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その26 「隠密集団の根城"オキ島"」

 天霧の空気には、まだ焦げた匂いと土煙が残っていた。


 「……酷いな」

 

 赤龍と蒼龍の戦いが収まり、街はようやく静寂を取り戻しつつある。

 しかし、静けさが戻ったからといって、状況が元通りになったわけではない。


 神社は崩壊し、街路は瓦礫と血にまみれ、

 ムサシの部下たちは行方不明者や亡くなった人々を捜索して走り回っている。


 「こっちだ!生きてるぞ、急げ!」


 「負傷者をこっちへ!包帯を持って来い!」


 そんな怒号と悲鳴の中で、

 私とレーナ、ランは三方向から駆け寄り、

 いったん同じ場所へ合流した。


 土埃で黒くなった顔をしたランが、私の肩に手を突く。


 「エレナさん……カエデさんが……」


 「うん、状況は赤龍に聞いた。拉致されたそうだ」


 「赤龍さんが……そうなんですね……生きてるならよかった。それで、赤龍さんは……?」


 「赤龍は自身を癒すために眠りについた」


 ランと話しているとレーナはいつも通り余裕そうな表情で近づいてきた。


 「蒼龍も完全に眠りに入ったわ。しばらくは起きない」


 レーナは潰れた神社の方へ目を向ける。


 「レーナ、すまないが、赤龍と蒼龍を土魔法で隠してくれないか?」


 「蒼龍は隠してきたから大丈夫。赤龍の方に向かうわね」


 「任せた。それとーー」


 その時――。


 「エレナ殿……!」


 ムサシ将軍が駆け寄ってきた。

 救助活動中で彼もまた肩で息をしている。


 「カエデが……拉致されたと話しておったが…本当か……!」


 「はい、本当です。黒い男とコウヨ様、それとサエがカエデを拉致したところを見ていました」


 「サエが……くっ…エレナ殿、儂はこれから――」


 「将軍、待たれてください」


 私はムサシの前に立ちふさがった。


 「ここにいる民は将軍が"ここ"にいる事で安心しています。貴方が離れれば、混乱がさらに広がってしまう」


 「しかし、カエデが……!」


 「だからこそ、ここを離れないでください。カエデの救助は、私とランでやります」


 ランは強く頷く。


 「私たちに任せてください」


 将軍は歯を噛みしめ、拳を震わせた。


 「……エレナ殿…ラン殿…頼む……カエデを……!」


 「必ず取り戻します。カエデは私の友達だから」


 ムサシは深く頭を下げた。

 泣きそうな顔をしているのは、きっと気のせいじゃない。


 「ですが、隠れそうな場所わかりませんか?」


 ムサシは顎に手をやり呟く。


 「……その黒い忍……恐らく、隠密集団"黒"だな。天霧から南方に位置する"オキ島"に奴らのアジトがあるはずだ。"黒"はコウヨ殿が密偵としてよく使っていた。島は嵐が多く、普段は人が近づかん。推測が正しければだが……」


 「なるほど、隠れるにはちょうどいいな」


 ムサシが地図を展開する。


 「ここからそう遠くないわね。時間もあまり経過してないから、ここにいるのは間違いなさそうね」


 「船が必要ですね。借りられませんか?」


 「すぐに手配する!」


 「よろしくお願いします。レーナは赤龍の方が終わったら、民の回復と避難所を作ってくれ。私とランは船が届き次第、オキ島へ向かう」


 「了解!」


 レーナは赤龍の元へ向かった。


 それを背に、私はランと視線を交わす。


 「行こう、ラン。カエデを助けに」


 「はい……カエデさんを、必ず」


 二人で駆け出した。

 天霧の風はまだ荒れていたが――

 私の胸の中は、むしろ静かだった。



* * * * *


 ムサシに手配してもらった船は、南方の海へ滑り出した。

 日が沈みかけた海は鉛色に濁り、島影は遠く、雲が渦を巻いていた。


 「……あれが、オキ島……?」


 ランが波しぶきに濡れた前髪を払う。

 私が見た先には、まるで島そのものが怒っているかのような黒い雲が渦を描いていた。


 「おい、嬢ちゃんたち……もう無理だ!これ以上近づけば船が沈む!」


 船頭の男が蒼白になりながら叫ぶ。

 船体は横風に揺れ、波は牙を剥くように荒れ狂っている。


 明らかに、自然の嵐ではない。


 「……これはまずいですね」


 ランが震える指で雲を指した。


 「エレナさん……どうしますか?」


 「うん、ちょっと試したい」


 「え?」


 私は胸の奥に宿る、灼けつくような熱に意識を集中した。


 ――赤龍イグレイズ。

 倒れゆくその身体から託された、“赤き炎”。


 (何かできる気がする……)


 クラウ・ソラを顕現させる。

 日輪のような紋章が刃に浮かび、赤龍から預かった“龍炎”が脈打つように燃え始めた。


 「エレナさん、それって……」


 刀身はまるで、太陽の核が閉じ込められたかのように赤々と輝く。


 「ラン、目を閉じて。少し眩しいよ」


 「え!? ちょ、ちょっとエレナさん――」


 「――龍炎よーー!」


 刃に宿った龍炎が、天へ昇るように巻き上がった。


 私は刀を振り上げ、渦巻く嵐の中心へ向けて突き上げる。


 「空を裂け――!」


 爆ぜるような衝撃とともに、

 龍炎が天へ伸び、黒雲を突き破った。


 轟音と光――

 嵐の核が焼かれ、雲が裂かれ、風が静まる。


 「……すご……」


 ランがいいか呆然と言葉を失う。


 渦雲は完全に形を崩し、青い空がぽっかりと覗いていた。

 さっきまで荒れ狂っていた海は、まるで嘘のように潮を引き、穏やかなうねりに変わる。


 「船頭さん、急いで島へ!」


 「お、おう!嬢ちゃん……とんでもねぇな……!」


 波が落ち着いた隙を逃さず、船は速度を上げる。

 やがて、オキ島の黒々とした岩場が見えてきた。


 「着いた……!」


 ランが甲板から島へ飛び移り、私も後に続いた。

 波の音だけが響く静かな海岸だが、不気味なほど“生き物の気配”がない。


 「行こう。ここにカエデがいる」


 「はい!」


 「おじさん、帰る時に花火を打ち上げるから、それまでは港で待ってて」


 「おう!二人とも気をつけてな!」


 私たちは、蒼く静まり返った島の奥へと踏み出した。湿った空気と濃い魔素の圧が肌を刺した。


 「……気味が悪いほど、静かだな」


 「はい。生き物の匂いが、全然しません」


 足元には腐葉土が分厚く積もり、踏むたびにぬかるむ。

 前方を塞ぐのは、天へ向かって伸びる太古の原生林。

 木々は不自然にうねり、絡まり、私たちを拒んでいるようだった。


 その瞬間、ムサシの言葉が脳裏に蘇る。


 『オキ島は義国の天然記念物だ。だが、動物や昆虫がほとんどいない。あの島の"謎"だ。燃やしても切っても構わん。カエデの命を最優先に動いてくれ。』


 「……よし。遠慮なくいこう」


 私は魔力を集中させる。


「《火炎弾(かえんだん)》!」


 轟音と共に炎が放たれ、目の前の木々を焼き払う。

 湿気で炎の伸びは悪いが、燃え落ちた部分だけでも道ができる。


 「はぁぁっ!!」


 ランが双剣で燃え残った幹を次々と断ち切っていく。

 炎と剣の音だけが島に響き、焦げた匂いが漂った。


 「こんな森の奥に……本当にアジトなんてあるのかな?」


 「将軍が言ってました。島の中心部に“隠密集団・黒”の本拠があるはずです」


 「どうやって生活してるんだか……」


 疑問は尽きない。

 だが、立ち止まる余裕は一秒もなかった。


 「ラン、急ごう。カエデが危ない」


 「はい!」


 私たちは、炎で開いた細い道をさらに奥へと進んでいった。



* * * * *



 目を覚ました時、私の腕は冷たい鎖で縛られていた。


 ――ここは……地下?


 石壁に囲まれた狭い檻。

 天井から落ちる水滴が、湿った音を響かせる。


 「……ムサシ……エレナさん……みんな……」


 不安を押し殺しながら周囲を見回したその時。


 「起きているのね、カエデ」


 聞き慣れた、しかし今は別人のように冷たい声が降ってきた。


 「……お母様……」


 格子の向こうに立つコウヨ。


 「あら?親子の縁を切ったのでしょう?」

 

 隣には、無表情のサエと黒装束の隠密たち。


 「まさか龍がもう一頭現れるなんてね。おかげで天霧の街は……まあ、見るも無残だったわ」


 「……街は……どうなったのですか」


 「瓦礫。火の海。悲鳴――そんなところよ」


 淡々と告げるその声には、故郷を想う温度が一つも感じられなかった。


 「コウヨ様、将軍家が救助活動に戻ったようです」


 「街なんてどうでもいいわ。私たちは持ち出せるだけの金を持って、義国の北部へ逃げるわよ」


 「しかし……北部に向かったところで、三鶴城家の手が回るのは時間の問題かと」


 「……いいわ、私に考えがある」


 「……承知しました。コウヨ様」


 苛立ちと焦りを隠しきれない母。

 それを忠実に補佐するサエ。


 この二人は――“もう戻れないところ”まで堕ちてしまったのだろうか。


 (エレナさん……ムサシ……どうか……)


 胸の奥で祈りが湧き上がる。


 火と風と雷が天を割ったあの戦い。

 天霧の街の光景を想像するだけで胸が苦しくなる。


 (どうか……どうか無事で……)


 私は鎖に繋がれたまま、暗い地下牢で息を沈めた。

 一瞬の静寂が、牢獄を包んだ。


 だが。


 ドゴォォォォン!!


 大地そのものが割れたような衝撃が響き渡った。

 石壁が震え、天井から砂がぱらぱらと落ちてくる。


 「な、何事だ!!」


 「地震か!?誰か見てこい!」


 隠密“黒”の忍びたちがざわつく。

 足音、怒号、金属音……混乱が広がり、私の鎖まで揺れ始めた。


 「コウヨ様、こちらへ!」


 「一体何なの……サエ、来なさい!」


 「はい」


 「待ちなさい、サエ!!」


 必死に叫んだ。

 だが二人は忍びたちに囲まれ、足早に通路の奥へ消えていく。


 声は虚しく石壁に反響するだけだった。


 残されたのは、冷たい鎖と……

 胸に広がる、どうしようもない焦燥だけだった。


 でも私にはわかる。

 この音は、エレナさんだ。


* * * * *


 「あぁああーっ!!もうッ、めんどくさい!!」


 私は苛立ちと共に、伸び放題の原生林を睨みつけた。


 「本当に……深淵の森どころじゃありませんね」


 ランも額に汗を浮かべながら双剣を構えている。


 枝は腕の太さがあり、蔦は蛇のように絡み、

 木の根は壁のように道を塞ぐ。


 正直、もう歩くのも嫌になりそうだ。


 「……イライラしてきた。ラン、少し離れて!」


 「…?」


 「さっきの“アレ”を使う!」


 私は深呼吸し、クラウ・ソラを再び顕現させた。

 刀身に赤い光が宿り、熱が空気を震わせる。


 ――イグレイズから託された、龍の炎。


 刀が、赤龍の心臓のように脈動する。


 「龍炎よ……!」


 炎が音を立てて噴き上がり、私の腕に絡みつく。


 「――道を切り開け!!」


 私はクラウ・ソラに纏わせた龍炎と自らの魔力を、

 鬱蒼とした原生林ごと前方へ叩き斬った。


 灼熱が爆ぜ、森が赤く染まり、炎の奔流が巨大な穴を穿つ。


 土煙と焦げた匂いが風に流れ、

 ――島の奥へ向かう“道”が、ついに開かれた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は12/2火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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