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その25 「受け継ぐ力」

 赤龍が墜落した付近に到着した。

 焦げた匂いが、鼻の奥にまとわりつく。


 「暑っ!…」


 ジャリジャリと足音が響く。


 「これは……」

 

 足元の土がガラスのように変質していた。

 それだけの高熱で墜落したということだろうか。

 クレーターの中心に赤龍はうつ伏せに倒れていた。


 「赤龍!」


 私は駆け寄り、その巨大な顔の横に立つ。


 『……来たか』


 かすかな声。

 瞼が重そうに開き、黄金の瞳が私を映した。

 体中から血が流れ、傷が酷い。

 あの炎のブレスで自身の体も傷ついたのだろうか。


 「喋るな。傷に触る」


 『ふ、この程度で死にはせん……』


 そう言いながらも、その息は明らかに弱まっている。


 『だが…魔力をほぼ全て使った……我が再び全盛に戻るには……千年程かかるやもしれん』


 「そんなに!?」


 『エレナよ、我が貴様に関われるのはここまでだ』


 赤龍の瞳が、まっすぐに私を射抜いた。


 「ダメだ!……まだ旅も途中だし、名前だって……!」


 言いながら、私ははっとした。

 そうだ――名前。

 私は考えておくと答えていた。


 『……名か……思いついたのか?……楽しみにしておった』


 赤龍の片目が、かろうじて私を見ている。

 私は深く息を吸った。

 彼にふさわしい名――ずっと考えていたもの。


 「赤龍イグレイズ」


 しばらく沈黙が続いた。

 風が木々を揺らし、灰が舞う。


 『……赤龍イグレイズ……ふ…ははは…悪くない……気に入ったぞ、エレナ』


 「私の育ったブレイジング領に伝わる"命を守る聖なる炎"って意味なんだけど、気に入ってもらえてよかったよ」


 『良いな……名をもらうとは。この数千年で一番嬉しいヒューマンとの関わりだ……我からもエレナへ渡す物がある』


 「……なんだ?」


 『我の龍炎の一部を、貴様に宿そう』


 「私に……?」


 『貴様が手に入れたヒヒイロカネ。あれは“龍炎”によってこそ真の力に目覚める…だろう。我の龍炎を受けた身で刀を振えば、やがて“龍を斬り、神をも払う刃”となるだろう』


 「龍を斬る……なんてしないぞ」


 『……いつか必要になる。これから貴様たちは、光の聖女リサと、その裏で蠢く女神と向き合うことになる。そのとき――“神を倒せる力”が必要だ』


 赤龍の喉奥から、かすかな火が灯る。

 先ほどまでの大火とは違う、静かな炎。


 「私が……女神と……」


 『この炎を、貴様の体に宿す。そして、いつかクラウ・ソラとヒヒイロカネをドワーフ王国で鍛え上げるとき、この龍炎を使え。使い方はその時がくればわかる』


 赤龍の爪が私の右腕に触れた。


 『礼と詫びだ』


 私の体が、赤い光を帯び始める。

 炎の紋様が私の右腕に刻まれていく。


 熱い。

 けれど、心地よい。

 その暑さと同時に赤龍の想いや記憶が伝わってきた。


 『この炎で我らは繋がる……』


 赤龍の最近の記憶が私の中に流れ混んでくる。


 「……蒼龍、カエデ、それとサエの件、わかったよ」


 赤龍の声が、ふっと低くなる。


 『女神に注意しろ、そして信じるな。あの女は何かを企んでいる……その中心には、お前と聖女リサがいる。神は物理的に何かできるわけじゃない。だが、いつか貴様の前に現れる』


 「……」


 『それと、レーナの魔法で我の寝床をここに作ってくれ。そして、これが最後だ……』


 赤龍は私の目をじっと見る。


 『この数千年、一番楽しい時だったぞ。エレナ……死ぬな』


 そう言い残すと赤龍はすっと目を閉じた。


 「わかった。約束する」


 『……ふ、貴様を選んで正解だった』


 赤龍の体から、炎の気配が完全に消える。


 「どうか静かに休んでくれ」


 『しばし眠る。負けるなエレナ』


 その言葉を最後に、赤龍は深い眠りへと落ちた。


 「次に会う時は、全て終わらせて会おうな」


 私はそっと、焦げた鱗に手を添えた。




* * * * *




 「……まだ、息はあるわね」


 蒼いクレーターの中心で、蒼龍は横たわっていた。

 全身あちこちに赤龍の炎の傷跡が残っている。


 『……あの時の小娘か』


 「そうよ。レーナよ」


 私は杖を支えにしながら、蒼龍の顔の前に立つ。


 『……トドメを刺しに来たのか?』


 「さて、どうかしらね」


 私は肩をすくめた。


 (正直、ここまで弱ってたら殺せるわ)


 口には出さない。


 蒼龍の瞳の奥に、ほんのわずかな迷いが見えた気がした。


 「一つ聞きたいことがあるの」


 『……何だ』


 「アンタ、自分の意思で動いてなかったでしょ?」


 蒼龍の瞳が細くなる。


 「まるで外側から魔力をねじ込まれてるみたいだった。あれ、あなた本来の魔力じゃないでしょ?」


 『……ふん。さすがだな』


 蒼龍は自嘲気味に笑った。


 『女神アルカナは、我ら龍種が邪魔なのだろう』


 蒼龍の額に、かすかな赤黒い紋が浮かび上がる。


 『我の前に現れて“楔”を打ち込んだ。女神の意志に沿わぬ行いをしようとすれば、心も体もねじ曲げられる。赤龍と戦ったのも、お前を殺そうとしたのも、女神の強制だ』


 「……最悪ね」


 私はため息をついた。


 「神様って、もっと上品なものかと思ってたけど。やってること、そこらの独裁者と変わらないじゃない」


 『――貴様に頼みがある』


 「なに?」


 私はわざと気楽な調子で言ってみせた。


 『我の額に打ち込まれた楔を、破邪の魔法で砕け』


 蒼龍の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。


 『貴様と我の魔力ならば、女神の呪縛を断ち切ることができるかもしれん』


 「断ち切ったところで、また私たちを襲うんじゃない?」


 『約束しよう。楔が砕けた暁には――我は、お前たちと同じ側に立つ。世界を滅ぼそうとする何かがあれば、その敵となろう』


 「女神とも?」


 『……場合によるが誓おう』


 正直な龍だ。私は思わず笑ってしまった。


 「いいわ。やってあげる」


 杖を構え、蒼龍の額に浮かぶ紋章を見据える。

 いつもと違い、自分の魔力を使う。


 「アンタの魔力を少し使うわ。私の魔力とアンタの魔力をぶつける」


 青い光が杖の先に集まる。


 「《破邪》(クロスエビル)」


 杖の先端から、細い閃光が放たれた。

 蒼龍の額に刻まれた紋章へ、それは吸い込まれていく。


 ――ピシッ。


 乾いた音。


 赤黒い紋がひび割れ、砕け散った。


 『……っ……!』


 蒼龍が苦痛とも解放ともつかない声を上げる。

 全身から、女神のものとは違う、純粋な龍の魔力が噴き出した。


 「成功ね」


 『……レーナ』


 初めて、蒼龍が私の名を呼んだ。


 『我は、しばし眠る。体力を回復させたい』


 「そうね。アンタ、今ボロボロだし」


 『目覚めたとき――赤龍と共に貴様らの行く末を見届けよう』


 蒼龍の巨大な瞼がゆっくりと閉じる。


 『礼に、一つ助言だ。女神アルカナは“狂って”はいない。だが、“歪んで”いる』


「……歪み……ね…」


『女神は何かを焦っている。それが何か我にもわからん。だが、勇者と聖女、この二人を使って何か企んでいる』


「神様がたった二人のヒューマンを操って何しようってのよ」


『わからん。だからこそ、貴様がよく見ておけ』


 姿勢を崩さぬまま、私は目を細めた。


「蒼龍、私はね――神様は信用してないの」


 蒼龍は、それを聞いて小さく笑ったように見えた。


『ならば、見物しがいがある』


 そのまま、蒼龍も深い眠りに落ちた。

 私は杖を支えに立ち上がり、息を吐いた。


 「エレナに、ちゃんと説明しないと。女神のことも、蒼龍のことも、全部」


 空を見上げると、そこにはまだ、薄く焦げた雲と、

 遠くで逃げ惑う人々の叫びが残っていた。


「とりあえず戻りましょうか」


 そうぼやきながら、私は天霧神社の方へ歩き出した。



* * * * *


 

 天霧の街は、まるで別世界だった。


 赤龍さんと、蒼龍の激突。その余波が、神社を、街を、そして人々の心までも叩き壊していた。


 瓦礫の山。

 土煙。

 泣き声と呻き声。

 そして、空にはまだ魔力が渦を巻いている。


 (……ひどい)


 私は息を整える暇もなく、瓦礫をどけて民を引き上げていた。

 腕や脚に擦り傷が増えていくが、そんなものはどうでもよかった。


 「龍が……龍が怒っておる……!」


 「この国は終わりなのか……!」


 「巫女様……巫女様はどこに!?」


 恐怖に震える声ばかりだ。

 あの戦いを間近で見ていた者なら、そうも思うだろう。

 赤龍の炎と蒼龍の暴風――まさに天変地異だった。


 (違う……終わりじゃない。私たちが終わらせない)


 鏡のように割れた石床を踏み、私は次の民へ走る。

 掘り起こした男に肩を貸しながら、気配を探った。


 (エレナさん、レーナさん……大丈夫)


 あの2人なら心配ない。

 問題は――


 (カエデさん……どこに……)


 その時。


 ザッ……と重い足音が迫り、振り返ると――

 軍勢を率いてムサシ将軍が馬を降りるところだった。


 「……何だ、これは……」


 将軍の顔から血の気が引いた。

 天霧神社は、跡形もなく崩れ、街路は瓦礫が積み重なって道を塞いでいる。


 「ラン殿! 一体、何が……!」


 私が抱えていた民を兵士に渡し、振り返る。


 「龍が……もう一頭、赤龍さんの他に現れて……赤龍さんと戦いになったんです。炎と風のぶつかりあいで……街ごと吹き飛びました」


 「龍……二頭……?」


 ムサシの眼が恐怖と理解の狭間で揺れ動く。


 「双方共倒れのようになり、墜落しました」


 「エレナ殿たちはどうした!?」


 「エレナさんは、赤龍さんのところへ行きました。レーナさんは、蒼龍の方へ。カエデさんは……行方がわかりません」


 「……っ!」


 ムサシの拳が震えた。


 次の瞬間、彼は振り返り、部下たちに怒号を飛ばす。


 「お前達!ラン殿に続け!民の救助を最優先とする!一人も見捨てるな!」


 「はっ!」


 兵たちが散っていく。

 ムサシも私の隣に立ち、瓦礫を払いながら言う。


 「……すまぬ、ラン殿。ここは儂に手伝わせてくれ。国の守り手たる者が、民を救えぬようでは……面目が立たん」


 「はい。まだ……助かる人がいます」


 瓦礫を退けると、少女の小さな手が見えた。


 私は祈るように手を伸ばした。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

病気となり更新ができず申し訳ございませんでした。


次話は11/30日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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