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その21 「三拠点同時襲撃〜異国の魔法使い〜」

 ランが港の倉庫街での戦いを終えた頃ーー。


 「とりあえず霧の魔法使っときましょ」


 商人達が集う商店街の地下街の片隅で、私は自身の姿を霧の魔法で隠し、膝を抱えて座っていた。

 地下街はかなり汚く、ドワーフのヘルダさんから頂いた着物が汚れてしまった。


 「出てこい!」


 バシィッ!!


 稲妻が床を這い、石壁を焦がした。

 耳鳴りと焦げた臭いが混ざり、私の神経を逆なでする。


 「あいつ……ムカつくわ」


 吐き捨てるように言いながら、少し落ち着く。

 "あいつ"とは、いま叫び散らかしている彼だ。

 税金の横領に関わっている商人達が雇った用心棒らしく、地下に入ったところですぐに襲われた。


 狭いこの地下空間では得意の広域魔法が使えない。大量の水も、台風のような風も、閉ざされた空間で暴れさせれば、地盤沈下で私ごと生き埋めだ。

 それを分かっているからこそ、簡単に手が出せないし、ストレスが溜まっていく。


 「杖のせいで調子がでないのよね」


 義国に入ってから杖は天霧神社に置きっぱなしだ。

 この国では魔法が使える者は少なく、杖を装備して街中を歩くと目立つため、カエデが預かっている。

 だから、エレナが魔法練習用に持っている剣のような小さな杖を腰に刺して、義国で生活していた。


 カエデに事前に聞いていたが、この義国には“魔法使い”という職業は存在しない。

 アルファスト大陸みたいな冒険者ギルドもなく、魔法を使う者は“魔の者”と呼ばれ、忌み嫌われている。

 剣の国だから当然といえば当然だ。


 私がいま戦っている相手は、この国の魔の者の中でも指折りの実力者らしい。

 有名なお尋ね者だが、実力は本物だから用心棒として雇われているのだろう。


 「さぁ、お前の魔法を見せてみろ!」


 そう叫びながら、彼はまた雷撃を放ってきた。

 瞬間、光と衝撃が視界を白く染める。


 (魔法使えるくせに、相手の魔力はわからないのね……)


 エレナと、ムサシとかいうこの国の将軍の頼みで、私も横領された税金探しの手伝いをしているが、港にはラン、森はエレナが行くことになり、残った私は地下担当……よりによって、地下。


 私の得意分野は、空や地上での大規模魔法。広く、風が通って、派手にぶっ放せる環境じゃないと調子が出ない。

 

 「閉所での一対一なんて、性に合わないわ」


 嫌だって言ったのに「魔法の専門家だから」とか「頭が回るから向いてる」とか、よくわからない理由を並べられて、結局、無理やりここに押し込まれた。

 

 横領された物を発見したら花火を打ち上げて、ムサシの部下を呼ぶ算段だ。


 「地下からどうやって打てばいいのかしら」


 狭い空間に、再び稲妻が轟く。

 私の魔力を読めないからか、彼は私の隠れ場所がわからないようだ。


 「相手の魔力を感じるなんて基本なのに……」


 奥歯を噛み、イライラが限界まで膨らむ。


 あの時、リサが使った"堕奇跡(アンホーリー)"という魔法。魔素の魔力変換を使えなくする。

 私は魔法が使えず負けた。

 ヒューマンに負けたのは数年ぶりだ。


「…リサも、絶対ぶっ殺す」


 炎が、杖の先で震えた。

 

 だが、まずはこの場をどうにかしようと思う。

 劣勢というか、実際のところ、地下での戦いが苦手なだけだ。彼の魔法自体は、脅威じゃない。


 目の前で撃たれても、魔法障壁で充分に防げる程度。欠伸が出るくらいだ。魔力の総量も多くはない。

 その証拠に、さっきから稲妻と稲妻の間隔が妙に長い。


 「……魔力を温存しているつもりなのね。でもーー」


 私は“待っている”

 彼には、自分でも気づいていない弱点がある。

 魔力の低さなんてどうでもいい。

 本当の欠点は、もっと基本の部分。


 「もう少しかなぁ」


 赤龍(せきちゃん)に言われた言葉が、ふと頭をよぎった――“理外ことわりがいの魔法”。

 彼はそう名付けていた。


 大気中の魔素を魔力に変換し、魔法を行使する。

 通常の魔法使いの、自分の中にある魔力を放出して魔法を編むのとは根本的に違う。


 この違いは、決定的だ。

 自分の魔力を温存しながら戦える。

 だから、私は長期戦に強く、極大魔法が使える。


 ……けれど。


 その代償もまた重い。

 意識を空中に飛ばす必要があるため、集中力と体力が削られ、少しでも気を抜けば魔力の流れが乱れる。 ぶれた瞬間に、魔法は崩壊する。


 『もっと効率的な戦い方を覚えろ。さもなくば、貴様はその力に喰われるぞ』


 まったく、その通りだと思う。

 理外の魔法は諸刃の剣。

 でも、だからこそ――私は、これを使いこなしてみせる。


 「そろそろだわ……」


 私は息を整え、ゆっくりと彼の正面に姿を現した。地下の薄暗さが、私の影を長く伸ばす。


 「やっと出てきたか。三鶴城家の魔の者は逃げ腰だな!」


 声は余裕たっぷりだ。だが、その顔にはわずかな狼狽が混じっている。魔力を使い果たさないように間合いを取りつついるのだ——長い詠唱を避け、チャンスを待っている。


 「三鶴城って何のことかしら……貴方、馬鹿ね。魔法使いは魔法を唱えるだけが仕事じゃないの。頭を使って、魔法を使うものよ」


 私は杖を構え、淡く唇を動かす。声はほとんど届かない。自身の魔力を使わず魔法をイメージする。


 「貴方の魔力を借りるわ——《フレイムゼロ》」


 言い切ると周囲の空気が凍り始めた。床の湿り気が白く昇華し、足元から冷気が這い上がる。彼が慌てて詠唱を始めるのが見える。だが、遅い。


 「な、なんだこれは!?詠唱もなしで…こんな——!」


 「貴方、魔力の練り込みが甘いのよ。魔力の残滓がこの密閉空間に残ってる。外ならすぐ散るけど、ここじゃ残るわ」


 「わ、私の魔力を使ったというのかーー!」


 魔力の残滓——空間に漂う使われ損ねた魔素を、私は拾い上げていく。理外の魔法の真骨頂だ。自分の魔力を温存しつつ、他者の残滓を自分の術へと変換する。


 「う、うぅああぁぁぁ」


 怒号と驚愕が入り混じる。

 冷気が凍て、炎がその凍りを裂く——氷の中から炎が噴きあがる、ありえない光景が倉庫の隅で炸裂した。


 「こ、こ、こんな、ば、バカな…!」


 「貴方、結構たくさんの人を殺したって自慢してたわね……」


 私は淡々と言い放ち、最後の一撃を叩き込む。

 凍結と燃焼が同時に襲い、彼の体は縺れ、光の斑点が散るように崩れた。


 「異国の魔法使いさん、さようなら」


 勝負は終わった。氷の炎で体が燃え尽きた。

 彼に殺された人々も少しは安心してくれるだろう。

 だが、そんな事よりも胸の奥で、少しだけ満足が弾ける。こんな勝ち方——効率的で、無駄がない。

 他人の魔力を使うのは大気中の魔素を使うより扱いやすい。


 赤龍(せきちゃん)に言われたことを、今日ひとつ実践できた気がした。


 「あっ!お金のこと聞き忘れた」


 私は倒れたこの用心棒の灰を見下ろした。


 「こいつがムシャクシャさせるから……」


 私は何故苛ついていたのかーーそれは、義国の魔法使いはレベルが低く楽しめなかったからだ。

 とりあえず、ムサシの部下を呼ぶ。


 「……外に出て花火を打ち上げる。正直めんどくさいのよね」


 私は杖を軽く掲げ、魔力を地面へと流し込んだ。

 バキバキッと音を立て、土の地盤が螺旋状にえぐれ、天井まで一気に突き抜ける。やがて丸い穴の先に、夕方の空がのぞいた。


 「よし、これで十分」


 穴の向こうに花火を打ち上げる。

 閃光が空を裂き、数分も経たぬうちに地上から足音が響いた。


 「レーナ殿!ご無事で!」


 「噂の用心棒は倒したわ。お金の在処は教えて貰えなかった。下りてきて中を探してちょうだい。」


 「は、はい!今から降ります……この大穴は、まさかレーナ殿が?」


 「そうよ。その方が早いでしょ?」


 兵たちは顔を見合わせ、口々にどよめいた。


 「い、異国の魔法使いは……すごい……」


 「こんなの、普通よ」


 私は軽く肩をすくめた。

 この国は本当に魔法に疎い――それも少しだけ面白くない。


 やがて部下の中の一人、レンジと名乗る男が私に近づいてきた。


 「その……用心棒だった男について、お伺いしても?」


 「うーん、名前なんだっけ。自分で“大魔法使い”とか言ってたくらいしか覚えてないわ」


 「!?大魔法使い……白髪の男ではありませんでしたか?」


 「あ、そうそう、白髪だったわね」


 「そ、それは……義国最強の魔法使い、指名手配犯フソウです!」


 「へぇ。あれが最強ねぇ」


 「て、手強かったのでは……?」


 「そこに散らかってる灰がそうよ」


 「えっ……?」


 レンジは床に目を落とし、固まった。

 そこには、白い灰が風に舞うように散らばっていた。


 「あ、あの……これが大魔法使い?」


 「そう。凍らせて、燃やしたの」


 「……は?」


 「ま、倒したってことでいいでしょ。それより仕事して」


 「は、はいっ! 了解しました!」


 慌てて指示を出すレンジと兵たち。

 私は少し離れて壁にもたれた。


 「これでひと段落ね……エレナとランの方はどうなったかしら」


 レーナは杖をくるりと回し、杖から魔法の残滓が出て光を放った。


 「フレイムゼロ……少しはあの人に近づけたかしら」


 昔、助けられた魔法使い。

 あの人はいまどこで何をしているのだろうか。



* * * * *



 反将軍派筆頭、大名エチゴが支配する領地ーー。

 風が草を撫でるだけの静けさの中、百を超える私兵が無造作に倒れ、その中心に、私が立っていた。


「な、なんだあの女は……」

「化け物だ……一人で百人を……」


 兵士たちの声が震えている。

 恐怖が身体を支配して、叫びにも力がない。


 エチゴが遠くで怒鳴る。


 「ええい!女一人に情けない!」


 私は地面に刺した刀に手をかける。カエデから借りた刀は私の力にもそこそこ耐えてくれる。良い刀だ。


 「失礼だな。化け物とか」


 口に出して言うと、少し怒りが胸に広がる。

 だが冷静さは失わない。


 「さぁ、横領している民の血税はどこだ」


 問いは穏やかに、しかし刃のように切れ味を持って放つ。


 兵士の一人が震え声で答える。


 「そ、それは……屋敷の倉に。複数の樽に詰めて、夜通し運び出しておりました……」


 「き、貴様!ベラベラとーー」


 「五月蝿い!」


 私が叫ぶとエチゴの顔が青ざめるのが見える。

 威厳を取り繕おうとするが、指が震えているのを隠せない。


 「隠し場所を言わなければ、将軍から命を奪ってと良いと命令を受けている。観念しろ」


 その言葉で、私の内側の魔力が波打つのを感じた。


 (本当は殺したくない。でも、極限まで追い詰めないとな)


 私は刀を静かに抜き、柄を指で弾く。

 金属が低く唸る。空気が一瞬引き締まるのを感じた時、エチゴの目が完全に潰えた。


 「横領した金の隠し場所と帳簿を全部出せ。でなければーー!」


 草むらに倒れた私兵の息遣いは既に微かだった。

 誰かがかすれ声で言う。


「エチゴ様…もうだめです…」


 エチゴは額に汗を滲ませ、必死に目を泳がせる。まだ体を震わせながらも、怯えを振り払おうと声を張った。


 「貴様何を言っておる!あの金は我のものだ!」


 その言葉を聞いた瞬間、堪えていたものが切れた。 私は左手を動かし、掌の先に炎を集める。冷ややかな風が草を震わせる。


「――火炎弾!」


 炎が弧を描き、エチゴの顔面をかすめた。

 熱風が頬を撫で、皮膚を焦がす匂いが立ち上る。

 エチゴの左頬に鮮やかな赤が走り、彼の表情は一瞬にして引き攣った。馬の足取りが乱れ、彼は鞍から転げ落ちる。地面に膝をつき、震えながら声を上げた。


 「お前、死にたいらしいな」


 だがそれは脅しではない。

 声は静かで、しかし確かな意思を含んでいた。エチゴは嗚咽混じりに叫ぶ。


 「ひぃぃいい…わ、わかった!全てお主に渡そう!帳簿も、樽の場所も、全部だ!だから命まではーー」


 その懇願に、私は軽く息を吐いた。

 静かに空に向かって手を掲げた。掌から小さな火花を放ち、夕空に一発の花火が上がる。

 遠くで合図を聞いたムサシ将軍の部下たちの足音が近づいてきた。


 これでとりあえず、税金の横領については解決するだろう。


 「みんな上手くいったかなぁ」


 私は夕暮れの空を仰いで、仲間の無事を祈った。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は11/15土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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