂く絶叫と共に、奴の姿が視界から消える。


 「っ!?」


 直後、目の前に巨大な影。

 右拳が風を裂きながら迫った。


 (速いっ――!!)


 私は身を捻り、間一髪で攻撃をかわす。

 拳が通り抜けた後、背後の地面が大きくえぐれて土煙が舞った。


 私は後方へ大きく飛び退く。

 だが、すぐに異変に気づいた。


 魔王と化したカシラが、大きく肺を開くように息を吸い込んだのだ。


 「っ!まずーー」


 次の瞬間――。


 ドオォォォォオオオオッ!!


 凍てつく白煙が地表を這い、周囲一帯を瞬時に凍結させる。

 逃げきれず、両脚が膝下まで氷に閉じ込められた。


 「っく……!氷のブレス……!」


 冷気が脚から胸へ這い上がり、体温を奪っていく。

 そこへ、巨体が地響きを立てて突進してきた。


 「ウガァァァッ!!」


 「ちっ――!!」


 六本の腕のうち左上の腕が、恐ろしい速さでラリアットの形に伸びてくる。


 ドゴッ!!


 「っがはっ!!」


 足元の氷が割れ、私は横っ飛びに吹き飛ばされた。

 背中から焦げ残った木へ激突し、肺の中の空気が一気に押し出される。

 視界が揺れ、私は歯を食いしばって顔を上げた。


 ――奴は確かに、“魔王”と呼んで差し支えない存在になっていた。


 吹き飛ばされた私は、焦げ木の根元に転がり込むように倒れていた。

 胸が焼けるように痛む。それでも――負けられない。


 「……っく……」


 私は気力だけで体を引きずり起こし、右腕に魔力を集める。

 オリハルコンの小手がジジッと音を立て、魔力で光始めた。

 瞬き一つの後、赤い炎を帯びた聖剣が私の掌へ顕現する。

 イグレイズの龍炎が、刃の縁で低く唸っているのがわかる。


 「ここからが本番だ」


 私は剣を掲げた。


 「ウガァァァァアアアア!!」


 大地さえ揺らす咆哮。

 その音圧だけで空気が震え、木屑が地表から跳ね上がる。


 「……もう理性は残ってないんだな」


 私は低く構える。

 奴の咆哮が止まらず、まるで意思を押しつぶそうとするかのように場を満たしていく。


 けれど――。


 「ちょうどいい。試したいことがある」


 義国に来て身につけた“静の意識”。

 それに、私の膂力変換、そしてイグレイズの炎。


 この三つを――“合わせる”。


 「すぅ……はぁ……」


 息を整える。

 たったそれだけで、意識が水面のように静まり返った。


 私と魔王化カシラの間に、硬質な空気が流れる。


 「いくぞ」


 シュン!!


 言葉が終わる頃には、私はもう奴の懐にいた。


 「ふんっ!」


 まずは足だ。

 左足首――腱を狙って一閃。


 ズシャッ!


 「ウガアァァァ!」


 巨体が傾ぐ。

 だが、腕が六本あろうと、動きは単調だ。振り下ろされる拳――


 (遅い)


 私はそこから既に離れていた。


 次の瞬間、私は奴の目の前に現れ、前蹴りを叩き込む。


 「はっ!!」


 巨体が後方へ吹き飛ぶ。

 私はその背後へ瞬時に回り込み、刃で複数の部位を切り裂いた。


 斬りつけるたびに、黒い血と異臭が漂う。

 奴は何が起きているか理解できないまま、苦鳴をあげる。


 「アァァァァァァ!!」


 短い時間で、奴の体には無数の深い傷が刻まれた。

 だが次の瞬間――。


 背中から、ぬるりと“何か”が生えた。


 「っ……!」


 無数の黒い触手が揺れ、周囲で倒れている忍びたちへと伸び始める。


 「やめっ――!」


 「うわぁぁぁぁ!!」


 「た、助け――」


 「頭領っ!!」


 私は即座に最も近い忍びへ迫る触手を斬り落とす。


 「逃げろ!」


 「っ、あ、ありがとう!」


 その一人だけが逃げ出し、他の十九名はーー。


 ぼたり。


 触手に絡みつかれ、体液を吸われ、瞬く間に干からびていった。乾いた皮袋のように地へ落ちる。


 「……!」


 吐き気を覚える光景だが、息つく暇もない。


 奴の体が、黒い魔力を吸い込むように脈動し――

 傷はみるみる塞がり、六本の腕は二本に集約され、より太く、より獣じみた姿へ変貌する。


 純粋な“筋力”と“破壊”に特化した怪物へ。


 「……完全に別物になったな」


 私はクラウ・ソラを構え直した。


 私は忘れていた。


 クラウ・ソラに、ヒビが入っていることを。


 そして、この戦いが、クラウ・ソラと共に駆ける“最後の戦い”になることを。


 「はぁぁッ!」


 私は叫びとともに地を蹴った。

 龍炎を帯びた身体が一気に加速し、魔王と化したカシラへ迫る。


 狙うは太く変貌した腕。

 あの再生を断つには、まず“刃”を奪う必要がある。


 ――だが。


 ガキィィィン!!


 「っ……!」


 硬い。いや、硬すぎる。

 まるで鋼鉄……いや、オリハルコン級の硬度だ。


 「嘘だろ……!」


 私の着地の瞬間、

 怪物と化した奴が地面を抉りながら迫る。


 「ウガァアァア!」


 「こんのぉッ!!」


 クラウ・ソラを握った右拳で、奴の拳を迎え撃つ。


 ――激突音は、一瞬。


 ドッ!!


 体が宙を舞い地面を転がる。


 「ぐっ……!」


 どうにか着地した瞬間、右手が痺れて力が入らない。骨が軋むような痛み。


 私は仕方なく、左手でクラウ・ソラを握り直す。


 「……流石に……硬すぎる……!」


 力比べでも、刃でも、正面からでは通じない。

 どうする……。


 どうすれば――。


 その時だった。


 胸の奥――いや、意識の深層に直接響くように、声が届いた。


 『――エレナ、聞こえておるな』


 「イグレイズ……!」


 赤龍の声だ。

 眠りに落ちているはずなのに、確かにリンクしている。


 『言ったであろう。貴様と我が意識は繋がっているとな。よいか……我が炎を剣に纏わせろ』


 「イグレイズの炎を……クラウ・ソラに……!」


 『そうだ。奴の皮膚は固く厚い。だから燃やし斬れ!』


 「!……わかった」


 深く息を吸い、両足を地に沈めるように踏み込む。


 クラウ・ソラが微かに震えた。

 刃に、赤龍の炎が宿る――。


 ゴォォォォ……


 わずかな龍炎が、刃に絡むように灯った。


 『炎と刃だと思え』


 「…なるほどね……!」


 私は集中し、静の意識を深める。

 息が透明に、世界が静かに、音がひとつに溶ける。

 クラウ・ソラの刃が、龍炎で延長されるように輝き始めた。


 「……これなら……!」


 私は構えた。


 これが奴との最後の戦いだ。

 勝つ事だけに集中する。


 カエデを救うために。

 天霧を、義国を守るために。

 そして、私自身の“道”のために。


 「行くぞ――カシラ!」


 龍炎を纏ったクラウ・ソラを握りしめ、私は地を蹴った。

 踏み込みの衝撃だけで地面が砕け、焼け焦げた黒土が舞い上がる。


 真正面から走る私に気づき、奴は咆哮した。


 「ウガァァァァアアァアアーーッ!!」


 奴の両腕が膨れ上がり、漆黒の魔力が拳に集束していく。

 それはまるで、黒い星が二つ、爆発寸前まで圧縮されたような圧力だった。


(来る……!)


 目の前で、カシラが地面を叩き割りながら突進してきた。


 ――速い!

 さっきまでの比じゃない。鉄塊が意思を持って突っ込んでくるような質量。


 私は静の意識を深めた。


 音が消え、色が淡くなり、世界が一瞬たった一つの線だけになる。


 「はああぁぁぁぁッ!!」


 私は刃を高々と掲げ、真正面から斬り伏せる構えで踏み込む。


 対してカシラは両拳を振り上げ、殴った瞬間に全身を破壊するほどの重みを宿して突き出してきた。


 拳と刃。


 黒と炎。


 破壊と斬撃。


 空気そのものが悲鳴を上げる。


 「オオオオオオァァァァッ!!」


 「はぁぁぁぁぁ!!」


 ――激突。


 ズガァァァァァァン!!


 衝撃で地面が噴火のように盛り上がり、炎と黒い魔力が渦巻く。


 私は後退せず、むしろ踏み込む。


 「これで……ラストォォォォォ!!」


 龍炎が――爆ぜた。


 刃から炎が飛び散るのではなく、

 刃そのものが炎となって広がり、一直線の斬撃となった。


 カシラの拳が焼き切られ、

 腕が爆ぜるように吹き飛んだ。


 「グアァァァァァァアアア!!」


 さらに炎が胸を裂き、肩口を断ち、

 背の触手ごと――一直線に貫いた。


 カシラの巨体がのけぞり、

 黒い魔力が煙のように空へ散っていく。


 最後の抵抗のように伸ばされた腕に、

 私は静かに言葉を落とす。


 「……終わりだよ、カシラ。もうここまでだ」


 ――そして。


 炎が爆ぜ、怪物の肉体は大きく崩れ落ちた。


 黒い巨体がゆっくりと地面に沈む。


 私は龍炎を纏ったクラウ・ソラを下ろし、膝をついた。


 (クラウ・ソラ……ここまでありがとう)


 刃のヒビは、戦いの終わりを告げるように微かに鳴いて折れた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は12/6土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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